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第1部 第72話

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私は、ビスタ国にある小さな田舎町に住む平民の娘だった。



両親は共に町の中で生まれ育ち、所謂、幼馴染だったらしい。



私が生まれるまでは、まあ、普通に家族として暮らして居たらしいんだけど。



私が物心を付きだした頃くらいに、父親が浮気をしていたのが母親にバレて、その為、母親がある日家を出て行ってしまった。



家に残された私は、父親と、父親の当時の浮気相手と暮らしだしたんだけど、この二人、子どもである私を育てる気がなく、放置する日々。



だから、私は、親に育てられることもなく、一人で生きていくしかなくて、子どもの頃から汚い事にも手を染めて生き抜くしかなかった。



でもね、こんな私でも、夢は見ていたんだよ。



例えば、居なくなった母親がある日、綺麗な服を着て、豪華なアクセサリーを身に着けて、私を迎えに来てくれるんじゃないかとか?



他には、私の本当の両親は、実は他にいて、私は事件に巻き込まれて、こんな田舎で生活する羽目になったんじゃないかとか?



もう、すっごい空想をしては、今の現実を忘れようとしていた。



それくらい、私は自分の生きている環境が嫌で堪らなかった。



でもね、そんな私にもね、年頃になったら恋人が出来たりしたのよ。



成長するに連れて、自分の容姿が好意的に見られることがわかり、漸く、生きていて楽しいと思う様になったの。



町に住む色々な男の子と付き合い、それに伴い、自分の価値の高さもわかりだしてね。



そんな時だった町にやってきた男に王都での話を聞いたのは。



麗しい男女が茶会や夜会とかに参加している話。



貴族の煌びやかで優雅な世界。



それを聞いたら、もうこんな田舎になんていたくない!って。



私に似合う世界がそこにあるんだと思い、その話をしてくれた男に一緒に連れて行って欲しいとせがんだのね。



そしたら、その男は快く応じてくれて、私は生まれて初めて、この田舎町を出て王都へ行ったの。



だけどね、私を王都へ連れて行ってくれた男は、悪い男でね。



田舎娘に甘言を並べ立てて、王都に連れ立ち、その王都で身売りする奴だったのよ。



私の人生は、こんな事ばっかりで本当に自分自身を恨んだわ。



でもね、私の人生はそこで終らなかったのよ!



男に売られた先の娼館でね。



私の人生で最高の出会いをしたの!



貴族の方でね。しかも、貴族でも誰でも簡単に会える方じゃないって言うのよ。



そんな凄い方に、「君は、綺麗な子だね。平民でいるのがもったいない」って言って貰ってね、私に、貴族の爵位まで下さったの。



ただね、その爵位を私に下さる代わりに、私は、あの方が望むことをやらなければいけないらしくって。



その一つが、私は、あの方に紹介された老いぼれたじじいと恋人になるように言われたり、あの方が指示されることを忠実に守っていくように言われてね。正直、楽しくも無いし、めんどくさいしで、とっても嫌だったわ。



だけど、憧れていた茶会や夜会にも出席出来たりと、夢のような時間もあって幸せだったわ。



最新の衣装を身に着け、豪華なアクセサリーも買って貰えて。



美しい私は、貴族の社交界で輝いていたの。



でもね、私の恋人とされているじじいたちがね。どうも、最近、あの方へ渡すお金が減り出しているらしくて、あの方もお怒りみたいで。



とうとう、じじいに薬を用いて、反省させることになったんだけども。



あのじじい、最初は拒んで、本当、大変だったのよね。



「お、お前、何をした?」



だから、いつものように一緒に食事をした時に、その食事の中に混ぜてやったの。



じじいが好んで食べる鹿肉の、そのソースに。



「何もしていないわよ。あなた、体調が悪いの?」



にーっと笑って、私の右端の口元にはチャームポイントの笑窪が現れる。



このじじいは、それが可愛いといつも言ってたっけ?



私は、じじいを気遣うそぶりを口にしながら、食事を続けているが、目の前では、顔中に脂汗を浮かべるじじいの姿が見られる。



じじいの食事に混ぜた薬は、精神を作用する薬とかで、中毒症状を引き起こし、人によれば、一度の摂取で死ぬこともあるらしいんだけど・・・



じじいは一度目の摂取では死なず、その代わり、薬の作用が切れると、禁断症状が出て錯乱し閉じ込めた室内は酷い惨状になっていた。



そんなじじいの状態を、私と同じ爵位をもつ青年に報告を行っている。



彼は、私と境遇も同じらしく、あの方への忠誠心も厚く。云わば、同志のような存在で、今では様々なことで協力をしてくれて、頼りになる男なの。



だから、最近は、じじいの代わりに動く私を心身共に支えてくれて、じじいの故郷のことでも、様々な案を出してくれて、あの方への確認や許可も取り立ててくれる本当に素敵な准男爵さま。



彼の話だと、もうそろそろ、新しい事に進めていく時期らしく、じじいの故郷とはおさらばらしい。



でね、私も、頑張ったらご褒美を貰えるっていうの。



ウフフ・・・ご褒美は何かな?



出来たら、あの方と共に過ごしたい、けれど、私の身分では釣り合わない。



だったら、新しい爵位を頂こうかしら!



私はそう思いながら、手の中にある小さなピンク色の宝石を眺める。



要求して良いわよね?



小さなピンクの宝石に、女の顔が映りこむ。



だって、私にも権利はあるものね?



女はにーっと笑ってみせる。



そう、あの時は、自分が殺されるとは思ってなかった。



ずっと、言う事を聞いてきたんだもの。



ずっと、言われた通りしてきたんだもの。



平民だった、娼婦にまでなった私に、貴族の爵位まで授けてくれたのよ。



それに、あのピンクの宝石も奪って持っていたんだもの。



あの人と初めて会ったあの日、昔の癖で、金目の物を漁って見つけた珍しいピンクの宝石。



この国ビスタには、まだ流通されていないあの石のこともあったから、私は切り離されないと思っていたのに・・・



私は、あのジムラルと共に捨てられた。



最後には、穢らわしい血が流れる平民と蔑まれた。



どうして、私だって幸せになりたかった。



貴族に生まれたかった・・・



あぁ、私の人生はここで尽きるのね・・・女は、自分を死へ導いた准男爵の青年に抱えられながら無情にも力尽きたのだった。



朝日が昇り、人が行き交い出した時間、ルウという娼婦の女が、王都の外れにある林で刺殺体で発見された。



女は、平民で、しかも娼婦でありながら、貴族を騙り豪奢な身なりをして暮らして居たようで、その生活故、出先で貴族と間違われ強盗に襲われた上、刺殺されたのどろうと片付けられた。



そんな情報を、ジルは女の追跡を諦めて、王都に戻る途中で耳にした。



「やはり、消されたか・・・」



ルウという娼婦が布を被せられて、駐屯の騎士により運ばれる。



ルウの顔は見えないが、昨日、ジルが追う女が身につけていた色と同じドレスが遺体に掛けられた布から出ていた。



騎士たちの動きに加え、女の身元がこんなにも早く解った段階で、既に女の始末は決まっていたのだと確信した。



ジルは苦い顔を浮かべて、自分が昨夜追っていた女の遺体が運ばれて行くのを見つめていたのだった。

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