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第1部 第18話

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朝食を済ませてアッシュを見送ったロビンは、身支度を整えてからウォルト家を後にした。



彼が向かうは、対抗馬となるケーシー陣営が控える建物である。



トウの町の中心部で開く事務所には、既に、朝から人が入れ替わり立ち代わりしている。



大忙しで動く人を、ロビンは、この事務所の向かいに建つカフェテリアで、高級とされるコーヒーを優雅に飲みながら見ている。



実は、このカフェテリアは、ハロルド商会が密かに運営している、このトウでは、かなり高級なお店である。



『まあ、よくこんなお洒落な店を作ったなぁ』



ロビンは、店内をぐるりと見渡しながら、エディの才覚に感心していた。



店は、外観も内装も白を基調にしたもので、店に備わるテーブルや椅子も同じく白で整えている。



窓には、白いレースのカーテンが掲げられて、どこかのお城の一室かと思う雰囲気だ。



こんな片田舎に似つかわしくない、そんなカフェテリアであった。



しかも、カフェテリアで出されるものは、一級品がほとんどである。



誰向けに作るんだ?、採算は取れるのか?と、建設の話が出た時には、珍しくロビンが心配するところであった。



だがしかし、この場所、どうも思っていた以上に繁盛しているという。



気楽に町の者が来れる訳ではないが、例えば、プロポーズの時とか、他には何かの記念日やらと、どうやら高級さ故の扱いになっているらしい。



おまけに、小金持ち連中が自慢の材料として利用しているらしくて・・・



そう、この場に、よくよく「平民議員」様ご一行もお越しになるらしい。



ただ、よく耳にする飲食店で行う「無銭」での飲み食いは、このカフェテリアではしないらしい。



ちょっと、謎ではあるが、店に被害がなくて良かったことは言うまでもない。



そんな、豪奢なカフェテリアで、ロビンは、ケーシーたる者が開く事務所を正面にした窓に位置する座席を陣取り、薫り高いコーヒーを味わいながら、観察しているのだった。



『しかし、人が多いね』



窓の向こうでは、先程から、人の出入りが多い。



『あんなに人を使って、何してるんだ』



ロビンは、訝しげに思いながら、窓を眺めていると、カフェテリアで働く店員が、どうやら店に訪れた客を出迎えていた。



「いらっしゃいませ」



爽やかな女性店員の声に対して、年若い青年と壮年の男が話し込みながら入って来た。



ロビンは、女性店員の声がしたので、その客を確かめようと、入り口近くへ視線を向ける。



入店したのは、どうやら、張り込み対象の本星であるケーシーと、その父であり、つい最近まで「平民議員」をしていたウラスだ。



彼らは、入り口から入ってすぐ、ロビンの席から一つ手前に離れたテーブルに着き、ロビンと同じように、自分らの事務所を窓越しから眺めている。



「父さん、俺以外に立候補が出たっていうじゃないか!」



席に着くなり、息子ケーシーが父ウラスに向かって文句を垂れだした。



その姿に、ウラスは心底馬鹿にしたような顔でケーシーを見ている。



「そうみたいだな」



ウラスは、それがなんだと言いたげな表情で、ケーシーの言葉を聞き入っている。



「そうみたい。じゃないよ!どうすんだよ!これまで、うち以外から、立候補なんてなかったじゃないか!」



息子は、事の焦りから発する声の音量が高くなるばかりだ。



その様子に、ウラスはうるさそうにしながらも、店の者を呼びつけ、慣れた仕草で、ロビンも飲むコーヒーを頼んだ。



一方、ケーシーは、しぼりたてのオレンジのジュースを、ウラスに続いて頼んだ。



「確かに、今までは立候補はなかった。そうなる前に、その話題はなくしたからな」



ウラスは静かな口調で、過去を思い返すかのように口にする。



そんな父を呆然と見つめる。



「今回は聞く間もなく、届け出がなされたみたいだな。確か、役場に勤める坊やみたいだ」



ウラスは、そう口にしながら、白いテーブルの面を指でゆっくりとトン、トン、と鳴らす。



「あそこには、甥のケントがいたはずなのにな。その上には、わしと同級のセフィが確かいたんだがな。あいつら、どうも仕事さぼってやがるな」



そこに、店員が湯気が立ち上るコーヒーと、オレンジジュースを運んでやって来た。



店員が静かに、ウラスの前にコーヒー、ケーシーの前にはオレンジジュースを置いてから、静かに一礼してから立ち去る。



その姿を見ながら、ウラスがコーヒーを口に運んだ。



「ここの店は、いつもしっかりとした教育がされてて、いい仕事をするな。コーヒーも旨い」



ウラスは息子の嘆く様を視線から外し、コーヒーを味わい、また、カフェテリアの雰囲気に酔いしれている。



そんな父に、ケーシーは眉根を寄せて、尚も、自分に置かれた不利な環境を、あれこれと言葉にして訴えてみせる。



ウラスはそんな息子が煩わしく思い、「心配するな」と、低い声で息子の言葉を断ち切る。



「うちの一族が負ける訳がない。ずっと、「平民議員」を出してきたんだ。坊やみたいな素人がそう簡単に勝てるか」



ウラスの言葉に一瞬黙り込んで見せたが、ケーシーは、この時、彼が一番に思う心配事を口にした。



「相手には、ハロルド商会が付いてるらしい」



そのケーシーの言葉に、ピクリとウラスの眉が動いた。



「ハロルド商会!!」



「ああ、そうだよ。立候補したアッシュに妹がいて、その夫がハロルド商会の息子だよ」



ケーシーが嫌そうな顔をしながら、ハロルド商会の名前を出した。



「一番、厄介だよ。ハロルド商会の会頭エディが出張ってきてる」



エディの名前に、ウラスもケーシーも唇を歪ませながら、顔を一層顰めて、悪人顔を作り上げていく。



「そうか、なら、丁度良いじゃないか。ハロルドの奴らにも思い知らせる良いタイミングだな」



ニヤリと笑うウラスに、ケーシーは驚いてみせるが、その顔を見たウラスがケーシーにいう。



「大丈夫さ。全て上手くいく、心配するな。坊やも会頭も沈めてやるさ」



そう言いながら、ウラスは再び、少し冷めたコーヒーを飲み、せせら笑うのだった。



そんな二人のやり取りを、ロビンは背中越しに聞いていた。いや、黙っていたら聞こえてきた。



『ここ、ハロルドが経営するカフェだけど!!いくら密かにとはいえ、町の権力者が知らないなんて、馬鹿だろ?おまけに、そんな場所に乗り込んで、そこの経営者を陥れる話しているなんて‥』



アホである。



ロビンは肩が揺れていく、だが、声だけは必死に押さえて我慢した。



ちょっとした、これは拷問である。



兄のエディが、先日犯したロビンの失態に対しての罰はこれなんじゃないか?と思ったくらいに、笑えてくる。



『ひィー、兄さん助けてよ。こんな意図があったとは、もう、許して・・・』



と、ロビンは涙目になりながら、ハロルド商会の執務室にて仕事をしているはずの兄エディに縋り出す。



『あぁ、もう、兄さんの才覚は凄いね!カフェテリアの立地もコンセプトも全て完璧さ!』



笑いをかみ殺しながらも、エディの才能にほれぼれしていると、



一つ離れた席に座っている親子が席を立ちだした。



その姿を確認し、彼らが外に出払ってから、ロビンは外の様子を、また、暫く窓越しに見つめた。



「これは、カフェでの時間が楽しくなりそうだ」



と、ひそかに呟いた。

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