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四百珊瑚

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昇天編

第九話 勘

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 と書かれた表札の家の前に車を停めた神谷と近藤。その家はかなり古く、あちこち傷んでいるようだったが、一階からはいい匂いが漂っている。

 「そういえば一階はラーメン屋だったな。」

 「そうですね!いい匂いです!」

 家は二階建てで、どうやら一階が店になっていて、二階が住居となっているようだった。今神谷たち二人がいるところは店の入り口とは反対側にある、二階の住居に続く入り口の前だ。
 
 「流石にまだ店はやってないよなぁ…。」

 神谷自慢の高級ブランドの銀時計は、まだ9:00を指していた。

 「とりあえず、インターホン鳴らしてみるか。」

 神谷はインターホンに手を伸ばした。ピンポーンと音がしてしばらくすると、扉の向こうから一人の男性が現れた。
 男は中年くらいで、小太りしていた。ところどころ黒い汚れのある白い割烹着に、黒い腰巻きエプロンをしている。店の準備をしていたのだろう。身長は160cm前後で髪は茶色に染めていた。目のクマがひどく、涙袋がふくれいる。かなり疲れている様子だった。

 「あ、出るのが遅れて申し訳ない。こっちのインターホンをならされたということはお客様ではないですよね?どうなさいました?」

 男は見かけによらず丁寧な口調だった。声はやや高く、大きい。

 「朝のお忙しい時間に申し訳ない。実は私たちこういう者で…。」

 神谷と近藤はジャケットの内ポケットから警察手帳を取り出して見せた。

 「えぇ?!刑事さんが一体何のご用で?!確かにうちの店は古くて小汚ないように見えるかもですが、ちゃんと保健所の検査は通って…。」

 と、いいかけたところで神谷が話始めた。

 「今日はそういった用件ではないのでご安心ください!今日は彰悟くんのことでお伺いしたいことがございまして。」

 「彰悟が?!あいつなんかやらかしたんですか?!」

 「いや、彰悟君は多分何も悪いことしてないと思うんですが、ちょっと聞きたいことがありまして。」

 神谷はニッコリと笑顔で話した。

 「はぁ…。そうなんですか。まぁ、立ち話も何ですからどうぞ店の中へ。」

 神谷と近藤は店主に連れられて店のなかに入った。店はまだ営業時間外で、電気はついていなかった。

 「すみません。今電気つけるんでどうぞそこら辺におかけになってください。」

 暗い店のなかに電気が灯った。二人は入ってすぐの四人掛けテーブルを見つけ、そこに座った。その後まもなく、お盆にお冷やを3つのせて店主がやって来た。テーブルの上にお冷やを置き、神谷と近藤が二人並んだ対面に店主が座した。

 「それで聞きたいこととは一体どういったご用件で?」

 店主が訪ねた。

 「申し遅れました。私、鳴神警察署特務課の神谷と、こちらは…」

と、神谷が言いかけたとろで、

 「あ、近藤と申します!」

 と、近藤が答えた。

 「実は昨日ここから少し離れた野球場で事件があったのですが、それはご存知ですか?」

 「あぁ、はい、朝のニュースでも見ましたし、昨日の夜彰悟と次男の正太も観戦に行ってたのど少しは話を聞きましたが…。それが何か?」

 店主は少し不安そうな表情で聞き返した。

 「実はですね、また改めて彰悟君にお伺いしたいことがございまして参りました。しかし、彰悟君は今は学校に行かれてますよね?」

 「えぇ。三十分くらい前に家を出たところです。多分午後四時半には返ってくると思います。」

 「それまで少しご主人に彰悟君のことをお伺いしてもよろしいですか?」

 神谷は相変わらず穏やかな表情で会話を続けている。神谷に続いて近藤も口を開いた。

 「あ、失礼ですが、メモをとらせていただきたいです!」

 「えぇ。構いませんよ。まず、何をお話しすればよろしいですか?」

 「そうですね。まずは彰悟君の家での様子や学校での様子。交遊関係等をお伺いしたいです。」

 「はい。実は私、次男が生まれてすぐに離婚してしまいまして…。というのも見ての通りこの店があまり繁盛してないもんで。それで、元妻は田舎の実家に戻って今は再婚して別の家庭があるんです。離婚して以来妻はこっちの家庭には接点がほとんど無くなってしまい、彰悟はとても寂しい思いをしてきたと思います。その反動からか小学校高学年あたりから同級生にいじめをするようになってしまい、学校の先生からはしょっちゅう呼び出されてました…。」

 「そうだったんですね…。ご主人も相当苦労されたのですね。彰悟君も、おそらく辛かったんでしょうね。失礼ですが成績や交遊関係の方はどうですか?」

 「そうですねぇ…。正直なところ友達はそんなに多くなさそうなんですよねぇ…。というのもこの店の手伝いや正太の世話もずっと見てきてますし、友達と休日や放課後に遊びにいくなんてことほとんどありませんでしたから…。学校では周りの同級生とうまくやってるみたいですが、先生から聞く話だとどうも素行の悪い生徒たちとつるんでるようで…。そのくせして成績は非常にいいらしいんですよ。自分の息子ながらそこだけは良くできた子で、ほんと誰に似たんだか…。あいつも根はいいやつだと思うんですよ。家の手伝いも正太の世話も愚痴一つ言わないでやってくれて…。もっとあいつに楽させてやれば、学校での態度もよかったのかもと思います…。」

 「そうですか…。では、大変失礼ですが、彰悟君はいじめなどはしてしまったが、犯罪を犯すような子ではないんですね?」

 「まさか、彰悟が疑われてるんですか?!あいつは確かに学校での素行は悪いようですが人を殺したりするような子ではないです!それに、あんな大きな事件、一人の高校生じゃ起こせませんよ!」

 店主は少し怒り口調で答えた。

 「すみません。彰悟くんを疑ってる訳ではないんです。一応捜索の一貫なので、こういうことを嫌でも聞かないといけない仕事なものです。申し訳ありません。」

 神谷は深々と頭を下げた。それを見て、あわてて近藤も頭を下げた。

 「あ!そうなんですね!いや、失礼しました!」

 店主は申し訳なさそうに、しかしどこかほっとしたように答えた。

 「そうだ!お詫びついでに何かいただいていきたいな。まだ開店前ですけど頼めますか?しばらく待っても大丈夫なので。もう俺たち徹夜明けで腹減ってて。」

 「ご苦労様です!大丈夫ですよ!すぐにお出しします!ご注文は何にしますか?」

 「そうだなぁ。じゃあ俺は豚骨醤油ラーメン大盛りで!近藤は?どうする?」
 
 「あ、じゃあ私も同じので!」

 「はい!かしこまりました!少々お待ち下さい!」

  店主は厨房に戻り、支度し始めた。

 神谷と近藤はラーメンができるまでの間、今聞いた情報を整理した。

 「はい!お待ち!」  

 店主はすぐに、ラーメンを二杯乗せたお盆を持ってやってきた。できたてのラーメンの臭いが漂う。

 「いや~美味しそうですねぇ~。いただきます!」

 「では私も、いただきます!」

 二人はラーメンをすすった。意外にも、と言っては失礼だが、本当に期待以上の美味しさだった。だしに深みがあり、麺はやや固く卵は半熟で、チャーシューが非常に柔らかく、あまり噛まない内に口のなかで溶けるように吸い込まれていく。

 「すごい美味しいですね!ビックリです!しかしなんでこんなに美味しいのにお店繁盛しないんですかね?店を改装してキレイにすればもっとお客さん入りそうですよねぇ!」

 「ちょっと!神谷さん失礼ですよ!」

 図々しく呟く神谷に近藤がツッコむ。

 「ははは!刑事さんは面白い方ですねぇ。刑事というともっと怖い人のイメージがありましたが、こんなにざっくばらんに話せる刑事さんとかわいらしい婦警さんもいらっしゃるんですねぇ。」

 店主は微笑んでいた。

 「お!桜ちゃんかわいいだってよ!この娘やっぱりかわいいでしょ!小柄なのに胸もデカイんすよ!それでいて天然で強気なのが余計な気もするんですがそこがまた…」

 「…うるせぇ黙れ。」

 「ほらほら!怒ると怖いんですよ~。」

 「はっはっは!まったく面白い方たちだ!」

 二人はすぐにラーメンを食べ終えてしまった。

 「いや~、やっぱ上手いもんは早く食い終わっちまうもんですなぁ~。俺の知り合いにもここのお店、おすすめしときますね!また彰悟くんが帰るときに来ますわ!」

 そういって会計を済ました神谷たち二人は店を背にした。

 「ありがとうございました!是非また来て下さい!」

 後ろでは大きな声で店主が礼を言っていた。

 店を後にして、二人は車に乗り込んだ。

 「例の矢本彰悟だがどう思う?」

 突然さっきまでとは全く異なった真剣な表情をした神谷が近藤に聞いた。

 「そうですね…。たしか神谷さんは防犯カメラで確認した限り、明らかに他の観客や選手、スタッフたちよりも遅く野球場から出てきた矢本彰悟が気になってるんですよね?」

 「そうだ。明らかに逃げるのが遅かった。場内の防犯カメラを確認して彼が何をしていたのか調べようと思ったが、これがまた驚くべきことに場内の防犯カメラが不具合によって何も撮影できていなかったときた。」

 「明らかに不自然ですよね…。ですが私には矢本彰悟は犯人、もしくは犯人と関係しているとは思えません。先程の矢本の父親も矢本に関して嘘は言っているように思えませんでしたし、一高校生にあんな事件起こせませんよ。ですが、何かを知っていそうだなとは思います。神谷さんはどう思います?」

 「そうだな…。たしかに矢本は今回の事件の犯人、もしくはその関係者では無いだろう。おそらくたまたま事件の現場に居合わせただけだ。だが、のではないかと思う。」

 「なぜそう思うんです?」

 「そうだな…。勘、てやつだ。」

 「勘…ですか。」

 「あぁ。勘だ。」

 「うーん。正直勘で捜査しないで下さいって言いたいのは山々なんですけど、神谷さんの勘てビックリするくらい当たるんですよねぇ…。」

 「まぁ、伊達に長年刑事やってねぇからなあ。」

 「うーん。とりあえず、現場の近くで調査しましょ!」

 「そうだね。よし、じゃあ桜ちゃん運転よろしく!」

 二人を乗せた車が現場に向かって走り出した。

 そのころ当の矢本はあることに悩んでいた。
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