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疑問と現状
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翌朝、目を覚ますと隣に黒花状元の姿は無かった。
「あれ、鬼王妃様おはようございます。鬼王様なら一刻程前にお帰りになられましたよ」
黎月のその言葉に昨夜の出来事は夢じゃなかった事を実感する。
まさかあの黒花状元が人間の姿で商隊に紛れ込み、商売をしていたなど誰が想像するだろうか。見た感じ財には全くもって困っていなさそうだから、恐らく月雨国の偵察にでも来ていたのだろう。
「黎月、鬼王閣下はどんな方?」
「えぇ?何です、急に」
「いいから答えて」
黒花状元は昨日の本殿の時と 睡蓮宮では別人かと思うくらい静蘭に対する態度が違った。昨夜の睡蓮宮で話し込んだ時は威圧感や嫌悪感が無く、自然体のようだった。まるで警戒心を解かれたかのように。
どちらが本物の黒花状元なのかわからず、黎月に聞いてみる事にしたのだ。
「そうですねぇ……掴み所が無い御方ですかね」
それをお前が言うのか、と言いたくなったが、果たして黎月は自分自身が掴み所の無い変わり者だと言うことを自負しているのだろうか。
「でも貴方は鬼王閣下から余程頼りにされているみたいだな、城内を自由に歩き回ったり仕事を放棄してもお咎めは無い 」
「いやぁー、最初の方は沢山怒られましたよ?でももう慣れと一々注意するのも面倒臭いんでしょうね、粘ったもん勝ちですよ」
やはりこの娘は肝が座っている。見た目は十五、六歳くらいに見えるのに。
しかし鬼の姿というのは死んだ時の姿では無く、鬼火となり、更にそこから実態を得るまでの年数が加算された容姿の年齢が実態となる。しかも鬼火になってから実態を得るまでの期間は人それぞれとは言え、そう簡単な物では無く、途中で骨灰を消されてしまう鬼火も少なくは無い、というかその場合が殆どだ。
鬼界も弱肉強食であり、自分より力を持つ鬼が現れるのを恐れている。
その種を予め摘んでおく事で今後の身の安全を図るのだ。
そして人間の静蘭ですら鬼火が実態を得るのには早くて十年、本来は何十年と掛かると聞いた事がある。だから見た目が若い鬼は数が少ないのだが、黎月……そういえば権玉も十代に見える。
黒花状元だって二十代半ばくらいの見た目だ。鬼火からあまり時間をかけずに実態を得たという事はそれだけ強かったという事だ。
黒花状元が黎月と権玉の腕を買っているのも頷ける。実際に術を使っている時の権玉の姿は熟練の神仙のように見えた。
だとしても間違い無く数年は掛かったはずだ。権玉はまだしも黎月なんて十に満たないうちに死んでしまったのかもしれない。何か思い残す事や恨み事があって鬼になっているはずなのだから、何だか気の毒に思えてきた。きっと幼くして苦しい思いをしたのだろう。
「あ、そうそう。鬼王様が毎朝この薬を飲むようにと仰っていました。絶対に欠かしてはいけないそうです」
そう言って小瓶を渡してきた。量こそ一口分程で少ないが、正直口に入れたくないような臭みと青さに顔を顰めた。
「これは何の薬?」
「何でしょうね?ただ飲ませるようにと言われただけで何の薬なのかは知りません。まあでも、鬼王様が飲めと仰っているのですから嫌でも飲んでください!」
何の薬なのかも知らずにこんな物飲めるか!そう文句を言った所で飲んでくださいの一点張りだろう。ここは潔く諦め、意を決して薬を一気に飲み込んだ。
「うっ……おぇ……」
想像通りの味だ。こんな不味い物は初めて口にしたし、もう二度と飲みたくない。先程食べた朝食が胃から這い上がる感覚がした。
「うわぁー、不味そう。鬼王妃様よくそんな物飲めますね」
「お前が飲めと言ったんだろう……!」
「私じゃありませんよ、鬼王様です」
笑顔で薬を手渡してきた本人が他人事だからと言ってそんな事を言うなんて。いや、もうこの際そんな事はどうでもいい、というか考えられない。
「水!水をくれ!」
「はい、只今!」
黎月が水差しの水を用意してくれると、それをまた一気に喉へ流す。後味全てが取れた気はしないが、先程よりかは断然良い。
「私はこれから毎朝これを飲まなければいけないの?!」
「はい、鬼王様の命令ですので!」
ここは地獄なのだろうか。というか確かに静蘭は身体が弱い方ではあるが、別に今は特に病を患っているわけでも無いし、昨晩も黒花状元に体調不良を訴えた覚えは無い。
まさか毒薬か?と思ったが、わざわざそんな事をしなくとも何時だって殺せるじゃないか。
それからその薬は次の日も、その次の日も……あれからずっと続いていた。悶絶する程の味だったが、慣れというのは恐ろしいもので二週間もすれば直ぐに水を飲めば何とか我慢出来るようにはなった。
そしてもう一つ続いている事がある。
この二週間、毎夜必ず黒花状元が睡蓮宮に訪れるのだ。そして二人でその日の出来事について話したり、麻雀をしたりして時間を過ごす。眠くなれば寝台で二人並んで横になり眠った。朝になると隣にいたはずの黒花状元は必ず姿を消しているのだが。鬼王は朝も早いようだ。
そんなお陰で鬼王の寵妃……と言っても妃は静蘭一人なのだが、城内の者達からは鬼王が気に入った女という認定を受けた様で、すれ違い様にひそひそと陰口を言われたりあからさまな嫌悪の視線を向けて来る者はいなくなった。
しかし重要なのは静蘭への態度なんかでは無く、黒花状元の思惑だ。一体何を思って毎夜通っているのだろうか。黒花状元は男色家では無い為当たり前だが、夫婦がするような触れ合いはしない。一緒に寝るのは……まあ男同士だからこそ抵抗が無いとも言えるだろう。
静蘭が黒花状元に対して何を疑問に思っているのかと言うと、自分に気が無いのであれば、何故自分に対して優しい態度を取るのか、という事だ。
静蘭の立場は、黒花状元の領域に要らぬちょっかいを出した上に勝手に生贄と称して嫌いな人間を鬼界へ送ってくる、目障りな月雨国のその目障りな生贄の一人。しかも元公主だ。
機嫌を取った所で黒花状元が得る物等何も無いし、そもそも何かを望んでいるのであれば静蘭なんか使わなくとも自力で手に入れられるであろう。何しろあの天をも恐れさせる鬼王閣下なのだから。
「そんなに顰めっ面をしてどうした。何かあったのか?」
今日もいつも通り夜になると黒花状元は睡蓮宮へ足を運んだ。
静蘭は黒花状元が一体何を考えているのか聞きたくて仕方が無かったが、もし逆鱗に触れたらせっかく良さげな関係を築けているっぽいのにそれが台無しなのでは?と思うと中々聞くに聞き出せなかった。
「……鬼王閣下、いくつかお聞きしたい事があります」
「そんな神妙な面をして何を聞きたい?言ってみろ」
黒花状元が言ってみろと言ったんだ、聞くだけなら別にいいだろう。
「何故私に良く接してくださるのでしょうか?鬼王閣下も知っての通り、私は女じゃありませんし月雨国の公主という立場も剥奪されています。貴方様のお力になれる事は何一つありません」
黒花状元は少しの間視線を逸らして考えているようだった。正直本当の事をそのまま言って欲しかったのだが、何か答えに時間がかかると言う事はやはり彼には何か考えがあっての行動なのだろう。
分かってはいたが、心が少しだけ痛んだ。そういえばここに置かれているのも利用価値があるからであって、今の今までその事を忘れていた。
「別に深い意味は無い。暇潰しの相手になる、それだけだ」
「……そうですか。二つ目です、毎朝飲むように言われたあの薬は何の薬なのですか?」
二週間、毎日飲んでいるが身体に変化は現れない。一体何の薬なのだろうか。
「身体の老化を止める薬だ。あの薬を服用し続けている限り老いて寿命で死ぬ事は無い。病や外傷にも普通の人間よりかは少し強くなるはずだ。」
静蘭は驚いて声も出なかった。そんな薬、実在するのか?少なくとも下界には出回っていないし、そんな妙薬は聞いた事が無い。というかそんな物があれば権力者達が挙って手に入れたがり、大変な事になるだろう。
何よりそんな薬とは知らずに飲み続け、身体が変わり始めているという事実に動揺しながらも、それを隠すように一つ咳払いをして最後の質問を口にした。
「三つ目です。……月雨国はどうなっていますか」
これが一番聞にくい内容だった。初めてここに来た日、既に一度この話題で機嫌を損ねてしまったように感じたからだ。
「国主の怠慢は相変わらずだ。……が、国よりも先に蒙家が動き、復興が始まっている」
蒙家とは月雨国三本の指に入る商人の家門で、財力があり度々政治関係の役人を買収していると噂が上がっていた家門だ。前国主の時も蒙家の扱いには頭を悩まされていたと聞く。その蒙家がまさか国より早く動いてくれるとは。
そしてもう一つ。どうしても確認しておきたい事があった。
「宮観等に火が上がった時、人に引火せずただ燃え尽きるまで消せないようにした、というのはせめてもの情けなのでしょうか?それとも……その後に待っている地獄を味わせるためですか?」
火事での死人は一人もいない。ただ問題はその後で、神の恵みが無く飢饉に見舞われ、災害も起きた。
一体それだけでどれ程の死人が出ただろうか。
「あの国は前皇室が滅んだ時点で廃国は免れない道に置かれていた。女にうつつを抜かし、国政に精を出さぬ国主は一度痛い目を見ておいた方がいい」
「国主と民は関係ありません……!一体どれ程の死人が出たか……!」
何と答えられても反論をするつもりは無かったのだが、つい口が滑ってしまった。
「国主というのは自らの行動や言動一つで自身の民を危険に晒し、廃国にする事が出来る。元が成り上がりの宰相な上にあの馬鹿さだ、一度経験しなければそういう意識は理解出来ないだろう。……と言っても経験しても理解出来ぬ大馬鹿者だとは思ってもいなかったが。しかし火事で死人が出て、その上飢饉で更に死人を出す、俺のやり方とどちらの方が良かったかなんて一目瞭然だろう」
全くもってその通りだ。黒花状元は彼なりに月雨国の事を思って憎まれ役をかって出てくれた所はあるだろう。
それは分かっているのだが、何とも複雑な気持ちで何も言う事が出来なかった。
「……お前は月雨国現国主に無理矢理娶られた挙句、国師には良いように利用された。民からは稀代の悪女だの好き勝手言われているのに、何故そこまで民を気遣う?」
自分も地下にいた時はそう思っていた。最早何もかもがどうでもいいと自暴自棄のように。
でもやはり見捨てられない。母が愛し、自国に帰らず残る事を選んだ国をそう易々と見捨てられなかった。
「皇族の性でしょうかね」
それに対し、黒花状元はふーん、と興味が無さそうな相槌を送るだけだった。
「お前が聞きたいことを聞いたんだから俺も聞かせてもらうぞ」
「私が答えられる範囲ならばお答えしましょう」
すると黒花状元は静蘭の衣や履物をまじまじと見て言った。
「俺はもうお前が男だという事を知っている。それにここには男だからといって命を狙う輩もいない。なのに何故未だに女の格好をしている?」
よくよく考えてみればそうだ。もう女装をする必要なんて無いのに。
いや、果たしてそうなのだろうか?一応妃という名目で後宮に入っているのだから、女という事にしておいた方がいいのでは?
色々考えた上でそもそもの事を思い出した。
「私、女物の衣装しか持っていません」
生まれてからずっと女として育てられてきた静蘭は、男物の衣装を持っていないどころか着たことすら無い。
「ならば用意させる。俺は気にしないから好きな格好で過ごすといい」
「あれ、鬼王妃様おはようございます。鬼王様なら一刻程前にお帰りになられましたよ」
黎月のその言葉に昨夜の出来事は夢じゃなかった事を実感する。
まさかあの黒花状元が人間の姿で商隊に紛れ込み、商売をしていたなど誰が想像するだろうか。見た感じ財には全くもって困っていなさそうだから、恐らく月雨国の偵察にでも来ていたのだろう。
「黎月、鬼王閣下はどんな方?」
「えぇ?何です、急に」
「いいから答えて」
黒花状元は昨日の本殿の時と 睡蓮宮では別人かと思うくらい静蘭に対する態度が違った。昨夜の睡蓮宮で話し込んだ時は威圧感や嫌悪感が無く、自然体のようだった。まるで警戒心を解かれたかのように。
どちらが本物の黒花状元なのかわからず、黎月に聞いてみる事にしたのだ。
「そうですねぇ……掴み所が無い御方ですかね」
それをお前が言うのか、と言いたくなったが、果たして黎月は自分自身が掴み所の無い変わり者だと言うことを自負しているのだろうか。
「でも貴方は鬼王閣下から余程頼りにされているみたいだな、城内を自由に歩き回ったり仕事を放棄してもお咎めは無い 」
「いやぁー、最初の方は沢山怒られましたよ?でももう慣れと一々注意するのも面倒臭いんでしょうね、粘ったもん勝ちですよ」
やはりこの娘は肝が座っている。見た目は十五、六歳くらいに見えるのに。
しかし鬼の姿というのは死んだ時の姿では無く、鬼火となり、更にそこから実態を得るまでの年数が加算された容姿の年齢が実態となる。しかも鬼火になってから実態を得るまでの期間は人それぞれとは言え、そう簡単な物では無く、途中で骨灰を消されてしまう鬼火も少なくは無い、というかその場合が殆どだ。
鬼界も弱肉強食であり、自分より力を持つ鬼が現れるのを恐れている。
その種を予め摘んでおく事で今後の身の安全を図るのだ。
そして人間の静蘭ですら鬼火が実態を得るのには早くて十年、本来は何十年と掛かると聞いた事がある。だから見た目が若い鬼は数が少ないのだが、黎月……そういえば権玉も十代に見える。
黒花状元だって二十代半ばくらいの見た目だ。鬼火からあまり時間をかけずに実態を得たという事はそれだけ強かったという事だ。
黒花状元が黎月と権玉の腕を買っているのも頷ける。実際に術を使っている時の権玉の姿は熟練の神仙のように見えた。
だとしても間違い無く数年は掛かったはずだ。権玉はまだしも黎月なんて十に満たないうちに死んでしまったのかもしれない。何か思い残す事や恨み事があって鬼になっているはずなのだから、何だか気の毒に思えてきた。きっと幼くして苦しい思いをしたのだろう。
「あ、そうそう。鬼王様が毎朝この薬を飲むようにと仰っていました。絶対に欠かしてはいけないそうです」
そう言って小瓶を渡してきた。量こそ一口分程で少ないが、正直口に入れたくないような臭みと青さに顔を顰めた。
「これは何の薬?」
「何でしょうね?ただ飲ませるようにと言われただけで何の薬なのかは知りません。まあでも、鬼王様が飲めと仰っているのですから嫌でも飲んでください!」
何の薬なのかも知らずにこんな物飲めるか!そう文句を言った所で飲んでくださいの一点張りだろう。ここは潔く諦め、意を決して薬を一気に飲み込んだ。
「うっ……おぇ……」
想像通りの味だ。こんな不味い物は初めて口にしたし、もう二度と飲みたくない。先程食べた朝食が胃から這い上がる感覚がした。
「うわぁー、不味そう。鬼王妃様よくそんな物飲めますね」
「お前が飲めと言ったんだろう……!」
「私じゃありませんよ、鬼王様です」
笑顔で薬を手渡してきた本人が他人事だからと言ってそんな事を言うなんて。いや、もうこの際そんな事はどうでもいい、というか考えられない。
「水!水をくれ!」
「はい、只今!」
黎月が水差しの水を用意してくれると、それをまた一気に喉へ流す。後味全てが取れた気はしないが、先程よりかは断然良い。
「私はこれから毎朝これを飲まなければいけないの?!」
「はい、鬼王様の命令ですので!」
ここは地獄なのだろうか。というか確かに静蘭は身体が弱い方ではあるが、別に今は特に病を患っているわけでも無いし、昨晩も黒花状元に体調不良を訴えた覚えは無い。
まさか毒薬か?と思ったが、わざわざそんな事をしなくとも何時だって殺せるじゃないか。
それからその薬は次の日も、その次の日も……あれからずっと続いていた。悶絶する程の味だったが、慣れというのは恐ろしいもので二週間もすれば直ぐに水を飲めば何とか我慢出来るようにはなった。
そしてもう一つ続いている事がある。
この二週間、毎夜必ず黒花状元が睡蓮宮に訪れるのだ。そして二人でその日の出来事について話したり、麻雀をしたりして時間を過ごす。眠くなれば寝台で二人並んで横になり眠った。朝になると隣にいたはずの黒花状元は必ず姿を消しているのだが。鬼王は朝も早いようだ。
そんなお陰で鬼王の寵妃……と言っても妃は静蘭一人なのだが、城内の者達からは鬼王が気に入った女という認定を受けた様で、すれ違い様にひそひそと陰口を言われたりあからさまな嫌悪の視線を向けて来る者はいなくなった。
しかし重要なのは静蘭への態度なんかでは無く、黒花状元の思惑だ。一体何を思って毎夜通っているのだろうか。黒花状元は男色家では無い為当たり前だが、夫婦がするような触れ合いはしない。一緒に寝るのは……まあ男同士だからこそ抵抗が無いとも言えるだろう。
静蘭が黒花状元に対して何を疑問に思っているのかと言うと、自分に気が無いのであれば、何故自分に対して優しい態度を取るのか、という事だ。
静蘭の立場は、黒花状元の領域に要らぬちょっかいを出した上に勝手に生贄と称して嫌いな人間を鬼界へ送ってくる、目障りな月雨国のその目障りな生贄の一人。しかも元公主だ。
機嫌を取った所で黒花状元が得る物等何も無いし、そもそも何かを望んでいるのであれば静蘭なんか使わなくとも自力で手に入れられるであろう。何しろあの天をも恐れさせる鬼王閣下なのだから。
「そんなに顰めっ面をしてどうした。何かあったのか?」
今日もいつも通り夜になると黒花状元は睡蓮宮へ足を運んだ。
静蘭は黒花状元が一体何を考えているのか聞きたくて仕方が無かったが、もし逆鱗に触れたらせっかく良さげな関係を築けているっぽいのにそれが台無しなのでは?と思うと中々聞くに聞き出せなかった。
「……鬼王閣下、いくつかお聞きしたい事があります」
「そんな神妙な面をして何を聞きたい?言ってみろ」
黒花状元が言ってみろと言ったんだ、聞くだけなら別にいいだろう。
「何故私に良く接してくださるのでしょうか?鬼王閣下も知っての通り、私は女じゃありませんし月雨国の公主という立場も剥奪されています。貴方様のお力になれる事は何一つありません」
黒花状元は少しの間視線を逸らして考えているようだった。正直本当の事をそのまま言って欲しかったのだが、何か答えに時間がかかると言う事はやはり彼には何か考えがあっての行動なのだろう。
分かってはいたが、心が少しだけ痛んだ。そういえばここに置かれているのも利用価値があるからであって、今の今までその事を忘れていた。
「別に深い意味は無い。暇潰しの相手になる、それだけだ」
「……そうですか。二つ目です、毎朝飲むように言われたあの薬は何の薬なのですか?」
二週間、毎日飲んでいるが身体に変化は現れない。一体何の薬なのだろうか。
「身体の老化を止める薬だ。あの薬を服用し続けている限り老いて寿命で死ぬ事は無い。病や外傷にも普通の人間よりかは少し強くなるはずだ。」
静蘭は驚いて声も出なかった。そんな薬、実在するのか?少なくとも下界には出回っていないし、そんな妙薬は聞いた事が無い。というかそんな物があれば権力者達が挙って手に入れたがり、大変な事になるだろう。
何よりそんな薬とは知らずに飲み続け、身体が変わり始めているという事実に動揺しながらも、それを隠すように一つ咳払いをして最後の質問を口にした。
「三つ目です。……月雨国はどうなっていますか」
これが一番聞にくい内容だった。初めてここに来た日、既に一度この話題で機嫌を損ねてしまったように感じたからだ。
「国主の怠慢は相変わらずだ。……が、国よりも先に蒙家が動き、復興が始まっている」
蒙家とは月雨国三本の指に入る商人の家門で、財力があり度々政治関係の役人を買収していると噂が上がっていた家門だ。前国主の時も蒙家の扱いには頭を悩まされていたと聞く。その蒙家がまさか国より早く動いてくれるとは。
そしてもう一つ。どうしても確認しておきたい事があった。
「宮観等に火が上がった時、人に引火せずただ燃え尽きるまで消せないようにした、というのはせめてもの情けなのでしょうか?それとも……その後に待っている地獄を味わせるためですか?」
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一体それだけでどれ程の死人が出ただろうか。
「あの国は前皇室が滅んだ時点で廃国は免れない道に置かれていた。女にうつつを抜かし、国政に精を出さぬ国主は一度痛い目を見ておいた方がいい」
「国主と民は関係ありません……!一体どれ程の死人が出たか……!」
何と答えられても反論をするつもりは無かったのだが、つい口が滑ってしまった。
「国主というのは自らの行動や言動一つで自身の民を危険に晒し、廃国にする事が出来る。元が成り上がりの宰相な上にあの馬鹿さだ、一度経験しなければそういう意識は理解出来ないだろう。……と言っても経験しても理解出来ぬ大馬鹿者だとは思ってもいなかったが。しかし火事で死人が出て、その上飢饉で更に死人を出す、俺のやり方とどちらの方が良かったかなんて一目瞭然だろう」
全くもってその通りだ。黒花状元は彼なりに月雨国の事を思って憎まれ役をかって出てくれた所はあるだろう。
それは分かっているのだが、何とも複雑な気持ちで何も言う事が出来なかった。
「……お前は月雨国現国主に無理矢理娶られた挙句、国師には良いように利用された。民からは稀代の悪女だの好き勝手言われているのに、何故そこまで民を気遣う?」
自分も地下にいた時はそう思っていた。最早何もかもがどうでもいいと自暴自棄のように。
でもやはり見捨てられない。母が愛し、自国に帰らず残る事を選んだ国をそう易々と見捨てられなかった。
「皇族の性でしょうかね」
それに対し、黒花状元はふーん、と興味が無さそうな相槌を送るだけだった。
「お前が聞きたいことを聞いたんだから俺も聞かせてもらうぞ」
「私が答えられる範囲ならばお答えしましょう」
すると黒花状元は静蘭の衣や履物をまじまじと見て言った。
「俺はもうお前が男だという事を知っている。それにここには男だからといって命を狙う輩もいない。なのに何故未だに女の格好をしている?」
よくよく考えてみればそうだ。もう女装をする必要なんて無いのに。
いや、果たしてそうなのだろうか?一応妃という名目で後宮に入っているのだから、女という事にしておいた方がいいのでは?
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