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第1部 第56話

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一方、ケーシー陣営は疲れを顔に浮かばせて、トウの町の中央にある事務所に帰宅したのは、ロビンたちよりもちょっと早い時間であった。



「疲れた・・」



ケーシーは、今日わざと、アッシュたちとの街頭演説の場を被らせた。



アッシュに、自分達の力を見せつけるつもりでいたのに、どうした事か、自分達が聴衆から追われる羽目になるとは思わなかった。



『こんなことになるなんて!!チクショー!』



情けない面は見せたくないので、ケーシーは心の中で吠えていた。



そんな時だった。事務所の連中が一人、また一人と帰って行く最中、何故か、事務所に駆け込む輩が居た。



「大変です!」



駆け込んで来た事務所の男が、手には紙を持ち、ケーシーのところにやってくる。



只でさえ、疲れてるというのに、今度は何だ!と思いながら、ソファーに横たわるケーシーは体を起こして、その男の手のものを受け取る。



「な!なんじゃこりゃ!」



ケーシーは目が飛び出るくらいに驚いた。



その声に、残っていた事務所の者も、ケーシーが手にする紙を覗き込む。



紙を見たものは、思わず、目を見開いた!



そう、今、ケーシーが怒りで震えながら、手にしている紙には、例のあれが書かれていたのだ!



『とある集落にて!!「平民議員」立候補のケーシー氏!ハロルド商会販売の茶と菓子を握りしめながら、聴衆から逃亡!

町民A談:茶と菓子を握りしめたまま、ケーシー氏が逃げてましたね。よっぽど、奪われたくなかったのでしょうね。

町民B談:町民だけに配ってる事に怒ってるようでした。彼も食べたかったんでしょうかね?

ケーシー陣営談:うっまそう!

そんな「平民議員」立候補のケーシー氏も気になる!茶と菓子はトウの町の中心部にあるハロルド商会運営の店で販売中!』



プルプルと、ケーシーの手は小刻みに揺れている。



顔は勿論真っ赤である。



その姿に、周りの者が怯えだす。



「どうして、こんなもんが・・」



「いや、帰ろうとしたら。降って来たんだよ!」



「ケーシーさんの顔が茹で上がっているぞ!」



事務所の者は小声でなにやら囁きあっているが、ケーシーは怒りが増すばかりのようで、急にソファーから立ち上がりだした。



「うへっ!立ったぞ!」



「ど、どうするんだろうか?」



皆は、目は合わせたくないようだが、ケーシーの行動が気になりチラチラと伺っている。



「やばいぞ!今から乗り込みにいくんじゃないのか?」



ケーシーはそんな事務所の者のことも目に入らず、脱いでいた上着を羽織る為に移動をし出す。



と、その時、同じく、事務所に駆け込む者が、また、現れたのだ。



「ケーシーさん!大変です!今、帰ろうとしたら、こんな紙を拾いましたよ!」



何て言葉と共に、事務所の者がケーシーのところにやって来た。



ケーシーは、駆け込んで来た者が手にする紙を見て、再び、怒りの炎が追加された。



「やばいって、もう!」



他の皆は、後から来た奴の間の悪さに溜息を零した。



「でも、これ、良かったですね!書かれて撒かれたことは具合が悪いけれど、あのケーシーさんの言葉が書かれて無くて助かりましたよね?」



笑顔まで浮かべる男に、周りは血の気が引いていく・・・



「お、お前、何が言いたい!」



ぎろりと睨むケーシーに、彼は頭を捻る。



「えっ!聴衆に向けて言ったやつですよ!あれ!あの一言で、僕ら聴衆にやられるかと思いましたからねぇ」



僕、ほんと、怖かったです。などと続ける男。



彼の言葉に、周りの者も「そうだな・・」と思い直してしまう。



「宣伝に使われたのは頂けないですが、事実が書かれていなくて良かった。多分、あちらも茶や菓子のこと、賄賂的なことを消したかったんでしょうねぇ」



なら、お互い様か!と、彼は配付された紙について説明しだす、と。



そう言われてみたら、そうだな!と、周りは納得していった。



「うまくやられましたねー!つけ入る先を潰してこられました。やられましたぁ!」



「やられましたぁ!」とか言いながら、笑う男の姿に疑問が浮かぶが、ケーシーも事の真相を理解したようで、まだ、怒りは燻ぶっているが、ハロルド商会への乗り込みは諦めたようで、チッと舌打ちしてから、再びソファーに座り込んだ。



その姿を見ながら、男は肩を竦めた。



「ああ、そうそう、このケーシー陣営談の言葉、これ、僕が呟いたやつです!」



そんな事までも言って、男は、にこりと微笑んで見せる。



それを見たケーシーは「おまえぇ、上手く使われてるんじゃねーよ!」と、怒鳴った。



「すいません、ついつい・・」



男はそう言って、頭を掻いて見せた。



『フ―、やれやれ。何とか色々と収めれたなぁ』



男は、まだ苛立ちが残るケーシーを見ながら、小さく息を吐いた。



この男、最近、ケーシー陣営に雇って貰いだしたばかりの青年であるが、彼の本当の雇い主はまた別にいる。



色々と探る為にここで働いているのだが、今日の出来事が面白かったので、直属の上司に伝えたら、ケーシーの事務所の目の前で紙が舞い落ちる現象が起きたのだ。



さすが、我が上司は仕事が早い!



出来る上司の為に、彼もまた与えられた仕事を懸命にこなす。



「今日は疲れましたよね?帰りましょうか!」



一段落着いたことから、男が、周りに声掛けながら、事務所を退室しようとすると、



「オイ!お前、ねずみじゃねーだろうな?そういやぁ、帰りも先に荷物と共に帰って行ったよな?」



ケーシーがきな臭そうな目を向けて、問い掛ける。



「ほえっ?ね、ねずみ!えっ!僕が?・・」



ケーシーから鋭い言葉を受けて、彼は今にも泣き出しそうになりながら、オドオドしだした。



ケーシーはその姿をじーっと見てから



「お前は、ないかっ・・・」と言い捨てて、ソファーに深く沈みこんだ。



「もういい、早く帰れ!お疲れさん!」



「あっ、はい。失礼します」



男はケーシーに挨拶をして、今度こそ、本当に事務所を出る。



『はあー、危なかった。ケーシーは案外、鋭いんだな。気をつけないとな・・』



彼は事務所の入り口を見ながら、そう思った。



『さて、我が上司にご報告せねば!』



彼はニヤリと笑いながら、事務所を後にしたのだった。



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