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第1部 第21話

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エディも、父親の思いはわかっていた。



ずっと商売をする上で、片田舎出身の平民では超えられない壁があった。



何度、中央に拠点を移していけるように、事業展開を試みても壁が立ちふさがる。



この壁を取り払う為に、貴族の繋がりがいる。



父や母、そして自分もそう思い、王都にある平民向けの学校にも通った。



そして、数年、王都に住まいを置き、学校に通いながら、様々な繋がりを求め、自分個人でも事業を起こしてみたりして、どうにか、貴族の女との婚姻を模索していた。



だが、片田舎の商家の家に、貴族の普通のご令嬢が嫁ぐことなどなく、関わりが持てるのは、いわくつきの貴族や没落貴族、それに、未亡人など、碌な相手はいない。



それでも、何人かは、うまく付き合いもでき、婚姻へと話が進みかけるが、爵位のない平民、田舎暮らしの商家ではと最後には二の足を踏まれる。



それが続いたとき、何だか馬鹿らしく思えてきた。本当に爵位が必要なのかと。爵位がなくても、己の力だけで制してやると。



そう思いかけた時、何度か交流があったローサとの人生を考えた。



ローサには、個人で起こした事業に対して、彼女はちょっとした思い付きだといいながらも、エディに色々なアイデアを授けてくれた。それが、いつも驚くような収益を齎し、彼の仕事を後押ししてくれていた。



彼女は、控えめで、その収益に対しての見返りも求めず、「私の閃きを形にしたのはあなた自身だから」と言うばかり。



友だちという間柄でもなく、ちょっとした縁で知り合っただけのローサ。



いつも優しく微笑み、「私にはちょっとだけ貴族の血が受け継がれているだけ。後は、母がいうには、少し、器量がいいらしい。それくらいしか取り柄がない」という、自分に自信がない娘だった。



ローサは、両親が貴族の子息子女らしく、ただ、どちらも嫡子が別におり、受け継ぐ爵位がなく、仕方なく平民として生きる道を選ばざる得なかったらしい。



父親は、領地もない男爵家の次男だったので、割に早くから平民生活に向けて生きる術を考え持ったようだが、母親の方は、子爵家の三女だとかで、貴族への気持ちが捨てきれなかったようで、我が子には、貴族との婚姻をと躍起になり、実家を頼っては、貴族の教養を教える為に、家庭教師まで幼い頃は雇っていたらしい。



だが、学校に通う時には、貴族が通う学園ではなく、お金がかからないほとんどの平民が通う学校へ行くことになった。



そんな環境で、貴族と平民が出会い、婚姻なんてできる訳もなく、ローサの姉も兄も、同じ王都で暮らす平民と婚姻したのだ。



ただ、母親は納得しきれず、最後の子どものローサにはと、執拗に貴族との婚姻を願っていた。



その思いが遂げられないことに苦しくて、ローサは、自分の婚姻も諦めていた。



そんな時に、学校の卒業生にハロルド商会の息子がいた話を耳にする。



片田舎の商家の息子だが容姿端麗で才覚もある魅力的な男だと、今、彼自身が起こした商売が人気だと噂に聞いた。



『どんな商売なんだろう?』



ちょっとした好奇心だった。会った事も無いが、その商売が気になる。



そう思ったら、噂を頼りにそのお店を巡る。



それは、王都の平民街の中心部に小さな店ではあったが存在した。



そんな、お店には、若い女性が出入りしていて、繁盛している様に見える。



今日は、義姉の実家の花屋で手伝いをして貰ったお駄賃も持って来ている。



ちょっと覗いて何かあったら購入して帰ろう。軽い気持ちでその店の入り口を潜る。



お店には色とりどりの編んだ紐に、綺麗な小さな石が留められている。



一つ、手にして見つめる。



近くで見れば、尚、綺麗な石が留められた可愛い色合いの編んだ紐細工の素敵なアクセサリーである。



『男の人なのに、こんなこと考えるんだ』



アクセサリーを手にしながら、ローサは感心しきりだ。



折角だから、一つ購入をと思い、手元の品の値札を見ると、自分が持ち合わせている駄賃では買えないものだ。



『やっぱり、アクセサリーは高いんだわ』



値段に怖気づいて、手にしていたものは元の場に戻す。



とっても気に入ったが、自分には買えないと諦めようと思っていたら、先程のよりもまたもう少し小さな石が付けられた飾り紐を見つけた。



今度は、先に値段を確認し、自分でも買えるとわかると、そうっと、ローサは細い手首に紐を巻き付ける。



『可愛い』



これに決めようとした時、彼女の後ろから声がかかる。



「それ、手首に巻くのではなく、髪飾りなんですが・・」



掛けられた言葉に、思わず振り向くと、そこには見知いった人がいた。



「あれ?、君、花屋さんのお嬢さんじゃぁ?」



振り返った先には、時々、手伝いに行っている義姉の実家の花屋に来るお客の青年だった。



「あっ、こんにちは・・」



いつも綺麗な女性を馬車に乗せて、お店に立ち寄る青年とこんなところで会うとは思わず、口ごもる。



「今日はお買い物ですか?いつもあなたに選んで貰うお花は喜んで貰えて、大変、評判が良いんですよ!」



青年は、いつも花屋で見かける様に、紳士的な装いで、言葉掛けもすごくスマートだった。



彼は、ローサの細い腕を取り、彼女が巻いた飾り紐のアクセサリーを手首から外し、その飾り紐を、今度は、彼女の金色の髪にそうっと巻き付けた。



そして、店にある鏡で、髪に付けられた飾りをみる。



その姿に恥ずかしくなり、ローサは俯いてしまった。



「ご、ごめんなさい。髪飾りなんですね・・」



腕に巻くものだと思い込み、手にしていたことが恥ずかしい。



真っ赤になる顔を覗き込むように、「さっきの手首に巻くアイデア貰ってもいいかな?」と青年が聞いてくる。



恥ずかしさもまだ癒えぬ為、小さく「ど、どうぞ・・」と応えるしかなった。



「似合ってますよ」



鏡を指し示し、彼が告げてくる。



あまりじっと見れないけれど、自分に似合ってるかは別として、確かに可愛い髪飾りである。



「あ、ありがとうございます」



その言葉と共に、彼が結んでくれた髪飾りを外して、支払いに向かう。



すると、彼が店主として、支払いの対応もしだしたのである。



『えっ!、この人が卒業生のハロルドさんだったの?』



言葉に出来ず、そわそわしていると、店主のハロルドは「これでいいの?」と問いかけてきた。



「さっき、別の見ていたけども?、良かったらおまけしておくよ」



と、にこやかに言われる。



普通なら、こんな好青年に、そんな事言われたら喜んでしまうところだが、ローサは唇をぎゅっと噛みしめてから、



「いいです。これで。私、あなたが花屋に来られてもおまけは出来ませんから。あっ、ごめんなさい。おまけとかあなたには必要ないですね・・」



ちょっと感じ悪い女だと思われたかもしれない。口にしてから後悔はしたが、どうせそんなに会うこともない人だと思い、ローサは、その後は、ハロルドの顔を見る事も出来ないまま、無言で、その場をやり過ごした。



ローサは、お金を支払い店を出た。



手には、綺麗な桃色の小さな石のついた飾り紐の髪飾りがある。



ローサは、髪飾りをじっと見つめる。



「凄い人ね。こんなアイデア、男の人なのに」



羨ましい。こんな風に自分の考えを形にして、それを商売にする人。



「私にはない才能ね」



それが、ローサも、そして、エディもが互いを初めて意識した時だった。



妻のローサとの出会いを思い起こしながら、エディは、執務室に常備しているワインを戸棚から取り出した。



そして、ワインと同じ棚から抜き取ったグラスになみなみと注いでいく。



注がれた赤い液体を、一気に喉へ流し込む。



『クソっ』



再度浮かぶ、父親への怒りに、今度は、頭を掻きむしる。



確かに、ローサは平民で何の伝手もないかも知れない、だが、それがなんだと言うんだ!



それを蹴散らす為に、会頭になり、事業の拡大、躍進をしてきたはずだ。



ただ、トウに戻ってから、会頭としての基盤の為と忙しくしていたから、気付いたら、ローサとの距離感が計れなくなっていた。



それでも、憎み合うとかもなく、変わらず穏やかに暮らしていた。



そんな自分達の大きな転機は、弟ロビンの結婚、そして、結婚後すぐにわかったメイの妊娠、そして、フェイの誕生だ。



男の自分より、女性であるローサはかなり周りからプレッシャーが掛けれていたのも、ここに来て漸く気付いた。



今回の王都行きも、本当ならさせたくはないが、これ以上、ローサを追い詰めさせない為の苦肉の策だ。



「クソっ、誰が離縁するかっ!」



今度は、声に出ていた。行き場のない怒りが収まらない。



机を拳で強く叩いても、怒りはどうにも消えはしない。



「ラドのやつ、王都から、こんな片田舎に来たと思っていたら、まさか、ローサ目当てだったとはな・・・だが、誰がお前に渡すか、ローサは私の妻だ!」



ギリギリと、奥歯を噛み鳴らし、エディは、再び強い力で机をドン!と叩きつけたのだった。

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