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第1部 第2話
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アッシュは、着替えてから、我が家の小さなダイニングへ向かった。
そこには、我が家の主である父ウォルトが既に酒を飲みながら席に着いていた。
その向かいの席には、アッシュの祖母エルが年の割に姿勢よく椅子に腰かけている。
そんな二人の間の席に、落ち着かない動作を繰り返した妹夫婦が席を占めている。
アッシュは、まだ動きを落ち着けていないでいる妹夫婦の向かいに、母と居並ぶ形で席に座る。
家族があらかた落ち着いた所で、母ケリーがキッチンから顔を出し、料理を次々にテーブルへ並べていく。
と言っても、貴族でもない家の食事、まして、平民でも裕福でない我が家で頂く料理は、ちょっと硬いパン、自宅にある小さな畑でとれる量は少ないが新鮮な野菜で作ったサラダ、具が小さく切られたスープと、大きな魚を家族の人数で取り分けた少しの魚のソテイだ。
うん、いつにもましてより一層、今日は、質素な夕飯である。
そんな料理を囲んでの夕飯が、母ケリーがアッシュの隣の席に腰かけてから始まる。
「では、神に感謝して。頂くとするかね」
祖母の声で、一同が手を組み食事をする前に祈りを捧ぐ。
「ロビンさん、遠慮しないで食べてね」
フォークを手にしながら、母は義理の息子に言葉を掛ける。
「はい、ありがとうございます。僕、お義母さんの作る料理大好きです。素朴で、味が薄くて、健康に良さそうな、この味、癖になります」
ロビンは笑顔で話しながら、魚のソテイを一口食べる。
アッシュは、いつもの会話とわかっていながらも、口の端が上がり不満顔になる。
しかし、話しかけた母は、「あら、嬉しいわ、気に入ってくれて」と、何故か喜んでいる。
そんな光景に、メイも話題に参加する。
「ロビンは、うちが居心地良いんだって。ロビンの家は皆忙しいでしょう。それに、料理も、料理人が作っててね。おまけに商会で取り扱う商品も料理に取り込まれたりして、何だか難しい名前の料理や凝った料理が多いのよ。それに比べて、我が家は親しみやすいと言うかでね。ねっ!ロビン!」
メイの語る話は、今日の夕飯をますます惨めなものにするような話だ。
アッシュは、眉を顰めて、酒の入ったグラスに手を伸ばす。
「いやぁ、本当に、この味、好きです」
ロビンは尚も、笑顔で頷く。
そんな妙な話題の中、いつもの様にずっと酒を飲み続けていた我が家の主が、ポツリと呟く。
「なあ、父さんな、議員になろうかと思うんだ」
一瞬、静寂になり、皆の動きが制止した。
ロビンですら、笑顔が少し崩れている。
アッシュは、そんな家族の中、いち早く頭が動いた。
「えっ!父さん、今なんて・・・」
いつもこの父は唐突に家族を驚かせることをしては、家族に多大なる迷惑を掛ける。
だからこそ、アッシュは祈るように、父へ問い返したが・・・
「いやあ、父さんさ、平民議員になろうかなって。今、立候補受け付けてるみたいだし」
酒を飲みながら、少しニヤケて、平然と口にする父ウォルトに、アッシュは茫然とした。
「ええええぇー、凄いじゃないですか!」
アッシュとは対象に、目を輝かせたロビンは、義父ウォルトに称賛の声を上げる。
その言葉に我に返ったアッシュは遮るように言葉を放つ。
「まて!何の冗談だ。おまけに、少しも面白くない。父さんが平民議員って、笑わすな!」
目に怒りを宿したアッシュが、ウォルトに畳みかける。
「国の事もわからない。いや、国どころか、このトウの町のこともわかってないじゃないか。そんなのが議員になれるかっ!」
無謀な芽は早くに摘み取ることが大事だ!
この父のお陰で、これまでも、うちは苦労をしてきたんだ。
『今日の夕飯だって、本来なら、もう少しマシな料理が並ぶはず・・・』
目の前の少なくなった料理を見ながら、再び、アッシュが口を開きかけた時、祖母が、すすり泣く声を出した。
その姿を目にして歯を噛みしめながら、父へ向き直り、睨みつける。
『ほら見ろ、おばあちゃんを泣かせやがって』
父の行動で、これまでにも祖母は苦労を掛けさせられてきた一人だ。
しかも、自分の子育てを悔やみ、涙する姿は何度見たかしれない。
その事を思うと、父ウォルトの浅はかな言動に怒りしかわかない。
そんなことを思いながら、祖母を宥めようと声を掛ける前、
「そうかい、ウォルト。お前、改めてくれたんだなぁ。人様の為に働くちゅうなんざ、ほんと、立派じゃな。わたしゃ、生きていてこれ程の嬉しさは今までにないさなぁ」
祖母エルの言葉に、アッシュは、目がテンになった。
「お・・おばあちゃん?」
「母さん、ありがとう」
アッシュの祖母への呼び掛けは、かき消され、父ウォルトと祖母エルが二人見合わせて頷き合う。
『いや、まて!』
二人の妙な世界を目の前にして、アッシュは止めるが、言葉は出ていない。
それは続く母の言葉に驚いたからだ。
「あなた、素晴らしいことですね。議員なんて、考えた事ありませんでしたが、あなたがしたいなら、わたしもお手伝いしますよ」
母は、何故かうっすらと顔を赤らめて俯きながら、父に話した。
『ええええええぇー』
衝撃である。あれだけ、職を転々として、仕事もしないで家に籠り、何かわからない趣味に呆ける父に苦労掛けられ、自分はパートの仕事と家事や育児に、義両親の世話までさせられてきた母が、まだ、この父の為に頑張るという、その姿勢に・・・
「か、かあさん、正気か・・」
眩暈がするわ。
母は、どこか空想の世界にいるようで「議員夫人かっ」と、何度も口ずさんでいる。
ヤバい・・うちの家族が壊れている。
早く、悪の根源を絶たねば、皆が、おかしくなる・・・
アッシュがそう思い、口にしかけた時、今度はメイが先に口開く。
「父さん、わたしも応援するよ。わたし、実はずっと、ロビンの家に対して、引け目だったの、うち、裕福じゃないから釣り合い取れてないからさ。だから、嬉しいよ、平民議員に父さんがなってくれて!」
メイは涙を流しながら話すので、その姿に、ロビンが抱きしめてメイを慰める。
「メイ、そんなこと気にしていたの?メイの家が貧乏なのは、この町では有名で出会う前から知っていたから、そんなの今更だよ。気にしないでいいんだよ。でも、僕も嬉しよ。僕の親戚に、まだ、議員はいないからね。自慢だね!」
メイは感情の高ぶりからか、自分の夫が密かに貶しているのも聞き取れていないのか、ロビンに抱きしめられて、うっとりとしている。
アッシュとしては、色々と、ロビンの発言にも怒りがあるが、ここは先に、ロビンに問うところではない。
『メイ、お前、どうしたんだ!幼少期には、父のせいで、わびしい思いもしたんじゃなかったのか。皆がもつ文具も買えず、悔しい思いしたじゃないのか。父さんに向かって、「ちゃんと、仕事しろや、クソが!」と、怒鳴ったのは最近の話だったはず』
言葉を発せずにいるが、心では悲痛な叫びをあげるアッシュに、誰も意見は求めずいる。
今日の夕飯の時間は、父ウォルトの気まぐれな発言から、そう、気まぐれないつもの発言だったのに、何故か、大きな歴史を作る瞬間へとなった。
アッシュは、その時間を一生忘れられなくなるとは、この時は思っていなかった。
そこには、我が家の主である父ウォルトが既に酒を飲みながら席に着いていた。
その向かいの席には、アッシュの祖母エルが年の割に姿勢よく椅子に腰かけている。
そんな二人の間の席に、落ち着かない動作を繰り返した妹夫婦が席を占めている。
アッシュは、まだ動きを落ち着けていないでいる妹夫婦の向かいに、母と居並ぶ形で席に座る。
家族があらかた落ち着いた所で、母ケリーがキッチンから顔を出し、料理を次々にテーブルへ並べていく。
と言っても、貴族でもない家の食事、まして、平民でも裕福でない我が家で頂く料理は、ちょっと硬いパン、自宅にある小さな畑でとれる量は少ないが新鮮な野菜で作ったサラダ、具が小さく切られたスープと、大きな魚を家族の人数で取り分けた少しの魚のソテイだ。
うん、いつにもましてより一層、今日は、質素な夕飯である。
そんな料理を囲んでの夕飯が、母ケリーがアッシュの隣の席に腰かけてから始まる。
「では、神に感謝して。頂くとするかね」
祖母の声で、一同が手を組み食事をする前に祈りを捧ぐ。
「ロビンさん、遠慮しないで食べてね」
フォークを手にしながら、母は義理の息子に言葉を掛ける。
「はい、ありがとうございます。僕、お義母さんの作る料理大好きです。素朴で、味が薄くて、健康に良さそうな、この味、癖になります」
ロビンは笑顔で話しながら、魚のソテイを一口食べる。
アッシュは、いつもの会話とわかっていながらも、口の端が上がり不満顔になる。
しかし、話しかけた母は、「あら、嬉しいわ、気に入ってくれて」と、何故か喜んでいる。
そんな光景に、メイも話題に参加する。
「ロビンは、うちが居心地良いんだって。ロビンの家は皆忙しいでしょう。それに、料理も、料理人が作っててね。おまけに商会で取り扱う商品も料理に取り込まれたりして、何だか難しい名前の料理や凝った料理が多いのよ。それに比べて、我が家は親しみやすいと言うかでね。ねっ!ロビン!」
メイの語る話は、今日の夕飯をますます惨めなものにするような話だ。
アッシュは、眉を顰めて、酒の入ったグラスに手を伸ばす。
「いやぁ、本当に、この味、好きです」
ロビンは尚も、笑顔で頷く。
そんな妙な話題の中、いつもの様にずっと酒を飲み続けていた我が家の主が、ポツリと呟く。
「なあ、父さんな、議員になろうかと思うんだ」
一瞬、静寂になり、皆の動きが制止した。
ロビンですら、笑顔が少し崩れている。
アッシュは、そんな家族の中、いち早く頭が動いた。
「えっ!父さん、今なんて・・・」
いつもこの父は唐突に家族を驚かせることをしては、家族に多大なる迷惑を掛ける。
だからこそ、アッシュは祈るように、父へ問い返したが・・・
「いやあ、父さんさ、平民議員になろうかなって。今、立候補受け付けてるみたいだし」
酒を飲みながら、少しニヤケて、平然と口にする父ウォルトに、アッシュは茫然とした。
「ええええぇー、凄いじゃないですか!」
アッシュとは対象に、目を輝かせたロビンは、義父ウォルトに称賛の声を上げる。
その言葉に我に返ったアッシュは遮るように言葉を放つ。
「まて!何の冗談だ。おまけに、少しも面白くない。父さんが平民議員って、笑わすな!」
目に怒りを宿したアッシュが、ウォルトに畳みかける。
「国の事もわからない。いや、国どころか、このトウの町のこともわかってないじゃないか。そんなのが議員になれるかっ!」
無謀な芽は早くに摘み取ることが大事だ!
この父のお陰で、これまでも、うちは苦労をしてきたんだ。
『今日の夕飯だって、本来なら、もう少しマシな料理が並ぶはず・・・』
目の前の少なくなった料理を見ながら、再び、アッシュが口を開きかけた時、祖母が、すすり泣く声を出した。
その姿を目にして歯を噛みしめながら、父へ向き直り、睨みつける。
『ほら見ろ、おばあちゃんを泣かせやがって』
父の行動で、これまでにも祖母は苦労を掛けさせられてきた一人だ。
しかも、自分の子育てを悔やみ、涙する姿は何度見たかしれない。
その事を思うと、父ウォルトの浅はかな言動に怒りしかわかない。
そんなことを思いながら、祖母を宥めようと声を掛ける前、
「そうかい、ウォルト。お前、改めてくれたんだなぁ。人様の為に働くちゅうなんざ、ほんと、立派じゃな。わたしゃ、生きていてこれ程の嬉しさは今までにないさなぁ」
祖母エルの言葉に、アッシュは、目がテンになった。
「お・・おばあちゃん?」
「母さん、ありがとう」
アッシュの祖母への呼び掛けは、かき消され、父ウォルトと祖母エルが二人見合わせて頷き合う。
『いや、まて!』
二人の妙な世界を目の前にして、アッシュは止めるが、言葉は出ていない。
それは続く母の言葉に驚いたからだ。
「あなた、素晴らしいことですね。議員なんて、考えた事ありませんでしたが、あなたがしたいなら、わたしもお手伝いしますよ」
母は、何故かうっすらと顔を赤らめて俯きながら、父に話した。
『ええええええぇー』
衝撃である。あれだけ、職を転々として、仕事もしないで家に籠り、何かわからない趣味に呆ける父に苦労掛けられ、自分はパートの仕事と家事や育児に、義両親の世話までさせられてきた母が、まだ、この父の為に頑張るという、その姿勢に・・・
「か、かあさん、正気か・・」
眩暈がするわ。
母は、どこか空想の世界にいるようで「議員夫人かっ」と、何度も口ずさんでいる。
ヤバい・・うちの家族が壊れている。
早く、悪の根源を絶たねば、皆が、おかしくなる・・・
アッシュがそう思い、口にしかけた時、今度はメイが先に口開く。
「父さん、わたしも応援するよ。わたし、実はずっと、ロビンの家に対して、引け目だったの、うち、裕福じゃないから釣り合い取れてないからさ。だから、嬉しいよ、平民議員に父さんがなってくれて!」
メイは涙を流しながら話すので、その姿に、ロビンが抱きしめてメイを慰める。
「メイ、そんなこと気にしていたの?メイの家が貧乏なのは、この町では有名で出会う前から知っていたから、そんなの今更だよ。気にしないでいいんだよ。でも、僕も嬉しよ。僕の親戚に、まだ、議員はいないからね。自慢だね!」
メイは感情の高ぶりからか、自分の夫が密かに貶しているのも聞き取れていないのか、ロビンに抱きしめられて、うっとりとしている。
アッシュとしては、色々と、ロビンの発言にも怒りがあるが、ここは先に、ロビンに問うところではない。
『メイ、お前、どうしたんだ!幼少期には、父のせいで、わびしい思いもしたんじゃなかったのか。皆がもつ文具も買えず、悔しい思いしたじゃないのか。父さんに向かって、「ちゃんと、仕事しろや、クソが!」と、怒鳴ったのは最近の話だったはず』
言葉を発せずにいるが、心では悲痛な叫びをあげるアッシュに、誰も意見は求めずいる。
今日の夕飯の時間は、父ウォルトの気まぐれな発言から、そう、気まぐれないつもの発言だったのに、何故か、大きな歴史を作る瞬間へとなった。
アッシュは、その時間を一生忘れられなくなるとは、この時は思っていなかった。
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