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第11話 社長の初仕事!?
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リオンが手配してくれた馬車に揺られてデルファンに戻ったスウミは、自宅玄関を見て面食らった。昼に開けた大扉が開け放たれたままになっていたのだ。
――夜間は閉めたほうが良いのでは……。
しかし、扉はかなり重くて簡単には動かせないし、横木であるかんぬきも、大人の男性が5人がかりでないと持ち上がらないほど重量があり、また長さもある。スウミたち親子だけでは簡単に開け閉めできないからこそ、これまでずっと閉めっぱなしだったのだ。今度はずっと開けっ放しにするしかないのだろう。
(ご先祖様、なぜ開閉に人手の要るドアなんかつくってしまったの……)
玄関をあけたままというのは防犯上の問題がありそうだが、デルファトル家が貧乏なのは知れ渡っているから案外平気かもしれないとスウミは自分に言い聞かせた。うちには何も盗めるようなものはない。それはそれで悲しいものがあるけれど。
屋敷の中に入ると、上階から話し声が聞こえた。来客だろうか。もう遅い時間だというのに一体誰だろう。真っ暗な吹き抜けホールを通り、大階段を壁伝いであがっていくと、3階の当主の部屋から明かりが漏れているのが見えた。ときおり笑い声もする。
軽くノックして中に入ると、三人の目がいっせいにスウミを見た。見知らぬ若い男女が、父と向かい合ってソファに座っていた。男性は人がよさそうな柔和な雰囲気で、女性は明るくて元気いっぱいな雰囲気だ。
「スウミ、ビッグニュースだよ! うちの会社に入りたいという人が二人も来てくれたんだ」
「えっ! じゃあ、こちらの方々がうちで働いてくださるってこと?」
求人の張り紙を街の掲示板に貼らせてもらるという話は聞いていた。なにせ清掃の仕事だけで1年間に2000万ギルも稼ごうというのだ。人を雇わないと話にならない。だが、貼ったその日に応募があるとはスウミも予想していなかった。
二人はスウミと目が合うと、立ち上がってお辞儀をした。
「はじめまして、スウミお嬢様。いえ、スウミ社長。僕の名前はマノといいます」
先に名乗ったのは濃い茶色の髪をした男性だ。年齢はスウミと変わらないぐらいに見えるが、年の割に落ち着いた物腰だった。琥珀みたいに透き通った茶色い瞳を細めておっとりと微笑まれて、スウミもつられて微笑み返してしまう。
「私はビビカ。マノの妹よ。よろしくね、社長!」
もう一人のほう、銀髪を短く切りそろえた可愛らしい女の子が胸を張ってはきはきと名乗った。にっと微笑まれて、またつられて笑顔を返してしまう。父まですごくいい笑顔だ。しかし、よろしくとは?
「え、ええと? ちょっと失礼しますね」
スウミは笑顔の父を廊下にひっぱりだし、小声で尋ねた。
「あの二人を雇うってもう決めたの?」
「うん? 変なことを言うね。雇うかどうかを決めるのはスウミだよ」
「えっ?」
父は急にまじめな顔になった。
「社長はスウミだからね。これから大事なことはスウミが自分で決めていかないと」
「そ、そっか……」
そうだった。会社をやって借金を返すと決めたのは自分なのだ。どうすればいいかを父に決めてもらうのは、もう終わりなんだ。
怖いな、とスウミは思った。社長には決断と責任がつきまとう。それを今はっきりと自覚した。
「もちろん私がつくった借金なんだから、できる限りの手伝いはするつもりだけど、会社をやると決めたのはスウミだからね」
「うん……。そういえば、なんで2000万ギルも借金したの」
「ああ、それね、使用人の退職金に使ったんだよ。財産を取り上げられたときに全員に退職してもらったから。借金なんてしたくなかったけど、お世話になった使用人たちを無一文で放り出すわけにもいかなかったしね」
「そうだったの……」
女に貢いだとか博打ですったとかのどうしようもない理由の借金じゃなくて良かった。とりあえず疑問が解消されたところで、いま抱えている問題について考えなければ。
父と再び部屋に戻り、二人に向き合った。緊張してどきどきするけれど、必要な質問をしなければ。
(頑張れ!)
心の中で自分を鼓舞する。
「急に席を外してごめんなさい。えっと、マノさんとビビカさんでしたね、いくつか質問させていただきますね。清掃の経験はありますか」
「僕はありません」
「私もやったことはないですね!」
「そ、そうですか……」
多少たじろぎつつ、さらに質問を重ねる。
「未経験なのに、どうして清掃をしてみようと思われたのですか」
「マノがやるって言うからです! マノ一人じゃ失敗するだろうから助けてあげようと思って!」
「僕は、お嬢様の力になりたいと思ったからです」
マノはスウミを見て、微笑んだ。
「本当はでしゃばるつもりはなかったんですが、のっぴきならない状態になってしまわれて、どうにか加勢できないかと思っ……ふぐっ」
なぜか妹のビビカが兄の口を塞いでいる。
「あの、どうしました?」
「え? 何が?」
「いやだって、マノさんの口を塞いでますよ」
「あ、ああ、やだ、私ったらついうっかり!」
はははと笑いながら、でも手はしっかりマノの口元に食い込んでいる。苦しそうというより痛そうだ。
「離してあげたほうが……」
「えっと、あ、そうだ、実は私たちって住むところがなくて! 住み込みってことで雇ってもらえませんか」
「住み込み!? この屋敷にですか」
マノがビビカの手から逃れて、息をついた。
「……ふう、ビビカは乱暴なんだから。ええと、住み込みについては僕からもお願いします。お給料はその分引いていただいて構いません」
スウミは考え込んだ。それってすごく助かるのでは? 部屋はいっぱい余っているわけだし。しかし、安くつくからといって本当にこの二人に住んでもらっていいのだろうか。いや、そもそも雇って大丈夫なのだろうか? 未経験で志望動機も不明だ。もし彼らが悪意ある人だったら? まじめに働いてくれなかったら? くびにしても屋敷に居座られたら?
(……二人について、もう少し聞いてみよう)
「お二人は、以前はどちらで働いていたんですか」
「私は働いたことなんて一度もないですね!」
「そ、そうですか。マノさんは?」
問われて、マノはふわりと悲しげな笑みを浮かべた。
「とある貴族の御者として働いていました。とても立派な方だったのですが、病気で亡くなってしまって……」
「そうでしたか……」
「僕は後悔しているんです」
真剣な瞳でじっとスウミを見つめる。
「僕にできたことが何かあったのではないかとずっと悔やんでいます。僕はあの方をお救いできたはずなのに。もう二度と後悔したくないんです。だからどうか僕に仕事を手伝わせてください」
「マノさん……」
「私も頑張るから雇ってよ、お願い!」
「ビビカさん……」
心配事はつきない。不審に思う気持ちもないわけじゃないけれど。でも、少なくとも悪い人ではなさそうだ。だから、この二人を信じてみようと思った。だって人を信じられないければ社長なんてできないと思うから。
スウミはメイドギルド長と初めて会ったときのことを思い出していた。幼いスウミが清掃の仕事をしたいといってギルドを訪れたとき、追い払わずに仕事をさせてくれた。もちろん簡単で報酬の安い仕事ばかりだったけれど。それでも信じて任せてくれたのだ。
(きっと人を信じることができなければ、たくさんの仕事をこなすことなんてできないし、2000万ギルなんて稼げない)
「マノさん、ビビカさん、ぜひうちで働いてください。どうぞこれからよろしくお願いします」
スウミは二人に頭をさげた。よろしくお願いします。それはお願い、本当に心からのお願いだった。どうか信用できる人たちでありますようにと。
こうして、会社に二人の社員が加わった。
マノとビビカの部屋は、1階の空き部屋から好きに選んでもらった。マノは南側の銀杏の部屋、ビビカはその隣の貝殻の部屋を自室に選んだ。
スウミの部屋は2階のスイセン、父は3階の当主の部屋だ。これまでずっと父と二人暮らしだったスウミは、同居人が増えたら、家の中が明るくなったような気がしていた。賑やかで、どこか落ち着かないけれど、でも自然と気持ちが上を向くような不思議であったかい感覚だった。
翌日の夕方、王城から馬車がやってきて、贈り物を届けていった。内容は大量の乾燥食材や瓶詰め、ワイン、それに一抱えもあるような大きな丸パンまである。貴族令嬢からもらったパウンドケーキもあった。せっかく待ち合わせまでしたのに、エルド王子から受け取るのを忘れてしまっていたのだ。
これらの食品にはリオンからの手紙が添えられていた。
「昨日は城までおいでいただきましたのに、たいしたおもてなしもできず失礼しました。お詫びといってはなんですが、ささやかな品をお贈りします。今後もエルド王子と親しくしていただきますようお願い申し上げます」とあった。
突然の贈り物にスウミは戸惑い、受け取っていいものか父に相談すると、「もちろん受け取っていいに決まっているよ」とのことだった。
「これはスウミが王城で働いて、その対価としてくださったものなんだよ。社長が社員に給料を払うようなものさ」
それなら手紙にそう書けばいいのにとスウミが言うと、
「もし手紙を誰かに盗み見られたら、スウミが王子のために働いたってバレてしまうじゃないか。まったくスウミは単純だねえ」と、父はからからと笑った。
それにしても、なぜ食べ物ばかりなんだろう。それも日持ちがするようなものばかりだ。やっぱり食うに困っていると思われているのだろうか。実際のところそのとおりなので、食料をいただけるのは大変ありがたかった。個人的にはサクランボのシロップ漬けの瓶詰めが嬉しかった。日持ちするし、美味しいし、飾ってもいいし。寂しかった食品棚がにぎやかになった。
リオンからの手紙には続きがあった。
「追伸。まことに差し出がましいことではございますが、旅先の王子から指示が届きまして、お嬢様の衣装を贈らせていただいております。どうぞ馬に乗る際はこちらをご着用ください」
食品と一緒に、サクランボみたいな色の布が折りたたまれて瓶詰めの間に差し込まれていた。広げてみると、ズボンとシャツを縫い合わせて一体化させたような不思議な形をした服だった。背中にボタンがついていて、ここから脱ぎ着するようだ。
(確かにこれを着れば馬にまたがっても足は見えないから、変態って言われなさそう)
試着してみると、体を動かしやすいし、何よりベルトが要らないのが気に入った。
(これって清掃服にもぴったりかも! ベルトの金具をうっかり家具にぶつけて傷をつける心配が要らないし)
特にマノとビビカのような初心者は、清掃に合った服選びが難しいだろうから、会社が仕事着を用意してあげたほうが良いかもしれない。
(今度古着でも仕入れて、これを参考にして、みんなの分も縫おう!)
――夜間は閉めたほうが良いのでは……。
しかし、扉はかなり重くて簡単には動かせないし、横木であるかんぬきも、大人の男性が5人がかりでないと持ち上がらないほど重量があり、また長さもある。スウミたち親子だけでは簡単に開け閉めできないからこそ、これまでずっと閉めっぱなしだったのだ。今度はずっと開けっ放しにするしかないのだろう。
(ご先祖様、なぜ開閉に人手の要るドアなんかつくってしまったの……)
玄関をあけたままというのは防犯上の問題がありそうだが、デルファトル家が貧乏なのは知れ渡っているから案外平気かもしれないとスウミは自分に言い聞かせた。うちには何も盗めるようなものはない。それはそれで悲しいものがあるけれど。
屋敷の中に入ると、上階から話し声が聞こえた。来客だろうか。もう遅い時間だというのに一体誰だろう。真っ暗な吹き抜けホールを通り、大階段を壁伝いであがっていくと、3階の当主の部屋から明かりが漏れているのが見えた。ときおり笑い声もする。
軽くノックして中に入ると、三人の目がいっせいにスウミを見た。見知らぬ若い男女が、父と向かい合ってソファに座っていた。男性は人がよさそうな柔和な雰囲気で、女性は明るくて元気いっぱいな雰囲気だ。
「スウミ、ビッグニュースだよ! うちの会社に入りたいという人が二人も来てくれたんだ」
「えっ! じゃあ、こちらの方々がうちで働いてくださるってこと?」
求人の張り紙を街の掲示板に貼らせてもらるという話は聞いていた。なにせ清掃の仕事だけで1年間に2000万ギルも稼ごうというのだ。人を雇わないと話にならない。だが、貼ったその日に応募があるとはスウミも予想していなかった。
二人はスウミと目が合うと、立ち上がってお辞儀をした。
「はじめまして、スウミお嬢様。いえ、スウミ社長。僕の名前はマノといいます」
先に名乗ったのは濃い茶色の髪をした男性だ。年齢はスウミと変わらないぐらいに見えるが、年の割に落ち着いた物腰だった。琥珀みたいに透き通った茶色い瞳を細めておっとりと微笑まれて、スウミもつられて微笑み返してしまう。
「私はビビカ。マノの妹よ。よろしくね、社長!」
もう一人のほう、銀髪を短く切りそろえた可愛らしい女の子が胸を張ってはきはきと名乗った。にっと微笑まれて、またつられて笑顔を返してしまう。父まですごくいい笑顔だ。しかし、よろしくとは?
「え、ええと? ちょっと失礼しますね」
スウミは笑顔の父を廊下にひっぱりだし、小声で尋ねた。
「あの二人を雇うってもう決めたの?」
「うん? 変なことを言うね。雇うかどうかを決めるのはスウミだよ」
「えっ?」
父は急にまじめな顔になった。
「社長はスウミだからね。これから大事なことはスウミが自分で決めていかないと」
「そ、そっか……」
そうだった。会社をやって借金を返すと決めたのは自分なのだ。どうすればいいかを父に決めてもらうのは、もう終わりなんだ。
怖いな、とスウミは思った。社長には決断と責任がつきまとう。それを今はっきりと自覚した。
「もちろん私がつくった借金なんだから、できる限りの手伝いはするつもりだけど、会社をやると決めたのはスウミだからね」
「うん……。そういえば、なんで2000万ギルも借金したの」
「ああ、それね、使用人の退職金に使ったんだよ。財産を取り上げられたときに全員に退職してもらったから。借金なんてしたくなかったけど、お世話になった使用人たちを無一文で放り出すわけにもいかなかったしね」
「そうだったの……」
女に貢いだとか博打ですったとかのどうしようもない理由の借金じゃなくて良かった。とりあえず疑問が解消されたところで、いま抱えている問題について考えなければ。
父と再び部屋に戻り、二人に向き合った。緊張してどきどきするけれど、必要な質問をしなければ。
(頑張れ!)
心の中で自分を鼓舞する。
「急に席を外してごめんなさい。えっと、マノさんとビビカさんでしたね、いくつか質問させていただきますね。清掃の経験はありますか」
「僕はありません」
「私もやったことはないですね!」
「そ、そうですか……」
多少たじろぎつつ、さらに質問を重ねる。
「未経験なのに、どうして清掃をしてみようと思われたのですか」
「マノがやるって言うからです! マノ一人じゃ失敗するだろうから助けてあげようと思って!」
「僕は、お嬢様の力になりたいと思ったからです」
マノはスウミを見て、微笑んだ。
「本当はでしゃばるつもりはなかったんですが、のっぴきならない状態になってしまわれて、どうにか加勢できないかと思っ……ふぐっ」
なぜか妹のビビカが兄の口を塞いでいる。
「あの、どうしました?」
「え? 何が?」
「いやだって、マノさんの口を塞いでますよ」
「あ、ああ、やだ、私ったらついうっかり!」
はははと笑いながら、でも手はしっかりマノの口元に食い込んでいる。苦しそうというより痛そうだ。
「離してあげたほうが……」
「えっと、あ、そうだ、実は私たちって住むところがなくて! 住み込みってことで雇ってもらえませんか」
「住み込み!? この屋敷にですか」
マノがビビカの手から逃れて、息をついた。
「……ふう、ビビカは乱暴なんだから。ええと、住み込みについては僕からもお願いします。お給料はその分引いていただいて構いません」
スウミは考え込んだ。それってすごく助かるのでは? 部屋はいっぱい余っているわけだし。しかし、安くつくからといって本当にこの二人に住んでもらっていいのだろうか。いや、そもそも雇って大丈夫なのだろうか? 未経験で志望動機も不明だ。もし彼らが悪意ある人だったら? まじめに働いてくれなかったら? くびにしても屋敷に居座られたら?
(……二人について、もう少し聞いてみよう)
「お二人は、以前はどちらで働いていたんですか」
「私は働いたことなんて一度もないですね!」
「そ、そうですか。マノさんは?」
問われて、マノはふわりと悲しげな笑みを浮かべた。
「とある貴族の御者として働いていました。とても立派な方だったのですが、病気で亡くなってしまって……」
「そうでしたか……」
「僕は後悔しているんです」
真剣な瞳でじっとスウミを見つめる。
「僕にできたことが何かあったのではないかとずっと悔やんでいます。僕はあの方をお救いできたはずなのに。もう二度と後悔したくないんです。だからどうか僕に仕事を手伝わせてください」
「マノさん……」
「私も頑張るから雇ってよ、お願い!」
「ビビカさん……」
心配事はつきない。不審に思う気持ちもないわけじゃないけれど。でも、少なくとも悪い人ではなさそうだ。だから、この二人を信じてみようと思った。だって人を信じられないければ社長なんてできないと思うから。
スウミはメイドギルド長と初めて会ったときのことを思い出していた。幼いスウミが清掃の仕事をしたいといってギルドを訪れたとき、追い払わずに仕事をさせてくれた。もちろん簡単で報酬の安い仕事ばかりだったけれど。それでも信じて任せてくれたのだ。
(きっと人を信じることができなければ、たくさんの仕事をこなすことなんてできないし、2000万ギルなんて稼げない)
「マノさん、ビビカさん、ぜひうちで働いてください。どうぞこれからよろしくお願いします」
スウミは二人に頭をさげた。よろしくお願いします。それはお願い、本当に心からのお願いだった。どうか信用できる人たちでありますようにと。
こうして、会社に二人の社員が加わった。
マノとビビカの部屋は、1階の空き部屋から好きに選んでもらった。マノは南側の銀杏の部屋、ビビカはその隣の貝殻の部屋を自室に選んだ。
スウミの部屋は2階のスイセン、父は3階の当主の部屋だ。これまでずっと父と二人暮らしだったスウミは、同居人が増えたら、家の中が明るくなったような気がしていた。賑やかで、どこか落ち着かないけれど、でも自然と気持ちが上を向くような不思議であったかい感覚だった。
翌日の夕方、王城から馬車がやってきて、贈り物を届けていった。内容は大量の乾燥食材や瓶詰め、ワイン、それに一抱えもあるような大きな丸パンまである。貴族令嬢からもらったパウンドケーキもあった。せっかく待ち合わせまでしたのに、エルド王子から受け取るのを忘れてしまっていたのだ。
これらの食品にはリオンからの手紙が添えられていた。
「昨日は城までおいでいただきましたのに、たいしたおもてなしもできず失礼しました。お詫びといってはなんですが、ささやかな品をお贈りします。今後もエルド王子と親しくしていただきますようお願い申し上げます」とあった。
突然の贈り物にスウミは戸惑い、受け取っていいものか父に相談すると、「もちろん受け取っていいに決まっているよ」とのことだった。
「これはスウミが王城で働いて、その対価としてくださったものなんだよ。社長が社員に給料を払うようなものさ」
それなら手紙にそう書けばいいのにとスウミが言うと、
「もし手紙を誰かに盗み見られたら、スウミが王子のために働いたってバレてしまうじゃないか。まったくスウミは単純だねえ」と、父はからからと笑った。
それにしても、なぜ食べ物ばかりなんだろう。それも日持ちがするようなものばかりだ。やっぱり食うに困っていると思われているのだろうか。実際のところそのとおりなので、食料をいただけるのは大変ありがたかった。個人的にはサクランボのシロップ漬けの瓶詰めが嬉しかった。日持ちするし、美味しいし、飾ってもいいし。寂しかった食品棚がにぎやかになった。
リオンからの手紙には続きがあった。
「追伸。まことに差し出がましいことではございますが、旅先の王子から指示が届きまして、お嬢様の衣装を贈らせていただいております。どうぞ馬に乗る際はこちらをご着用ください」
食品と一緒に、サクランボみたいな色の布が折りたたまれて瓶詰めの間に差し込まれていた。広げてみると、ズボンとシャツを縫い合わせて一体化させたような不思議な形をした服だった。背中にボタンがついていて、ここから脱ぎ着するようだ。
(確かにこれを着れば馬にまたがっても足は見えないから、変態って言われなさそう)
試着してみると、体を動かしやすいし、何よりベルトが要らないのが気に入った。
(これって清掃服にもぴったりかも! ベルトの金具をうっかり家具にぶつけて傷をつける心配が要らないし)
特にマノとビビカのような初心者は、清掃に合った服選びが難しいだろうから、会社が仕事着を用意してあげたほうが良いかもしれない。
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