<第一部 完結> お前がなれるわけがない!

mokono

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第1部 第70話

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選挙も残すところ数日となってきた頃、アッシュたちはカルロが用意してくれた新しい事務所にて活動拠点を移し再開していた。



ただ、ここに来て、やはりアッシュたちへの人気は陰り、今までのような聴衆を集めれずにいた。



今日も、今までの様に演説の準備をしていたが、アッシュに向けて、例の横領の噂を元に罵詈雑言を浴びせる者が出て来た。



その為、今日も、大きな騒ぎになる前に撤収するしかなく、アッシュらは慌てて荷造りをしていたのだ。



その間も「税金泥棒!」「金返せ!」「お前みたいな奴は平民議員になるな!」など、人々からの酷い言葉は止まらない。



本来なら、大きな声で弁解の言葉を叫びたいところだが、今の所、冤罪を晴らせる証拠が不十分である為、アッシュたちはグッと我慢し、取り敢えず、これ以上の騒ぎへと発展させない為に逃げるしかなかった。



ただ、この噂をこのまま放置しておくのも良くないとなり、駐屯騎士には、捜査の依頼はしたのだった。



勿論、相手の出方や役場の所長がこのまま帰らないなどして、噂が噂でなくなる可能性もあり、物凄く大きな賭けでもあるのだが、アッシュとしては身に覚えのない行為であるから、正々堂々と真実を明らかにして欲しい旨を伝えたのだった。



しかし、届出がされた駐屯騎士もアッシュへの疑いは強く、きちんとした捜査はしてくれそうにないのが垣間見れた。



そんな状況の為、トウの町の人に流れた噂が消えることはなく、広がるばかりだった。



アッシュは、唇を噛みしめて、今日、演説するはずだった場で立ち尽くしていた。



『今日もダメだった・・・』



アッシュは悔しさが込み上げ、両の手をギュッと握りしめる。



ずっと、この町の為にやってきたこと、自分は真面目に働いて来たと言うのに嵌められたことに悔しさが募る。



後少しで、選挙も終わるこんな時に、自分から離れていく人たち。



このままでは、選挙に負けてしまう。



確かに、自分からやりたくて立候補した訳ではなかった、だけど、この選挙を通じて、自分はこのトウの町を今よりも良くしたいと思う様になり、そして、自分に出来る事をしていきたいと考えるようになっていた。



多くの人と出会い、支えられてきた中、それをこんなことで潰されるなんて・・・



アッシュの目にうっすらと涙が浮かぶ。



「クソっ・・」



アッシュの小さな言葉に、事務所の皆も動きを止めて、悔し気な顔を浮かべる。



「ここで立ち止まってても仕方ないだろうが!」



そんな重い雰囲気の中、一人冷静なラドが、アッシュに向けて大きな声で言い放ったのだった。



アッシュは、目を赤く染めて、悔しげな眼でラドを睨み返す。



「わかってる。わかってるさ!」



「だったら、早く動け!突っ立ってると邪魔だ!」



ラドは、アッシュに寄り添うどころか、逆に、鬱陶し気に返すだけで、同じ事務所の仲間もその冷たさに驚く。



「ラド!言い過ぎだよ!お義兄さんの気持ち考えろよ!」



見兼ねたロビンが、絡むラドを押さえに掛かる。



「はァ?、何が気持ちを考えろだ!やってねーんなら、堂々とすればいいんだ。だいたい、この町の奴らも、俺からしたらクソだな!」



ロビンの制止も空しく、アッシュに向けていたキツイ言葉を、今度は、トウの人にまでラドは向けていく。



「ずっと何にも手を打たずにいて、「平民議員」らに搾取され続けて、今度も、噂に踊らされてだな。こいつらバカだろ?オイ、お前ら!、アッシュが横領してると思って、ケーシーに票を入れたらどうなる?今まで通り「平民議員」らに奪われるだけの町になるだけだ!そうなる様に、仕向けられているのがわかんねー、憐れなトウの町の人たちだな!」



ラドは言いたい事は言い尽くしたとばかりに、フン!と最後は鼻を鳴らしてから、プイっと横を向いた。



「ら、ラド」



アッシュは、悔しさで浮かべていた涙と違う涙を浮かべて、くしゃりと笑う。



事務所の者たちも、ラドの言葉に沈む気持ちが掬わられたようだ。



そして、それは、この場にいたトウの町の人にも変化が齎せたようだった。



彼らは、先程までは、アッシュに向けていた怒りが消え、冷静さを生み出したようにも見えた。



その雰囲気を感じたラドが、「アッシュ、お前の出番だぞ」と、ぼそりと告げてきた。



アッシュも、ラドの言葉に頷き、すーっと大きな深呼吸を一度した。



「私は、このトウの町で生まれ、育ちました。成人してからは、この町に住む一人として、自分が出来る事で町を支えたいとの思いから役場での勤めを熟してきました。役場の仕事で、人と向き合い、皆の為に住みやすい町になればと思い、私は仕事をしてきました。でも、私は上辺だけしか知らず、この町が本当に苦しんでいる事も知らなかった。立候補をし町で人と触れ合い、初めて、自分の町の本当の姿が見えました。凄く悔しかった。信じていたものに裏切られて、諦めの中で生活をするこの町の姿に。悔しいし、腹たたしい。でも、自分にはこの町を変える程の力は無いこともわかってもいて、落ち込んだ時もありました。

だけど、そんな時、浮かんでくるんです。私に声を掛けてくれた人の顔が、支えてくれている人の顔が、自分には多くの人が傍にいて共に、この町を変えようとしているんだと思ったら、いつも私は前に進んでこれたんです。今、私は窮地に立たされています。でも、私はこの町を裏切るようなことはしていません。私は、この町を変えたい。選挙を制して、この町を必ず、私は変えて見せます!だから、皆さん!このアッシュをもう一度信じて、託してください!」



アッシュは今までにない程の大きな声を張り上げて、このトウの町全体へ届けと言わんばかりに伝えた。



アッシュの演説が終わったが、それに対する反応は起きない・・・



アッシュを含めた事務所のメンバーは、息をついて、周りを見渡す。



すると、パチっと、手を一拍打ち鳴らす音が響いた。



それが呼び水のように、パチパチと続く拍手の音が鳴りだす。



「アッシュ!お前を信じるよ!」



「あたしも町を変えたい!」



「一緒に頑張ろう!」



「負けるな!」



「アッシュさん!頑張れ!」



拍手と共に、声援が聞こえだす。



その声に、アッシュは泣きそうな顔を見せる。



「アホか、泣いてる場合じゃないだろうが!」



ラドがそんなアッシュに辛辣な言葉を投げ掛けてきた。



その言葉に、アッシュは少し笑い、肩を窄めて見せると、ラドは呆れた風に珍しくクスリと少し笑って返してきた。



そんな二人に、ロビンが駆け寄ってきたのだった。



駆け寄って来たロビンの顔は、号泣して見れたもんではない。



「お義兄さん、素晴らしい演説でしたぁ」



目からは涙が止まらず、鼻もズビズビと鳴らしながら、ハンカチを握るロビンに、ラドが「お前が泣くな!」と容赦なく突っ込む。



「ら、ラドもさ、良かったよ。」



ロビンはラドが拗ねていると思ったのか、ラドへも賛辞を送ると、ラドは「何か、それされると恥ずかしいからヤメロ!」と睨み返していた。



「ええー。何で、そんなこと言うかな?」



ロビンは、ラドの邪険な態度に不服のようで、尚も絡み付いて行く。



「うるせえー!」



何て言いながら、ロビンとラドがじゃれ合いだす。



「いい加減にしろよ!」



アッシュが見兼ねて、二人に向き合い仲裁に入ると、



「いつものアッシュだな」



「そうだね」



と二人がニヤリと笑い、アッシュもつられて、口角を上げたのだった。


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