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第1部 第29話

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今日は朝から雨模様で、時折、稲光も見られる最悪なお天気で、何だか気持ちも沈み込むような日である。



そんな今日、正式な選挙の告示がトウの町でも掲げられ、この年、二人の候補者が名を連ねた。



一人は、初代「平民議員」が排出されて来てからずっとその地位を守る一族から、若きご子息のケーシー、もう一人は、特に家柄も良くもなく、歴史も何にもないぽっと出の元役場の青年アッシュ。



そんな二人が、此度、トウの町の「平民議員」の席を掛けて戦う事が示された。



こんな、お天気の悪い日に、決戦の火蓋が切られた。



「すんごい、天気ですね・・・」



アッシュの事務所の窓からは、ピカッ、ドドドドドーンと落雷の音が聞こえる。



ロビンは、窓から外を眺めて身震いを起こす。



「なんか、幸先悪いお天気ですね」



ラドも同じく、窓を見て微笑みながら、口にする。



その言葉に、アッシュは眉間に皺を刻み、ラドを睨む。



「どうします?今日から、街頭演説やらビラ撒きに従事するつもりが・・・」



ロビンは言いながら、また、外を見やる。雨も雷もやみそうにない。



「そうだな・・」



アッシュも予定が狂い、思案する。



告示前には、支持派、中立派、反対派?と分け隔てなく、あいさつ回りに重点を置き、今日まで取り組んできた。



まあ、その活動も思い出すと、大変だったのは言うまでもない。



特に当たり前だが、反対派?とされる対抗馬陣営の縁者とのやり取りは、想像以上に辛かった。



出向いただけで、怒鳴られたり、恫喝されるわで、話にすらならない状態だった。



あれはまるで、アッシュと会話したら負けのような感覚だった。



そんな状況でも我慢を重ね、地道に笑顔を振りまき頭を下げて、自分なりに我が居住地であるトウについての未来を語ったが、相手にはされなかった。



それでも、今日からは気持ちを新たに引き締め、多くの町の方々に語る為と、数日前から、挨拶の原稿を認めて自分を奮い立たせていたというのに、この雨と雷、えっと、風も吹いて来た?このような状況では、もうやる気が失せた。萎えた。



そんな感じでアッシュは、執務机に突っ伏してしまった。



「お義兄さん、お茶でも飲みましょうか?」



ロビンが項垂れるアッシュを見て、気持ちを切り替えようと提案してみると、ラドがそれを受けて、執務室を出て行った。



「多分、ケーシーたちもこんな天気では動けないでしょうし。今日は他の動きに変えましょう」



ロビンに言われて、アッシュは「そうだよな・・」と顔を上げて、体勢を整える。



そうこうしていると、ラドが甘い香りと共にお茶を運んでやって来た。



「ハロルド商会で、今、一押しの商品らしいですよ」と、綺麗な色のお茶と可愛いサイズのお菓子が出された。



「あぁ、これ、王都の貴族街で人気のやつですね!兄さんが個人出資してる店の菓子です。こっちは、最近、うちで輸入経路が確保されたお茶だね!」



ロビンは、菓子をつまみながら情報を教えてくれる。



「あんまっ。相変わらずの甘さだなぁ」



菓子を口に運んだロビンは、少し顔を顰める。同じく、菓子を口にしたラドは、「貴婦人に人気なのわかりますね」と感想を述べる。



二人の会話を聞きながら、アッシュも口にした。



すると、口には芳醇なバターたるものの薫りと奥深い味が染みわたり、また、この菓子はなんとふわふわなんだと思うと、自然と顔が綻ぶ。



この町では到底買えない代物だというのが良く解る最高な菓子である。



「凄いなァ、エディさんのセンスというかは」



アッシュは感心しながら、エディを褒める。



「確かにね、兄さんの着眼点は違いますよね?」



ロビンも同調しながら、お茶を啜る。



さっきまでの嫌な空気は、このお茶と菓子で良い意味で変える事が出来た。



「そう言えば、僕、今夜、兄さんに呼ばれていたんだった・・」



ロビンは思い出したかのように、ふと言葉にした。



そう、ロビンは、まだ、自宅に戻らず、ウォルト家で過ごしていたのだ。



帰りたくない理由はもちろん、母イボンヌが教育を施す為に待ち構えているからだ。



義姉のローサは、あの日の翌日に兄にだけ見送られて、王都のタウンハウスへと静養の為向かった。



兄には、その後暫くしてなら自宅へ戻ることの許しは得ていたが、メイと二人相談をし、その結果、アッシュの選挙もあるからと、ウォルト家に留まる事に決めたのだった。



「エディさんに?」



アッシュも気になり、ロビンに問いかける。



「はい、何でも、ハロルド商会としての仕事があるとかで、手伝いの指示があるようで、今夜、その説明の為に呼ばれていて・・」



ロビンは、説明しながら、少し、顔が固まり出す。



「そうなのか・・メイは一緒じゃないんだな?」



「ええ、今日は僕だけで。選挙で多忙なのに、ハロルド商会のことって一体何なんでしょうかね?・・」



ロビンは、更に憂鬱そうな顔をするが、まあ、選挙活動中とはいえ、今日もこんな感じでいるから特に気にしなくてもいいのにと、アッシュは思いロビンを見つめる。



「僕、ハロルド商会の仕事をするより、ここでお義兄さんの仕事を手伝う方がいいなぁ」



ポツリと呟き、まるで捨て犬のような眼差しで見つめ返され、アッシュはたじろぐのだった。



「仕事、サボるとエディ様は怖いですよ」



美しい顔を澄ました表情のまま、お茶を一口啜り、ラドが呟く。



「それに、仕事を頑張れば、ご褒美が貰えるようですよ」



尚も言い募るラドに、ロビンは怪訝な顔を浮かべる。



「何それ?、誰からの言葉?」



「さア?、誰だったかな?」



ラドは、はぐらかして逃げた。それをじーっと見つめるロビン。



「まあけど、ロビンは紛れもなくハロルド商会の人間だから、こちらのことは気にせずにやってくれよ」



二人のやり取りを見ながら、アッシュはロビンにそう言ってみた。



「はァ・・」



ロビンは深いため息をついて項垂れる。



その姿を見ながら、アッシュは選挙活動の為の提案を試みる。



「今日は、選挙の宣伝としてメッセージカードを作ろう。それを後日、各々へ配達して貰える様にしないか?」



アッシュの言葉に、二人も「そうですね」と気持ちを切り替えて、選挙告示の日を過ごしたのであった。

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