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第1部 第34話

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今日もお天気に恵まれ、街頭での宣伝活動にはもってこいだ!と、最近のアッシュは、ちょっとヤル気を見せながら選挙活動に邁進している。



そんな爽やかなアッシュとは違い、今日、自宅を出る前に顔を合わせたメイは、顔に疲れを浮かべていた。



そいえば、昨日は、ロビンと共にパーティーにハロルド商会の仕事で出向く話だったな?、と思い起こす。



「兄さん、ごめん。今日、まだ、ロビンは起きれていなくて。それに、商会にもこれから報告で向かうはずだと思うのよ。だから、手伝いにいくのは遅くなると思うわ」



メイが、欠伸をかみ殺しながら、アッシュに申し訳なさげに伝える。



「昨日、遅かったのか?」



アッシュは、今日の予定については気にするな。と、メイに伝えながらも、メイの様子に体調を心配して見せた。



「ううん。思ったよりは早く帰れたのよ、だいぶんと早くにね。ただ、行った場所が居心地悪くてねぇ」



メイが、昨日のパーティーを思い浮かべながら、げんなりして見せる。



「確かに、パーティーとか、結婚してもお前は無縁だったもんな。でも、ハロルド商会の人間なら、これからもよくあることだから慣れないとな」



アッシュは、他人事のように、ははは・・と、笑いを浮かべながらメイを諭しだす。



『人の気も知らないで・・』と、そんな兄を、メイはギロリと睨んで見せる。



「そうかもしれないけど、それを言うなら兄さんこそ、「平民議員」になったら、王都とかでのパーティーに呼ばれて、ダンスしたりしないといけないんじゃないの?」



メイは意地悪な顔をしながら、兄であるアッシュを脅かすようなことを言ってみせた。



それに対して、アッシュは思わぬ妹からの反撃に、たじろいでしまった。



そんなメイとの楽し気?な会話を交わしてから、アッシュは、自分の事務所へ向かっていった。



アッシュが、事務所に着くと、そこには、エディが手配してくれた手伝いの人たちが、既に、今日も来てくれていた。



その中には、もちろん、秘書のラドもいる。



「おはようございます。今日もよろしくお願いします」



アッシュの挨拶に、皆も返事を返し、今日も町での演説を行う為に、それぞれが準備に取り掛かっていく。



「ロビンさんは、今日は他にご予定があるんですか?」



アッシュの傍に、書類を持って近寄ってきたラドが、何気なく聞いてきた。



「あぁ、昨日、妹とハロルド商会の方の仕事でパーティーに行ったらしくて。だいぶん、疲れたようで、起きてこれないみたいでな」



アッシュは苦笑いをして、ラドにそう返事をした。



それに対して、ラドは「へえー、昨日、楽し気にしてたのにねぇ」と、何やら、ごにょごにょと言っている。



そんなラドを見やり、アッシュは眉間を寄せて、首を掲げてしまう。



「いえ、パーティーって、楽しそうだなと思いまして。ほらっ!色々とハプニングとかもありますからねぇ」



一瞬、ラドの美しい顔が、一際、輝いたように見えたのは気のせいだろうか?と、アッシュは再び、首を掲げる。



「ううん?ハプニング?」



「いえいえ、ちょっと、こちらの仕事も影響するなぁと思って」



ラドが澄ました顔をして述べる。



「まあ、確かに、ロビンがいないと困る気もしないでも・・ないかな?」



と、アッシュも妙な答えを出してしまった。



「とりあえず、ロビンは遅れてくるだろうから、我々だけは予定通り、今日の予定を熟して頑張っていこう!」



そう言いながら、アッシュも演説に向けた準備を行っていく。



本日の開催地は、中心部から結構遠い所で、いわば、トウの町の端っこの一つの集落だ。



朝に出て、昼ぐらいに着く予定で、帰りは夕方いや、夜になるだろう。



しかも、あの辺りは、牧草地帯。



つまり、ケーシー一族が営む酪農事業所がある場所だ。



そう、所謂、敵陣地への乗り込む状態である。



本来なら、「行きたくないなぁ」と言いそうなアッシュだが、最近は、その傾向も薄れ、頑張る姿勢を見せている。



ちょっと、成長したアッシュである。



そんな中、1台の大きな荷馬車に荷物を積み、そちらにも数人の手伝い人たちを乗せ、アッシュは、ラドと共に箱型の馬車の方へと乗り込む。



残りの手伝い人は事務所待機で、そのうち来るだろうロビンと合流し、事務所での作業を主としてのお願いをした。



「では行って来ます」



アッシュの掛け声と共に、馬車が駆け出していく。



馬車の中では、アッシュがエディから貰った資料、これから向かう牧草地帯周辺の情報を記した資料を熱心に読み進める。



ラドは、そんなアッシュとは違い、車窓を黙って眺めている。



なので、馬車内はとても静かである。



「なあ?、今日行くとこだけど。私も一度くらいしか行った事がないんだけど、ラドは・・・ないよね?」



あまりにも静かなので、アッシュが適当な話題をと思い、口にしたのだが、質問する前に・・・終わってしまった。



「ないですね。私、こちらに来て、4ヶ月ほどになるかな?、まだ、町の中心くらいしか知らなくて」



アッシュのしょうもない話に、ラドは丁寧に返してくれる。



「でも、今日は、ほんと、ちょうど良かったですねぇ」



ラドは、美しい顔をにこりと微笑んで見せた。



「えっと、ちょうどいい?とは?」



アッシュが、何がちょうどいいの?と、疑問に思い、ラドをじーっと見つめる。



しかし、ラドはそれには返答しないで、黙ったままである。



『相変わらず、この男は読めんな‥』



アッシュはいくら見つめて問うても返事がないので、仕方なく、また、エディからの資料に目を向ける事にした。



その姿をみて、ラドもまた窓から外を眺める。



外は、緑が生い茂り、小鳥がさえずり、静かな田舎の景色が広がる。



その姿がどこまでも変わらず続いている。



『うーん。のどかだねぇ。こんな所で、何かあったりしてねぇ』



ラドは、誰にも見えない所で、口角を上げてその先を舌でペロリと舐めてから、ひそかに笑った。



アッシュは、それには気付かず、ただただ、目的地まで、知識を増やす事に専念したのだった。





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