アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

eggy

文字の大きさ
7 / 53

6 傾聴してみよう

しおりを挟む
 目を開くと、子どもの顔が大写しに迫っていた。
 ぼさぼさ髪の、四五歳くらいかに見える男の子のようだ。
 その唐突さに驚いたような、少し前の不満と不安を思い出したような。またぞろ、あたしの目に涙が膨れ上がってきた。

「う、う……」
「あ、××××」

 男の子は後ろを振り返って、声を高めた。
 おそらくのところ、「こいつ起きたよ」とか、大人に報せているのだろう。
 泣き疲れて眠ったらしいあたしの頭の中は、まだぼんやりしている。すぐには、さっきの泣き声の勢いは戻ってこないみたいだ。
 さっき抱いてくれたのとは違う方の女の人が寄ってきて、匙で乳を飲ませてくれた。ぐすぐす鼻を啜りながら、一心不乱にそれを口に入れる。

――何であれ、空腹ではどうしようもない。

 お腹がくちくなると、また目に涙が染み出してきた。
 けれど、甲高い声の炸裂は、抑えておく。
 それで何も環境が変わるでなし、疲れるだけ無駄。そう悟ったというよりも、ひと眠りしてそんな冷静な思考の方が行動を制御する余裕を取り戻した、という感じか。
 とはいうものの、涙は止まらない。ぐすぐす啜り上げながら、何とか周りを見回すのが精一杯というところだ。
 大人の女の人が二人。あたしの他に、子どもが五人。当然というか、皆あたしよりは大きい。それでも五人ともまだ幼児という見てくれで、世話が必要ということで大人二人が見ているらしい。
 四人はようやく赤ん坊と呼ばれる立場を卒業したかという見た目で、危なっかしい足どりで歩き回ったり、木の玩具で遊んだりしている。
 もう一人はそれより少し年長かという、さっきあたしを覗き込んでいた男の子だ。今も興味深げに、少し離れてこちらを観察している。

「××××」
「××××」

 女の人二人は、木の皮らしいものを編んで何かを作る作業をしながら、休みなくお喋りを交わしている。小さな子どもの間にも、何やら甲高く言葉が行き交っている。
 毛皮の上にお座りをして、何もすることがなく。ただ、ただ、目に涙の滲みは止まらない。
 やっぱりさっきのような号泣は堪えて思ううち、冷静な思考が少しずつ落ち着きを増してきた。
 希望的観測を抜きにしても、この可能性が一番高いと思うのだけど。もし父が狩りなどに出かけていて、夕時には戻ってくるのだとしたら。
 ここへ預けた娘が終日号泣しっ放しだと聞いたら、今後出かけるのを躊躇して苦労することになるんじゃないか。
 悲観的可能性の方でも。もしこのままあたしが孤児よろしくずっとここに預けられるのだとして。
 なかなか泣き止まない手のかかる赤ん坊だと思われたら、大事に扱われないのではないか。
 環境が変わってもほいほい順応する単純な子ども、と思われるのもそれはそれで嫌だけど、さっきの大泣きと今のぐずぐずで、その辺の誤解はないだろう。

――第一印象は重要。お利口な子どもと思われるよう、努めるべし。

 ということで、号泣の再開だけは抑えておくことにする。
 それよりも、少しだけ今の状況に利点があることに気づいた。
 今この周囲には、あたしの意識がはっきりして以来初めてと言っていいほど、言葉が溢れているんだ。
 この好機を、逃す手はない。
 しばらく耳を澄ませて、ヒアリング学習に励もうと思う。

「××××」
「××××」

 女の人の会話を聴き続けていると、何となくだけど会話文の作りが理解されていく気がする。
 子どもたちの発声はやっぱりそれより断片的みたいだけど、注意して聞いているとそこらの物の名前が分かっていきそうだ。
 ということで、あちらこちらに耳を傾けていく。
 それでも一方で、あたしの中の赤ん坊要素も収まりを見せない。
 ぐすぐすと涙の溢れは続き、ひっくひっくとしゃっくりみたいな啜り上げをくり返ししてしまう。
 ときどき気がついたみたいに、女の人が寄ってきて顔を拭いたり世話をしてくれた。
 その他は、放置。おそらくのところ、また大泣きを始められたらたいへんだ、へたな刺激を与えない方がいいという判断になったんじゃないかと思う。

「××××」
「××××」

 聞こえてくる言葉を、口の中で真似してみる。けれども、まったくのところ意図したように唇や舌は動かない。
 当分、こちらが言葉を発声するのは無理のようだ。
 まず優先されるのはとにかく、聴きとりで意味を理解できるようにすることだろう。
 聞こえてくる音声を、まだ意味の分からないまま頭に再生する。次々と新しいサンプルを流していく。
 涙を啜りながら、そんなことに熱中していると。

「ほら」

 突然、鼻の少し先に小さな手が差し出されてきた。
 叩かれるとか触られるとかそんな近さではないので危険を覚えることもなく、ただぼんやり視線をそちらに向ける。
 すると。
 いきなりその人差し指の先に、火が点った。

「ひゃ!」
「どうだ」

 さっきまでこちらを観察していた男の子の、得意げな笑顔。
 それへ向けて、あたしの目は丸くなる。いや自分で見ることはできないけど、丸くなっているに違いない。
 一瞬前までは何もなかった爪の先に、指の半分くらいの大きさながら、赤い火が点っているのだ。

「なーあ?」
「どうだ、まほうだ」
「まあ、ほ?」

 聞こえてきた「まほう」という言葉は、何処からか頭に降りてくる「魔法」と同じ意味だろうか。
 得意げに、男の子は指先の火の点けては消しを数度くり返した。
 そうしていると、突然男の子の頭にぱしんと音が鳴った。
 立ってきた女の人が、平手で叩いたのだ。

「××××!」
「××××――」

 魔法だとすると、軽々と使ってはいけないということか。単純に、小さな子どもの近くで火を点けるのは危ない、という叱責か。
 情けない顔になって、男の子は離れていった。
 ちょっと、可哀相。
 それにしても。

――ここ、魔法のある世界だったのか。

 今の火、魔法と呼ぶにはおこがましいほどの小ささだったけど。
 とにかくも、種も仕掛けもない出現だった。
 あの小さな幼児が、目にも止まらない手さばきの手品紛いをやって見せたとも思えない。

――魔法、魔法……。

 誰でもできることなんだろうか。
 あたしにもできるんだろうか。
 見回しても、もちろん他に指に火を灯す者は見えない。
 好奇心を抑えられず、あたしは目の前に掌を持ち上げた。

――あの男の子、別に呪文とか唱えてはいなかったよな。

 ただ念じればできるものなんだろうか。

――火よ、いでよ。

 ――しいーーん……。
 当然ながらと言うか、何も起こらない。

――うん、分かってた。

 そんな簡単に実現できるなら、誰も苦労しないだろう。
 もしかして、できる人とできない人がいるのか。
 訓練とか、修行とか、例えば教会での承認みたいなのとか、そんなのが必要なのか。

――でもあんな小さな子にできるんだから、そんな難しい手続きが必要なものじゃない気がするんだよなあ。

 変わらず周囲の会話に耳を傾けながら、あたしはしばらくそんなことを考え、何度か試行をくり返していた。
 相変わらず目に涙は滲み出してくるのだけど、そんなこんなでいつの間にか時間は過ぎていたようだ。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ケイソウ
ファンタジー
チビで陰キャラでモブ子の桜井紅子は、楽しみにしていたバス旅行へ向かう途中、突然の事故で命を絶たれた。 死後の世界で女神に異世界へ転生されたが、女神の趣向で変装する羽目になり、渡されたアイテムと備わったスキルをもとに、異世界を満喫しようと冒険者の資格を取る。生活にも慣れて各地を巡る旅を計画するも、国の要請で冒険者が遠征に駆り出される事態に……。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。

転生したので好きに生きよう!

ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。 不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。 奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。 ※見切り発車感が凄い。 ※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...