41 / 45
第41話 鳥かごに捕らわれて
しおりを挟む
鉄格子越しに空を見上げた。オレンジ色の空に藍色が忍び寄り、その境目で星が煌めいていた。
「もうすぐエルド王子が来る……」
スウミは視線を落とし、ドアのほうに目を向けた。鍵がかかっており、内側からは開けることのできないドアを。
謁見の間での事件から数日が経った。それ以来、スウミは城の一室に監禁されていた。
もっとも監禁というにはあまりに広く豪華な部屋だった。
部屋はエルド王子の部屋に負けないぐらいの広さがある。家具も部屋の面積に見合うサイズだ。ベッドは詰めれば5人は寝られそうだし、クローゼットには一家族分の衣装が入りそうなほどだ。大きなテーブルには燭台が二つ、椅子は6脚もある。
それ以外にも、螺鈿細工の鏡台、繊細な透かし彫りの衝立、陶製のティーセットの置かれた小テーブル等々、たくさんの家具が並べられ、それでもまだ部屋には余裕があるのだ。
この部屋は城の中でもかなり上位の人々、おそらく王家クラスの人物ために用意された特別な部屋なのだろう。
(ただ、ドアは一つしかなくて、人が出入りできるような大きな窓もないから、外からドアを施錠されてしまうと、豪華な監禁部屋になってしまうのだけれど)
スウミは続き部屋の浴室に向かうと、鏡の前に立ち、くせで跳ねる髪に櫛を通した。髪をとかしたところで見た目には何の変化もない気もするが、エルド王子が来る前に、一応身だしなみは整えておきたかった。
髪の手入れが終わると、今度はベッドのある部屋に戻り、鏡台の螺鈿細工の扉をあけて、その前に立ってみた。
ドレスを着た自分が映り、思わず苦笑してしまう。
今スウミが着ている淡いイエローのドレスは、胸元に同色の糸で手のこんだ刺繍がたっぷり施されていた。手触りは滑らかで、裾をつまんで落とせば、とろんと揺れる。腰元にはドレープが多くあしらわれ、生地のたわんだ部分が窓から差し込む夕日を受けて輝いていた。
「これが普段着だっていうんだもの……」
スウミが着ていた白いワンピースと比べても、かなり上等である。クローゼットにはこういったドレスが何着もしまわれており、自由に着ていいと言われていた。どれも「普段着だ」ということであったが、「これのどこが?」というのがスウミの素直な感想だった。
サイズがぴったり合うということは、以前採寸されたときの寸法でエルド王子が職人につくらせたのだろう。こういった贈り物をスウミが拒否するだろうと見越して、渡せないまま眠っていたのに違いない。
遠くから足音が響いてきた。だんだん近づいてくる。やがてドアの前に立ち止まると、ノックの音が部屋に響いた。
「スウミ、入るぞ」
「はい」
エルド王子は部屋に入ってくるなりスウミをきつく抱きしめた。しかし、すぐに体を離し、スウミの全身をまじまじと見つめる。
スウミも見つめ返す。いつもの執務服――黒いシャツとズボン姿だが、海鳥のマントを肩に掛けている。今日は会議か何かに顔を出したのかもしれない。
エルド王子は、ほっと溜息をついた。
「無事だな。今日は何もなかったか?」
「はい」
「そうか……」
再び抱きしめられる。今度はそっと包むように。壊れものを扱うみたいに。
「そんなに心配しなくても、もう大丈夫ですよ」
そっと背中に手を回し、説得するような気持ちでそう伝えたが、
「だめだ。何があるかわからない。サキは自殺したが、呪術師がほかにも島に入り込んでいるかもしれない」
かえって深く抱き込まれる結果となっただけだった。
あの日、謁見の間であったこと全てを、エルド王子は話してくれた。スウミがエルド王子に剣で刺されて仮死状態になり、息を吹き返すまでの間にあったこと……イスレイのこと……マノとビビカのこと……サキのこと。
呪術師サキは、スウミが意識を取り戻した後、城の塔から身を投げて死んでしまったそうだ。なぜ自死を選んだのか。スウミには理由がわからなかった。
またミルン沖にランガジルの船が攻めてきたとのことであったが、それもいつものようにセラージュの人々が戦って退けたという。
サキにしろランガジル戦にしろ、スウミには詳細がまるでわからない。スウミは王家の人間ではないし、貴族としてもつまはじきだから、独自に調べる手段がない。貴族なのに密偵の一人も雇っていない自分はどうしてもこういう話題には疎くなってしまうのだ。それに謁見の間の事件以来、昏い瞳をするようになってしまったエルド王子に、この事件について深く聞き出すのもはばかられた。それが少し情けない気がした。自分にも何かできることがあったかもしれないのに。
すべての話が終わると、エルド王子はスウミをこの部屋に閉じ込めた。スウミを守るために。
「もう二度と傷つけない……誰にも手出しさせない」
南部の港町ミルンでは、怪我をした海鳥を保護する人々がいるらしい。羽を傷つけないよう柔らかな網で絡め取って、籠に入れるのだと聞いたことがある。鳥はどんなに暴れても決して傷つくことはないが、逃げることもできず、人が開放してくれるのをただ待つことしかできない。力強い腕がスウミの体を優しく拘束するたび、スウミはこの話を思い出してしまう。
スウミには仕事があった。借金を返済しなければならないのだ。王城にいつまでもこもっているわけにはいかない。しかしエルド王子の淡い瞳が壊れそうに揺れているの見ると、スウミは何も言い出せないのだった。
すぐに夕食が運ばれてきた。食器や料理を運ぶ数人のメイドにまじってリオンも来ている。リオンは書類を手にしていた。
給仕の邪魔にならないようエルド王子はスウミを抱えて寝室に移動すると、ベッドに腰掛けた。スウミは膝の上に座らされた格好だ。とっさに離れようとしたが、もちろん許されるはずもない。スウミの後頭部を撫でるような仕草でそっと、でも抗えない強さで胸に押し付けるようにされて引き戻されてしまった。正直恥ずかしくてたまらないスウミだったが、強く拒絶するのもはばかられて、おとなしく抱かれたまま小さく溜息を落とした。
「今日はこのドレスにしたのか」
黄色いドレスの表面をさらりと撫でた。
「よく似合っている。思っていた以上の可愛いさだ」
「うう……」
メイドやリオンにも聞かれているのではないかと気になってしまって、スウミは固まってしまう。ときめく気持ちよりも恥ずかしさが勝っていた。もともとこういうことを言う人ではなかったと思うのだが、謁見の間での一件以来、すっかりたがが外れてしまったようだった。
リオンが寝室にやってきて、書類を目の高さに持つと、両足をそろえて立った。主君の膝の上に座らされたスウミを見ても、眉一つ動かさず、毅然とした態度で「ご報告もうしあげます」と、告げた。
「さきほどミルンから伝令報告官が到着し、交戦詳報を受け取りました。簡略版を読み上げます」
エルド王子が頷くのを確認して、リオンは続けた。
「先日我が国が勝利をおさめたミルン沖での戦闘ですが、ランガジルの船は沖合にて全滅、ひとりの上陸も許しませんでした。現在ランガジルに動きはありません」
一旦そこで切ってから、リオンは再び口を開いた。
「続きまして、我が国の被害状況です。公爵所有の巡視船の一部が損傷し、地元漁師の漁船も複数沈没しましたが、人的被害は出ておりません。港の施設も無傷です。王国軍の被害についても軽微です」
「わかった。損害の補償についてはヴェンナ公爵と話し合うことにする。公爵に面会の要請を出してくれ。ほかには」
「ええと……」
そこで初めてリオンは複雑そうな表情を見せた。
「どうした?」
「僕としては、喜べばいいのか悔しがればいいのか複雑なのですが、敵船を撃破したのはイスレイ王子だそうです。おひとりで全て撃破されたとか」
「イスレイ王子がミルン沖で敵を撃破……?」
スウミは思わず声を上げてしまった。
「ランガジルが攻めてきた日、イスレイ王子はこの城にいましたよね。それがどうしてミルンで戦えるんでしょうか。ミルンまで馬で何日もかかるのに……」
それなのですが、と、リオンは声を落とした。
「イスレイ王子はあの日、城内で呪術師を追いかけましたが、呪術師は飛び降り自殺をしたため捕まえることができませんでした。そのとき、ミルン沖での戦闘について報告を受け、単身ミルンへと向かわれようとされたそうです。兵士たちに向かって、自分が前線で戦うとおっしゃられたとか。するとメイドの女性、パルナエという方が真っ赤なドラゴンに変身し、イスレイ王子を背に乗せて、ミルンに向けて飛び立った。そういう報告を受けております」
ドラゴン!
スウミは息を飲んだ。
数日前、謁見の間で息を吹き返したスウミは、マノとビビカがドラゴンであることを知った。でもまさかパルナエまでドラゴンだったとは。確かに彼女らはどこか似た雰囲気ではあったが……。
「イスレイ王子はその日のうちにミルン沖に到着し、ドラゴンが吐き出す炎で敵船を撃沈したとのことです」
まるでおとぎ話のようだと思った。ドラゴンがその強大な力で島を守ってくれたというのか。いや、パルナエのことだから、ただイスレイ王子の役に立ちたかっただけなのかもしれない。
「いまイスレイ王子とドラゴンは王都はずれの森の中で待機しているとのことです。入城を許可されますか」
黙って話を聞いていたエルド王子の顔から表情が消えていた。感情を押し殺しているのだろう。そういえばイスレイの話題になってからエルド王子は一言も言葉を発していない。
スウミが手を伸ばして冷たくなった指先を握ると、エルド王子は握り返してきたが、すぐに離して立ち上がった。
「……まずはその伝令報告官に会おう。戦場から王都に帰還したのだから労ってやらねば。交戦詳報にも目を通したい。イスレイのことはそのあとだ。スウミ」
「は、はい」
「済まないが、夕食はひとりで済ませてくれ」
王子とリオンが部屋から出ていき、ドアに鍵がかけられた。重々しい金属音が、スウミ一人きりの室内に響いた。部屋を出ていくエルド王子に何か声を掛けたいとも思ったが、感情を消した顔があまりに冷たく、遠く感じられて、何も言えずに送り出してしまったことを悔やんだ。
テーブルの上に用意された二人前の料理からは湯気が立ち上っており、それが余計に寂しく思えた。
「もうすぐエルド王子が来る……」
スウミは視線を落とし、ドアのほうに目を向けた。鍵がかかっており、内側からは開けることのできないドアを。
謁見の間での事件から数日が経った。それ以来、スウミは城の一室に監禁されていた。
もっとも監禁というにはあまりに広く豪華な部屋だった。
部屋はエルド王子の部屋に負けないぐらいの広さがある。家具も部屋の面積に見合うサイズだ。ベッドは詰めれば5人は寝られそうだし、クローゼットには一家族分の衣装が入りそうなほどだ。大きなテーブルには燭台が二つ、椅子は6脚もある。
それ以外にも、螺鈿細工の鏡台、繊細な透かし彫りの衝立、陶製のティーセットの置かれた小テーブル等々、たくさんの家具が並べられ、それでもまだ部屋には余裕があるのだ。
この部屋は城の中でもかなり上位の人々、おそらく王家クラスの人物ために用意された特別な部屋なのだろう。
(ただ、ドアは一つしかなくて、人が出入りできるような大きな窓もないから、外からドアを施錠されてしまうと、豪華な監禁部屋になってしまうのだけれど)
スウミは続き部屋の浴室に向かうと、鏡の前に立ち、くせで跳ねる髪に櫛を通した。髪をとかしたところで見た目には何の変化もない気もするが、エルド王子が来る前に、一応身だしなみは整えておきたかった。
髪の手入れが終わると、今度はベッドのある部屋に戻り、鏡台の螺鈿細工の扉をあけて、その前に立ってみた。
ドレスを着た自分が映り、思わず苦笑してしまう。
今スウミが着ている淡いイエローのドレスは、胸元に同色の糸で手のこんだ刺繍がたっぷり施されていた。手触りは滑らかで、裾をつまんで落とせば、とろんと揺れる。腰元にはドレープが多くあしらわれ、生地のたわんだ部分が窓から差し込む夕日を受けて輝いていた。
「これが普段着だっていうんだもの……」
スウミが着ていた白いワンピースと比べても、かなり上等である。クローゼットにはこういったドレスが何着もしまわれており、自由に着ていいと言われていた。どれも「普段着だ」ということであったが、「これのどこが?」というのがスウミの素直な感想だった。
サイズがぴったり合うということは、以前採寸されたときの寸法でエルド王子が職人につくらせたのだろう。こういった贈り物をスウミが拒否するだろうと見越して、渡せないまま眠っていたのに違いない。
遠くから足音が響いてきた。だんだん近づいてくる。やがてドアの前に立ち止まると、ノックの音が部屋に響いた。
「スウミ、入るぞ」
「はい」
エルド王子は部屋に入ってくるなりスウミをきつく抱きしめた。しかし、すぐに体を離し、スウミの全身をまじまじと見つめる。
スウミも見つめ返す。いつもの執務服――黒いシャツとズボン姿だが、海鳥のマントを肩に掛けている。今日は会議か何かに顔を出したのかもしれない。
エルド王子は、ほっと溜息をついた。
「無事だな。今日は何もなかったか?」
「はい」
「そうか……」
再び抱きしめられる。今度はそっと包むように。壊れものを扱うみたいに。
「そんなに心配しなくても、もう大丈夫ですよ」
そっと背中に手を回し、説得するような気持ちでそう伝えたが、
「だめだ。何があるかわからない。サキは自殺したが、呪術師がほかにも島に入り込んでいるかもしれない」
かえって深く抱き込まれる結果となっただけだった。
あの日、謁見の間であったこと全てを、エルド王子は話してくれた。スウミがエルド王子に剣で刺されて仮死状態になり、息を吹き返すまでの間にあったこと……イスレイのこと……マノとビビカのこと……サキのこと。
呪術師サキは、スウミが意識を取り戻した後、城の塔から身を投げて死んでしまったそうだ。なぜ自死を選んだのか。スウミには理由がわからなかった。
またミルン沖にランガジルの船が攻めてきたとのことであったが、それもいつものようにセラージュの人々が戦って退けたという。
サキにしろランガジル戦にしろ、スウミには詳細がまるでわからない。スウミは王家の人間ではないし、貴族としてもつまはじきだから、独自に調べる手段がない。貴族なのに密偵の一人も雇っていない自分はどうしてもこういう話題には疎くなってしまうのだ。それに謁見の間の事件以来、昏い瞳をするようになってしまったエルド王子に、この事件について深く聞き出すのもはばかられた。それが少し情けない気がした。自分にも何かできることがあったかもしれないのに。
すべての話が終わると、エルド王子はスウミをこの部屋に閉じ込めた。スウミを守るために。
「もう二度と傷つけない……誰にも手出しさせない」
南部の港町ミルンでは、怪我をした海鳥を保護する人々がいるらしい。羽を傷つけないよう柔らかな網で絡め取って、籠に入れるのだと聞いたことがある。鳥はどんなに暴れても決して傷つくことはないが、逃げることもできず、人が開放してくれるのをただ待つことしかできない。力強い腕がスウミの体を優しく拘束するたび、スウミはこの話を思い出してしまう。
スウミには仕事があった。借金を返済しなければならないのだ。王城にいつまでもこもっているわけにはいかない。しかしエルド王子の淡い瞳が壊れそうに揺れているの見ると、スウミは何も言い出せないのだった。
すぐに夕食が運ばれてきた。食器や料理を運ぶ数人のメイドにまじってリオンも来ている。リオンは書類を手にしていた。
給仕の邪魔にならないようエルド王子はスウミを抱えて寝室に移動すると、ベッドに腰掛けた。スウミは膝の上に座らされた格好だ。とっさに離れようとしたが、もちろん許されるはずもない。スウミの後頭部を撫でるような仕草でそっと、でも抗えない強さで胸に押し付けるようにされて引き戻されてしまった。正直恥ずかしくてたまらないスウミだったが、強く拒絶するのもはばかられて、おとなしく抱かれたまま小さく溜息を落とした。
「今日はこのドレスにしたのか」
黄色いドレスの表面をさらりと撫でた。
「よく似合っている。思っていた以上の可愛いさだ」
「うう……」
メイドやリオンにも聞かれているのではないかと気になってしまって、スウミは固まってしまう。ときめく気持ちよりも恥ずかしさが勝っていた。もともとこういうことを言う人ではなかったと思うのだが、謁見の間での一件以来、すっかりたがが外れてしまったようだった。
リオンが寝室にやってきて、書類を目の高さに持つと、両足をそろえて立った。主君の膝の上に座らされたスウミを見ても、眉一つ動かさず、毅然とした態度で「ご報告もうしあげます」と、告げた。
「さきほどミルンから伝令報告官が到着し、交戦詳報を受け取りました。簡略版を読み上げます」
エルド王子が頷くのを確認して、リオンは続けた。
「先日我が国が勝利をおさめたミルン沖での戦闘ですが、ランガジルの船は沖合にて全滅、ひとりの上陸も許しませんでした。現在ランガジルに動きはありません」
一旦そこで切ってから、リオンは再び口を開いた。
「続きまして、我が国の被害状況です。公爵所有の巡視船の一部が損傷し、地元漁師の漁船も複数沈没しましたが、人的被害は出ておりません。港の施設も無傷です。王国軍の被害についても軽微です」
「わかった。損害の補償についてはヴェンナ公爵と話し合うことにする。公爵に面会の要請を出してくれ。ほかには」
「ええと……」
そこで初めてリオンは複雑そうな表情を見せた。
「どうした?」
「僕としては、喜べばいいのか悔しがればいいのか複雑なのですが、敵船を撃破したのはイスレイ王子だそうです。おひとりで全て撃破されたとか」
「イスレイ王子がミルン沖で敵を撃破……?」
スウミは思わず声を上げてしまった。
「ランガジルが攻めてきた日、イスレイ王子はこの城にいましたよね。それがどうしてミルンで戦えるんでしょうか。ミルンまで馬で何日もかかるのに……」
それなのですが、と、リオンは声を落とした。
「イスレイ王子はあの日、城内で呪術師を追いかけましたが、呪術師は飛び降り自殺をしたため捕まえることができませんでした。そのとき、ミルン沖での戦闘について報告を受け、単身ミルンへと向かわれようとされたそうです。兵士たちに向かって、自分が前線で戦うとおっしゃられたとか。するとメイドの女性、パルナエという方が真っ赤なドラゴンに変身し、イスレイ王子を背に乗せて、ミルンに向けて飛び立った。そういう報告を受けております」
ドラゴン!
スウミは息を飲んだ。
数日前、謁見の間で息を吹き返したスウミは、マノとビビカがドラゴンであることを知った。でもまさかパルナエまでドラゴンだったとは。確かに彼女らはどこか似た雰囲気ではあったが……。
「イスレイ王子はその日のうちにミルン沖に到着し、ドラゴンが吐き出す炎で敵船を撃沈したとのことです」
まるでおとぎ話のようだと思った。ドラゴンがその強大な力で島を守ってくれたというのか。いや、パルナエのことだから、ただイスレイ王子の役に立ちたかっただけなのかもしれない。
「いまイスレイ王子とドラゴンは王都はずれの森の中で待機しているとのことです。入城を許可されますか」
黙って話を聞いていたエルド王子の顔から表情が消えていた。感情を押し殺しているのだろう。そういえばイスレイの話題になってからエルド王子は一言も言葉を発していない。
スウミが手を伸ばして冷たくなった指先を握ると、エルド王子は握り返してきたが、すぐに離して立ち上がった。
「……まずはその伝令報告官に会おう。戦場から王都に帰還したのだから労ってやらねば。交戦詳報にも目を通したい。イスレイのことはそのあとだ。スウミ」
「は、はい」
「済まないが、夕食はひとりで済ませてくれ」
王子とリオンが部屋から出ていき、ドアに鍵がかけられた。重々しい金属音が、スウミ一人きりの室内に響いた。部屋を出ていくエルド王子に何か声を掛けたいとも思ったが、感情を消した顔があまりに冷たく、遠く感じられて、何も言えずに送り出してしまったことを悔やんだ。
テーブルの上に用意された二人前の料理からは湯気が立ち上っており、それが余計に寂しく思えた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。

もう好きと思えない? ならおしまいにしましょう。あ、一応言っておきますけど。後からやり直したいとか言っても……無駄ですからね?
四季
恋愛
もう好きと思えない? ならおしまいにしましょう。あ、一応言っておきますけど。後からやり直したいとか言っても……無駄ですからね?

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる