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闇賭博編

第15話 いざ突入

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 書き込まれた情報によると、肩路は以前うちでキャバクラ用テナントを借りようとしたが、営業許可申請を警察に出す段階になって、急きょ開業をとりやめたようだ。
 うちの家賃は前払いである。契約した以上、来月分を払ってもらうのだが、肩路は「今月借りて今月退去するのだから来月分は払わない」と言い出し、交渉の最中に一円も払わないまま逃亡した。つまり来月分どろか当月分さえ支払わなかったのだ。もちろん敷金も権利金も未納である。ユウゲキ相手にここまでナメた真似をするやつはそういない。

 一時期、肩路の顔写真は社長の趣味のダーツの的として利用されていたことを私は記憶している。この穴だらけのおじさんは誰なのかと上司に尋ねたら「ユウゲキから恨まれている極悪人よ~」とのことであった。彼の悪行はおそらく未来永劫社員の間で語り継がれることであろう。そのにっくき逃亡犯が、闇賭博で稼いでいるとは。
 許せん。
 こいつのせいで早田さんは借金まみれになって、私はその回収のために苦労しているのか。しかもお家賃を未払いで逃亡の前科アリ。
 また、未払いとはいえ、うちと契約できたということは身元調査をクリアしたということだから、バカラの胴元はヤクザではないことがはっきりした。ただの極悪人だ。

 おのれ肩路、ここで会ったが百年目。成敗してくれる。
 私はすっかりやる気になっていた。

 メールには、バカラ会場のヒントらしき情報も書かれていた。なんでも室内は真っ赤で、赤い花が飾られており、エレベーターのないビルの3階にあり、階段には手すりが設置され、通路は茶色のカーペットが張られているとのことである。おそらくこれも闇賭博の被害者から聞き出した話なのだろう。
 この情報だけでは正直どこのことだかわからない。
 だが、これを1丁目に絞って考えるなら……。不動産知識を総動員して、候補を絞る。多分あそこだ。
「おこぜの情報、役に立ったじゃん。ありがとう」
 本人には言うつもりのないお礼を、私は宙に向かって言った。




 翌日の夜。
 私はひとりバカラ会場に真っ正面から突入することになった。だって職場の人は誰も一緒にきてくれなかったのだ。みんな協調性がないよね。でも私もないから文句は言わない。

 お目当てのビルの前で張り込み、待つこと数十分。今夜最初のカモが部屋に連れていかれた直後に突撃した。ドアに鍵がかけられる前に、取っ手を掴んで思いっきり引っ張る。
「こんばんはー! ユウゲキ不動産です。お金の回収にまいりました」
 私が元気よく叫ぶと、室内にいた男たちは私を見たままフリーズした。サラリーマン風のスーツ姿の若い男とディーラーらしきダークスーツの男2人、ジャージ姿の男3人、合わせて6人もの男たちだ。サラリーマン風の男がカモである。
 肩路《かたみち》はディーラー役のようで、カードを持ったまま固まっていた。誰一人動かない。みな予想外の事態にすぐさま対応できないようだった。

 室内は赤い絨毯に赤い壁紙、赤いガーベラが生けられた大量の黒い花瓶、赤と黒のトランプとチップ……。その中でグリーンのギャンブル用テーブルだけが奇妙に浮かび上がって見えた。こんなところに長時間いたら目が疲れそうだ。目が疲れた相手にはイカサマもやりやすい……。考えすぎだろうか。

 肩路は目だけをきょろきょろさせ始めた。狼狽えているようだ。
「あなた、肩路さんですよね。あなたが闇賭博なんかを始めたせいで、私は大迷惑なんです。とりあえず早田さんから巻き上げた100万円を返してくれませんか」
 ここは賭場だ。詐欺とはいえ現金を幾らか置いているはず。少なくとも札束1ぐらいならあるだろう。
 私はスマホを高くかざした。
「今、このスマホは生活安全課の警察官に電話がつながっています。柴犬に似ているまあまあのイケメン警察官なんですけど、ちょっと上から目線な感じで……じゃなかった、弊社がいつもお世話になってる方です。もう悪事はバレてしまったんですから、無駄な悪あがきはやめて大人しくしてください。あなたたちが闇賭博をやっていることはもう言い逃れできませんよ」
 なんて言ったけれど、実は嘘だったりする。電話の向こうで耳を澄ませているのは私の上司、佐藤さんだ。私の目的はあくまでもお家賃回収なのであって、悪者退治はそのオマケに過ぎない。警察にちくるのは、お金を確保した後でいい。

 肩路はやっとフリーズ状態から抜け出し、カードをばらまくように投げ捨てると、店の奥に引っ込んだ。裏口のドアノブをガチャガチャ回す音がする。
「そっちのドアは外から封鎖しておきましたから、残念ですけど開かないんですよね。ビルの間取り図をゲットして、今日のお昼に工作しちゃったぁ、えへっ」
 バカラ部屋に戻ってきた肩路は、憎々しげに私を睨んできた。
「で、何度も恐縮なんですが、お金を返してください」
「なんのことだ」
「またまた。わかってるくせに」
 私はスマホ画面を見せつけるようにして通話を切った。
「ユウゲキの私がお屋敷に行ったこと、もう聞いてるでしょう? 闇賭博とお屋敷のイケオジは共犯関係にあるはずですなんですから、今さら知らないふりはやめましょう。さあ100万円返してください。返してくれるなら見逃してもいいですよ」
「警察にばらしたくせに、何が今さら見逃すだ」
「通報は私の勘違いでした。ここを闇賭博の会場だと誤解してしまったけれど、実はただのマジックバーだったのです。トランプもギャンブルテーブルもコインも、客にマジックを見せるための小道具でした。警察にはそういう説明をするということでいかがでしょう?」
「そんな嘘くさい説明、警察が信じるか」
「じゃあ、どうします。本当のことを言ったほうがいいですか」
「か、肩路さん」
 ジャージの男がせがむような声をあげた。
 サラリーマン風のカモ男が私の横をすり抜けて店外へと逃げていったのを、別のジャージの男が羨ましそうな顔で見送る。
「もしかしたら私の言うことなんて警察は信じないかもしれません。でも、私が嘘をつけば、警察がいきなり逮捕にやってくることはないでしょう。情報の真偽を確かめてから逮捕に向かうという流れになるはずです。肩路さんたちが逃げたり、お金を隠したりする時間を稼ぐぐらいはできるんじゃないですか」
 肩路は舌打ちすると、私に背を向けた。店の奥へ引っ込み、がちゃがちゃという金属音、おそらくは金庫のダイヤルを回す音をさせた後、戻ってきた。
「金は返す。だから警察にはうまく嘘をつけよ」
 札束を投げつけられた。私は慌ててキャッチして、紙幣の手触りを確認すると、再びスマホを操作し、佐藤さんに電話を掛けて、「さっきのは私の勘違いでした。ここってただのマジックバーだったみたいです。ごめんなさい」と、彼らの前で言ってやった。
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