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第一章 ボクが軍人になる前のこと
兵学校から
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大正十一年十二月二十一日。
時刻は午後の十九時を過ぎた夜のこと。夕飯も食べ終えて、ボクは両部屋の窓から光る星をじっと眺めていた。
「工藤!」
ふと、ボクを呼ぶ声が聞こえ、振り返ってみてみると、そこには同期の近藤道雄がいた。
ボクよりも断然体格の大きい近藤は息を切らすことなくボクに向かって駆け寄り、ボクの肩を掴んで言う。
「実松が呼んでるぞ」
「え、なんで? というか何処で? ここにはいないけど」
「いつもの所だってよ! いいから行ってこいよ!」
後ろに回り込まれ、トンッと背中を押される。よろけるも体制を立て直し、ムッとして近藤の方を振り向き「からかい事だったら後で締め倒すからな!」と叫んで部屋を出る。
実松譲は、ボクの同期の女子だ。気の強い性格で、ボクと同じ兵学校にいる親友の一人。
女子のくせに男子のような振る舞いをするものだから、ボクもボクで困ってしまう。というか、彼女の女の子らしき所と言ったら口調くらいだ。それ以外、何も女の子らしさなどないと言える。
いつもの所というのは、部屋から出て右に曲がり、真っ直ぐ行った先のバルコニーのこと。
ここにはよく人が集まっては星を見たりしている。背の小さなボクでも充分見えるような所だ。
「……あ、いたいた。ゆずー」
バルコニーに着き、彼女の姿を捉える。
振り向いてボクの方を向いたかと思うと「俊、遅いぞー! 何分待ったと思ってんのさ!」と少々怒り気味に声を上げてきた。
「ごめんごめん、窓から星見てたらなんだか綺麗でさ」
「いや、そりゃあ分かるけども」
「で、どうしたの?」
この人がボクを呼び出す事情と言ったら、大体は相談事なんだけど、今日は少し違う様子。
「俊、あたしらあと一年もしたら卒業じゃん?」
「うん、二号生も八月で終わって、もう一号生だねぇ」
満天の星を見ながら、彼女の問いに答える。
ここ兵学校には、最上級生から一号、二号、三号といった対番生徒という制度がある。
ボク達は、この年の八月から一号生徒。つまり最上級生だった。
「俊は、卒業したら何したい?」
「何したいって、そりゃあ海軍大学入るよ。ボクも戦艦乗りたいもん」
「へぇ……」
「そういうゆずは何したいのさ?」
ここ二年間、ボクは譲のしたい事は何も聞いていなかった。自分のことをあまり話さない譲だからこそボクは気になったのだ。
譲はボクの問いに少しだけ間を置いて、星を見上げながらやがて口を開く。
「あたしも海軍大学に入りたい。せっかく女子一人で受かったんだもん、入らなきゃ損やん」
譲は、兵学校の中で唯一、ただ一人だけの女子で合格して兵学校に来たエリート生だ。当時女子の枠は取っていなかったはずと、ボクは当初少しだけ不思議な気持ちになった。
譲がなぜここに居るのか。その裏にある理由をボクは知っているけれど、譲のためと気を遣ってボクは誰にも言っていない。
「道は同じ……か」
「なんだか寂しそうね」
「いいや、あっという間って感じてるだけだよ」
「確かに! あたしも思うわぁ」
顔を見合わせて、ボクと譲は二人で笑っていた。
ボク達は、明日から冬期休暇に入る。譲は故郷の佐賀に帰ってしまうし、ボクもボクで同期の数人と一緒に短艇で瀬戸内海に行きクルージングをして、その後に京都、東京と回り山形に帰る予定がある。
恐らく、これが休暇前最後だろうとボクは確信していた。
「家、帰りたくねぇなぁー……」
「どうして? ボクも一回会ったことあるけど、ゆずの家族すごい優しいじゃん」
「いや、そうなんだけどさ。ほら……親父が。帰るとうるさいから」
譲の父はボクの祖父と同じで、女の子なのに海軍へ入隊するよう強く勧める意思の持ち主だ。
譲の家庭事情は既に聞いているし、ボクも自分の家庭事情を彼女に話している。
真反対な出身であるからに、お互い方言が強くて言葉もあまり通じない。だから知り合った時から極力標準語で話すようにしている。
それでも、こうしてバルコニーに来た時に、地元の美味しいお土産とか名物とかを話し合って「いつか行ってみたい」なんて淡い言葉を交わしていた。
「このおやすみを、有意義に過ごしましょー! な、俊!」
「うぇ、そうだね……うん、そうだね!」
曖昧な返事をしたあと、次にはっきりと返事をして、ボクは彼女と指切りを交わした。
特別、ボクは彼女に好意を持っていた訳でもないし、譲もボクに好意を持っていたわけではない。喧嘩もしたし、一緒に遊んだりもしたが本当にただの親友だ。
でも、ボクと譲はそんな親友の中でも何処か違うと周りからは言われてきた。それは、ボクも彼女もあまり自覚はなかった。
***
クルージングが終わり、友達と別れたボクは、京都から東京に行く列車中でとあるものを書いていた。
日記だ。思い出は文字に書き起こして忘れないようにしなさいっていう、祖父からの教え。
京都の生徒を見て驚いた。ボクは京都に行くのはこれが初めてだったのだが、京都の人は服装が綺麗で、且つ華やかだったのだ。青年学生を見れば、普段なら意気があり、元気が満ち溢れている彼らはとても顔色が青白く、服装を飾り、贅沢な絹足袋を履いて、つまらない日常を徘徊する姿を見て、ボクは今まで見てきた兵学校の人達を思い出して比較してみると、都人は病的に思えた。
ここ最近、青年男女の服装が乱れていることを以前譲とラジオで聞いていたので知ってはいたけれど、ここまでとは思わなかったと絶句してしまった。
京都を回った時、南米から来たというとある一人の外人と出会い意気投合し、食事に行った時に話を聞いた。
「日本には、二つの人種が存在する」
疑問に思い「どうしてだい?」と僕が聞き返すと、さも当たり前かのようにその外人は言い放った。
「日本人の体格は最も悪いと以前見も聞きもした。だが、君と彼らを見て、君の方が立派だと感じた。だから、日本には優劣の二つ人種が存在する」
世間一般で普通の学生を見る中、体格についてはボクも納得せざるを得なかった。だけど、ボクら兵学校生のように、生徒を選抜する法を知らない外人には、最もな質問だと思った。
ボクは、そんな外人を見て少し憐れむと同時に、彼らに対して多大な誇りも感じた。
……そんなことを、日記に書き綴っていた。
同月二十四日の午前八時に、ボクは東京に着いた。同期の阿部正平や鈴木盛勝が迎えに来てくれて、堤君の家で昼食を取った。
「工藤、お前背縮んだ?」
「アホ堤、逆に伸びたわ!」
「伸びたの!? すげぇ!!」
「阿部も何言ってんだよ!?」
ボクに対する身長のいじりは今も昔も変わらない……。
昼食をとった後は、合流した黒井と、阿部、鈴木と四人で浅草周辺を歩いた。田舎民のボクに取って、東京は人混みとしか感じない。地元にはない色々なものに目を輝かせ、都会が発展してることを東京に見せつけられたような気分だった。
「工藤!」
不意に大声で呼ばれて振り返る。二十一日同様、後ろには近藤が立っていた。
「……なんでいるんだい? まさかボクを追いかけてきたとか言わないよな?」
訝しげに質問したボクに対して「んなわけねぇだろ、そうだったら最初から声掛けてるわ!」と笑いながら返答をくれた。
追ってきて無かったならいいや。たまにそういう人がいるんだよね。
次の日の午後に風呂に入ったあと、近藤、黒井、堤君と、三越や白木屋に行ってご飯を食べ、午後二十時過ぎに三人に見送られ、偶然駅であった武君と一緒に高畠に向かう列車に乗り込んだ。
東京も回り終えていよいよ高畠へと帰る時も日記を書いた。
そうして二十六日にようやく高畠駅に到着し、家に帰ってきた。
「俊作、おかえり!」
母が出迎えて来てくれて「ただいま、かっちゃ!」と笑顔で言った。
「よう帰ってきた! もう一号生かい!」
「来年にゃおらも卒業だで!」
母は喜んでいた。ボクにはその喜びがたまらなく嬉しくて、一つの生き甲斐をも感じていた程だ。
母はいつまでも優しかった。何歳になっても出迎えてくれる家族はとても暖かいと感じた。
「ほれ、じっちゃに挨拶してきな!」
「ん、そうすら!」
靴を脱いで家の中に上がる。ボクの手には、乗り換え途中の空き時間で買った線香が入った袋を持っていた。
襖を開けて、祖母にも挨拶をする。驚いている様子を見る限り、さてはかっちゃ、ボクが帰ること伝えてないな……? と心の中で思っていた。
線香を半分に折り、マッチに火をつけて線香に灯す。手で仰いで火を消して、ボクは祈祷をする。
目の前には、祖父の仏壇があった。
「じっちゃ、帰って来だどー!」
微笑んで、ボクは言った。
二十八日に、ボクは青年茶話会に呼ばれて、一緒に帰ってきた武君と歓迎会をした。ここでクルージングで起こったことを話して、笑いを包ませた。
午前十時にボクらは解散し、ボクもボクで家族とゆっくり休暇を過ごした。
そうして時が経ち、大正十二年七月十四日、ボクらは兵学校を卒業した。
毎年、天皇様か名代の宮かが台臨するために、兵学校の卒業式は毎年全国の耳目を集めた。
ボクの両親と兄が駆けつけてくれて、壮途を祝ってくれた。
兵学校があるのは広島県の江田島。隣には陸続きで能美島もある海に囲まれた所だ。
湾内には、練習艦の「磐手」、「八雲」、「浅間」が錨泊していて、ボクはさらにワクワクしていた。
ボクは「八雲」、譲は「浅間」に配属され、ボクの方には同期の近藤、大井、三浦も一緒にいた。
「俊!」
譲の声が聞こえて振り返る。
「ゆず!」
後ろにいた譲の方を振り返り、ボクは駆け寄る。
「違う艦隊になったねぇ。あたしゃ寂しいわ……」
「馬鹿言え、違う道でもボクらはまた一緒になれるさ」
「うん、知っとる!」
歯を見せて笑い合い、拳を交わした。
「お互い頑張ろな、俊」
「もちろん」
解散しようとした時、譲が思い出したように「あ、そうだそうだ」と声をあげる。
「?」
一体なんのことかと首をかしげると、譲はボクにさらに詰め寄って言った。
「山形での「ありがとう」ってなんて言うん?」
「えーっと……「おしょし」かな」
「そっか! おしょし、俊!」
「あっはは、下手くそ!」
「なにおう!?」
「じゃあ佐賀のありがとうは?」
「へへ、よくぞ聞いてくれた! 「おおきに」たい!!」
「じゃあ、おおきに!」
「ん、おしょし!」
大笑いして、また再び拳を交わしてボクと譲はそれぞれの艦隊へと向かっていった。
そんな仲のいいボクと譲を、家族は何も言わずに見ていた。
乗艦寸前、家族の顔を見た。母は泣いていて、父はそれを宥め、兄は「頑張れよー!」とボクに向けて大声で叫んでいた。
「お前の家族、ほんといい家族だよな」
隣にいた近藤がぼそっと呟く。
「ボクのこと?」
「そう」
「……うん」
小さく頷いて、ボクは陸岸の軍楽隊が奏でる「オールド・ラング・サイン」を聴きながら、帽振れの合図で帽子を右手で取り、頭上で大きく円を描いた。
ただ泣き崩れる、母の姿をこの目で見ながら。
────ここからが大変だった。
三ヶ月に渡る内地巡航を経て、十月三十一まで六ヶ月くらいかけて豪州……南洋群島を航海する。
船酔いをする人にとって、この巡航、航海は地獄のようなものだった。
ボクもその一人で、「だめだずな……」と小さく呟きながらベッドの上で蹲っていた。
船酔いをしない近藤がボクの隣に来て「お前が船酔いするとは思わなかった」と一言呟いたのを、確かに覚えている。
三日後の七月十七日、横須賀に到着した。機関学校と経理学校を終えた、ボクらと同じ「候補生」が一〇〇人以上乗ってきた。
ボク、船酔いでダウンしてたからその時は覚えてないんだよね……。
十九日にやっと上陸が許されて、三日間何も食べられなかったボクも、近藤や大井に連れられて芝の水交社に向かってご飯を食べた。
二十三日に横須賀を出港し、日本海と太平洋を結ぶ津軽海峡を西航して大湊、新潟、舞鶴を経て朝鮮へと向かっていた。
この時には流石に船酔いも慣れ、近藤と話をしたりした。
そんな時に、とある出来事が起きていたことを、ボクと近藤は大井から知ることになる……。
時刻は午後の十九時を過ぎた夜のこと。夕飯も食べ終えて、ボクは両部屋の窓から光る星をじっと眺めていた。
「工藤!」
ふと、ボクを呼ぶ声が聞こえ、振り返ってみてみると、そこには同期の近藤道雄がいた。
ボクよりも断然体格の大きい近藤は息を切らすことなくボクに向かって駆け寄り、ボクの肩を掴んで言う。
「実松が呼んでるぞ」
「え、なんで? というか何処で? ここにはいないけど」
「いつもの所だってよ! いいから行ってこいよ!」
後ろに回り込まれ、トンッと背中を押される。よろけるも体制を立て直し、ムッとして近藤の方を振り向き「からかい事だったら後で締め倒すからな!」と叫んで部屋を出る。
実松譲は、ボクの同期の女子だ。気の強い性格で、ボクと同じ兵学校にいる親友の一人。
女子のくせに男子のような振る舞いをするものだから、ボクもボクで困ってしまう。というか、彼女の女の子らしき所と言ったら口調くらいだ。それ以外、何も女の子らしさなどないと言える。
いつもの所というのは、部屋から出て右に曲がり、真っ直ぐ行った先のバルコニーのこと。
ここにはよく人が集まっては星を見たりしている。背の小さなボクでも充分見えるような所だ。
「……あ、いたいた。ゆずー」
バルコニーに着き、彼女の姿を捉える。
振り向いてボクの方を向いたかと思うと「俊、遅いぞー! 何分待ったと思ってんのさ!」と少々怒り気味に声を上げてきた。
「ごめんごめん、窓から星見てたらなんだか綺麗でさ」
「いや、そりゃあ分かるけども」
「で、どうしたの?」
この人がボクを呼び出す事情と言ったら、大体は相談事なんだけど、今日は少し違う様子。
「俊、あたしらあと一年もしたら卒業じゃん?」
「うん、二号生も八月で終わって、もう一号生だねぇ」
満天の星を見ながら、彼女の問いに答える。
ここ兵学校には、最上級生から一号、二号、三号といった対番生徒という制度がある。
ボク達は、この年の八月から一号生徒。つまり最上級生だった。
「俊は、卒業したら何したい?」
「何したいって、そりゃあ海軍大学入るよ。ボクも戦艦乗りたいもん」
「へぇ……」
「そういうゆずは何したいのさ?」
ここ二年間、ボクは譲のしたい事は何も聞いていなかった。自分のことをあまり話さない譲だからこそボクは気になったのだ。
譲はボクの問いに少しだけ間を置いて、星を見上げながらやがて口を開く。
「あたしも海軍大学に入りたい。せっかく女子一人で受かったんだもん、入らなきゃ損やん」
譲は、兵学校の中で唯一、ただ一人だけの女子で合格して兵学校に来たエリート生だ。当時女子の枠は取っていなかったはずと、ボクは当初少しだけ不思議な気持ちになった。
譲がなぜここに居るのか。その裏にある理由をボクは知っているけれど、譲のためと気を遣ってボクは誰にも言っていない。
「道は同じ……か」
「なんだか寂しそうね」
「いいや、あっという間って感じてるだけだよ」
「確かに! あたしも思うわぁ」
顔を見合わせて、ボクと譲は二人で笑っていた。
ボク達は、明日から冬期休暇に入る。譲は故郷の佐賀に帰ってしまうし、ボクもボクで同期の数人と一緒に短艇で瀬戸内海に行きクルージングをして、その後に京都、東京と回り山形に帰る予定がある。
恐らく、これが休暇前最後だろうとボクは確信していた。
「家、帰りたくねぇなぁー……」
「どうして? ボクも一回会ったことあるけど、ゆずの家族すごい優しいじゃん」
「いや、そうなんだけどさ。ほら……親父が。帰るとうるさいから」
譲の父はボクの祖父と同じで、女の子なのに海軍へ入隊するよう強く勧める意思の持ち主だ。
譲の家庭事情は既に聞いているし、ボクも自分の家庭事情を彼女に話している。
真反対な出身であるからに、お互い方言が強くて言葉もあまり通じない。だから知り合った時から極力標準語で話すようにしている。
それでも、こうしてバルコニーに来た時に、地元の美味しいお土産とか名物とかを話し合って「いつか行ってみたい」なんて淡い言葉を交わしていた。
「このおやすみを、有意義に過ごしましょー! な、俊!」
「うぇ、そうだね……うん、そうだね!」
曖昧な返事をしたあと、次にはっきりと返事をして、ボクは彼女と指切りを交わした。
特別、ボクは彼女に好意を持っていた訳でもないし、譲もボクに好意を持っていたわけではない。喧嘩もしたし、一緒に遊んだりもしたが本当にただの親友だ。
でも、ボクと譲はそんな親友の中でも何処か違うと周りからは言われてきた。それは、ボクも彼女もあまり自覚はなかった。
***
クルージングが終わり、友達と別れたボクは、京都から東京に行く列車中でとあるものを書いていた。
日記だ。思い出は文字に書き起こして忘れないようにしなさいっていう、祖父からの教え。
京都の生徒を見て驚いた。ボクは京都に行くのはこれが初めてだったのだが、京都の人は服装が綺麗で、且つ華やかだったのだ。青年学生を見れば、普段なら意気があり、元気が満ち溢れている彼らはとても顔色が青白く、服装を飾り、贅沢な絹足袋を履いて、つまらない日常を徘徊する姿を見て、ボクは今まで見てきた兵学校の人達を思い出して比較してみると、都人は病的に思えた。
ここ最近、青年男女の服装が乱れていることを以前譲とラジオで聞いていたので知ってはいたけれど、ここまでとは思わなかったと絶句してしまった。
京都を回った時、南米から来たというとある一人の外人と出会い意気投合し、食事に行った時に話を聞いた。
「日本には、二つの人種が存在する」
疑問に思い「どうしてだい?」と僕が聞き返すと、さも当たり前かのようにその外人は言い放った。
「日本人の体格は最も悪いと以前見も聞きもした。だが、君と彼らを見て、君の方が立派だと感じた。だから、日本には優劣の二つ人種が存在する」
世間一般で普通の学生を見る中、体格についてはボクも納得せざるを得なかった。だけど、ボクら兵学校生のように、生徒を選抜する法を知らない外人には、最もな質問だと思った。
ボクは、そんな外人を見て少し憐れむと同時に、彼らに対して多大な誇りも感じた。
……そんなことを、日記に書き綴っていた。
同月二十四日の午前八時に、ボクは東京に着いた。同期の阿部正平や鈴木盛勝が迎えに来てくれて、堤君の家で昼食を取った。
「工藤、お前背縮んだ?」
「アホ堤、逆に伸びたわ!」
「伸びたの!? すげぇ!!」
「阿部も何言ってんだよ!?」
ボクに対する身長のいじりは今も昔も変わらない……。
昼食をとった後は、合流した黒井と、阿部、鈴木と四人で浅草周辺を歩いた。田舎民のボクに取って、東京は人混みとしか感じない。地元にはない色々なものに目を輝かせ、都会が発展してることを東京に見せつけられたような気分だった。
「工藤!」
不意に大声で呼ばれて振り返る。二十一日同様、後ろには近藤が立っていた。
「……なんでいるんだい? まさかボクを追いかけてきたとか言わないよな?」
訝しげに質問したボクに対して「んなわけねぇだろ、そうだったら最初から声掛けてるわ!」と笑いながら返答をくれた。
追ってきて無かったならいいや。たまにそういう人がいるんだよね。
次の日の午後に風呂に入ったあと、近藤、黒井、堤君と、三越や白木屋に行ってご飯を食べ、午後二十時過ぎに三人に見送られ、偶然駅であった武君と一緒に高畠に向かう列車に乗り込んだ。
東京も回り終えていよいよ高畠へと帰る時も日記を書いた。
そうして二十六日にようやく高畠駅に到着し、家に帰ってきた。
「俊作、おかえり!」
母が出迎えて来てくれて「ただいま、かっちゃ!」と笑顔で言った。
「よう帰ってきた! もう一号生かい!」
「来年にゃおらも卒業だで!」
母は喜んでいた。ボクにはその喜びがたまらなく嬉しくて、一つの生き甲斐をも感じていた程だ。
母はいつまでも優しかった。何歳になっても出迎えてくれる家族はとても暖かいと感じた。
「ほれ、じっちゃに挨拶してきな!」
「ん、そうすら!」
靴を脱いで家の中に上がる。ボクの手には、乗り換え途中の空き時間で買った線香が入った袋を持っていた。
襖を開けて、祖母にも挨拶をする。驚いている様子を見る限り、さてはかっちゃ、ボクが帰ること伝えてないな……? と心の中で思っていた。
線香を半分に折り、マッチに火をつけて線香に灯す。手で仰いで火を消して、ボクは祈祷をする。
目の前には、祖父の仏壇があった。
「じっちゃ、帰って来だどー!」
微笑んで、ボクは言った。
二十八日に、ボクは青年茶話会に呼ばれて、一緒に帰ってきた武君と歓迎会をした。ここでクルージングで起こったことを話して、笑いを包ませた。
午前十時にボクらは解散し、ボクもボクで家族とゆっくり休暇を過ごした。
そうして時が経ち、大正十二年七月十四日、ボクらは兵学校を卒業した。
毎年、天皇様か名代の宮かが台臨するために、兵学校の卒業式は毎年全国の耳目を集めた。
ボクの両親と兄が駆けつけてくれて、壮途を祝ってくれた。
兵学校があるのは広島県の江田島。隣には陸続きで能美島もある海に囲まれた所だ。
湾内には、練習艦の「磐手」、「八雲」、「浅間」が錨泊していて、ボクはさらにワクワクしていた。
ボクは「八雲」、譲は「浅間」に配属され、ボクの方には同期の近藤、大井、三浦も一緒にいた。
「俊!」
譲の声が聞こえて振り返る。
「ゆず!」
後ろにいた譲の方を振り返り、ボクは駆け寄る。
「違う艦隊になったねぇ。あたしゃ寂しいわ……」
「馬鹿言え、違う道でもボクらはまた一緒になれるさ」
「うん、知っとる!」
歯を見せて笑い合い、拳を交わした。
「お互い頑張ろな、俊」
「もちろん」
解散しようとした時、譲が思い出したように「あ、そうだそうだ」と声をあげる。
「?」
一体なんのことかと首をかしげると、譲はボクにさらに詰め寄って言った。
「山形での「ありがとう」ってなんて言うん?」
「えーっと……「おしょし」かな」
「そっか! おしょし、俊!」
「あっはは、下手くそ!」
「なにおう!?」
「じゃあ佐賀のありがとうは?」
「へへ、よくぞ聞いてくれた! 「おおきに」たい!!」
「じゃあ、おおきに!」
「ん、おしょし!」
大笑いして、また再び拳を交わしてボクと譲はそれぞれの艦隊へと向かっていった。
そんな仲のいいボクと譲を、家族は何も言わずに見ていた。
乗艦寸前、家族の顔を見た。母は泣いていて、父はそれを宥め、兄は「頑張れよー!」とボクに向けて大声で叫んでいた。
「お前の家族、ほんといい家族だよな」
隣にいた近藤がぼそっと呟く。
「ボクのこと?」
「そう」
「……うん」
小さく頷いて、ボクは陸岸の軍楽隊が奏でる「オールド・ラング・サイン」を聴きながら、帽振れの合図で帽子を右手で取り、頭上で大きく円を描いた。
ただ泣き崩れる、母の姿をこの目で見ながら。
────ここからが大変だった。
三ヶ月に渡る内地巡航を経て、十月三十一まで六ヶ月くらいかけて豪州……南洋群島を航海する。
船酔いをする人にとって、この巡航、航海は地獄のようなものだった。
ボクもその一人で、「だめだずな……」と小さく呟きながらベッドの上で蹲っていた。
船酔いをしない近藤がボクの隣に来て「お前が船酔いするとは思わなかった」と一言呟いたのを、確かに覚えている。
三日後の七月十七日、横須賀に到着した。機関学校と経理学校を終えた、ボクらと同じ「候補生」が一〇〇人以上乗ってきた。
ボク、船酔いでダウンしてたからその時は覚えてないんだよね……。
十九日にやっと上陸が許されて、三日間何も食べられなかったボクも、近藤や大井に連れられて芝の水交社に向かってご飯を食べた。
二十三日に横須賀を出港し、日本海と太平洋を結ぶ津軽海峡を西航して大湊、新潟、舞鶴を経て朝鮮へと向かっていた。
この時には流石に船酔いも慣れ、近藤と話をしたりした。
そんな時に、とある出来事が起きていたことを、ボクと近藤は大井から知ることになる……。
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