二通のラブレター ~Silver, Snow, Song, and 妖精~

ゴオルド

文字の大きさ
上 下
2 / 10

第2話 長期的には規則正しい生活

しおりを挟む
 偉大なる作曲家フィリグリーさまは、ルタルカ王都の大運河沿いに建つ煉瓦造りのアパートメントの一室にお住まいです。ぼくはそこに住み込みで働いている健気な使用人です。

 日ごろ、ご主人さまは部屋に引きこもって、ただひたすら小型ピアノに向かい、ああでもない、こうでもないと唸っては七線譜にペンを走らせ、作曲に行き詰まるとパーティーなどに出かけていき、きれいな女性に一目惚れして速攻で振られて再び引きこもるという、長期的に見たらきわめて規則正しい人生を送っていらっしゃいます。

 ぼくは、そんなご主人さまに対して、そろそろ散髪に行かれてはどうですかと提案したり、そんなくたびれた服を着ていたら淑女の皆さまからひんしゅくを買いますよと助言したりして、うるさがられるのが主な仕事です。

 手のあいたときには洗濯をしたり、食事をつくったりもします。

 でも、お部屋の片付けはしていません。ぼくが最初にここにきた一年前には、この埃っぽくてちょっと臭う、ゴブリンの巣穴みたいなお部屋を掃除しようと試みたんですが、ご主人さまが「勝手にものを動かすな」と怒ったので、すぐに諦めました。生きていく上では掃除とか整理整頓とかいったものなんてそんなに大事なことではないと割り切ることにしたんです。

 埃のたまった汚い部屋、だらしのない服装、伸び放題の髪。作曲に行き詰まったとき、ご主人さまは爪を噛む癖があるので、爪もがたがたでひどいものです。

 そんなご主人さまが作り出す音楽は、透き通った硝子細工のように繊細で美しいんですから、一体どういう魔法なんでしょうね。

 たまにルタルカ王宮で開かれる舞踏会なんかにご主人さまに同行し、楽団の演奏する優美な曲を耳にしたとき、「これが私のつくった曲だ」なんて言われると、もうビックリして腰が抜けそうになります。せっかくの音楽がほんと台無しですよ、教えてくれなくてよかったのにとすら思います。

 貴族令嬢たちがうっとりと曲に聞き入っているのを見ると、もはや詐欺みたいなもんだなと思います。

 ご主人さまは、見た目はあれですけど、こんなに綺麗な音楽をつくれるのですから、きっと心は綺麗な方なのでしょう。

「ああ、なんでこんなダメメイドを雇ってしまったのか。私は作曲家としては、あの女たらしのヴェルメイユなんかには決してひけをとらないというのに、人を見る目だけは神は授けてくださらなかったようだ。とりわけ女とメイドを見る目に関しては」

 短気で、気むずかしくて、壁越しにお隣さんと喧嘩するし、身なりに気を遣わないし、衛生観念が皆無な上に、メイドに嫌味を言うような人ですけど、心は綺麗なんでしょう、きっと。
 あーあ、こんなに素晴らしいご主人さまだというのに、どうして女性に振られてばかりなのか、ぼくには全然わかんないなあー。

 そのとき、ごんごんごん! と玄関のほうから大きな音がしました。誰かが遠慮がちにノックしているようです。早朝ですもんね。ドアが破壊されそうな勢いの慎ましいノックです。エレガントで礼儀作法にうるさいとかいう森の妖精エルフでもやってきたんでしょうか? あっ、今、ドアを蹴りましたね。いやあ、すごい妖精だなあ。ぼくはがさつな人間だから、お上品な妖精さんの相手なんてしたくないなあ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

ヤンデレトナカイと落ちこぼれサンタクロースの十二月二十四日

橙乃紅瑚
恋愛
落ちこぼれと呼ばれるサンタクロースの女の子と、愛が重いトナカイの獣人が、子供の願いを叶えるために奮闘する話。 ※この小説は他サイトにも掲載しています。 ※表紙画像は「かんたん表紙メーカー」様にて作成しました。 ※性的描写が入る話には「★」をつけています。 (フリースペースに小ネタへのリンクを貼り付けています。よろしければ見てみてください!※ネタバレ有)

この魔法はいつか解ける

石原こま
恋愛
「魔法が解けたのですね。」 幼い頃、王太子に魅了魔法をかけてしまい婚約者に選ばれたリリアーナ。 ついに真実の愛により、王子にかけた魔法が解ける時が訪れて・・・。 虐げられて育った少女が、魅了魔法の力を借りて幸せになるまでの物語です。 ※小説家になろうのサイトでも公開しています。  アルファポリスさんにもアカウント作成してみました。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

処理中です...