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第1話 国で2番目に人気がある音楽家
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12月も下旬となり、惚れっぽくて振られやすいという難儀な体質のご主人さまは、今年の振られ回数がついに20回に達しました。
クリスマス・デイの今朝は、まるでご主人さまの心を反映するかのように、この冬一番ってぐらいの冷え込みとなりました。
お日様が遠慮がちに雲の間から顔を覗かせても、ちっともほかほかなんてしなくて、こんな日は仕事なんかやめてベッドでぐずぐずしていたいと誰だって思ってしまうことでしょう。
その証拠に、もう日が昇っているというのにまだ馬車が通る音が聞こえてこないし、街の中心部を縦横無尽に流れる河川運河のカナルボートの発着を告げる水先案内人の歌うような声もしません。街ごと深い海の底に沈んでしまったかのように静かで冷たい朝でした。
それなのに! ぼくのご主人さまときたら、いつもの時間きっかりに起き出し、何やら部屋でごそごそした後、大股でキッチンまでやってくると、ケトルでお湯をわかしているぼくを元気いっぱいに罵りました。
「コーム! あれだけ言ったのに、新しいインクを買ってきていないなんて、一体どういうわけだ」
まだ暖炉に火も入れていないせいでしょう、ご主人さまは白い息を吐いて、ついでに汚い言葉も吐いてきます。
「このダメメイド! 役立たず!」
「はいはい、済みませんね、インクのことはうっかり忘れてたんです、きょうの午後にでも買いにいきますよ。あとですね、ぼくは男の子ですから、メイドじゃないんですよね。ぼくは使用人、召使い、執事……? ともかくメイドじゃないです。あと役立たずってのもひどくないですか? こんなに健気にご主人さまに尽くしてい・る・の・に!」
「口答えするな、コーム!」
大声で怒鳴られて、ぼくはわざとらしく両手で耳を押さえてみせました。
「わ、なんて立派な声量でしょう。鼓膜が破れてしまうかと思いました。これならいつでも声楽家に転向できますね」
その時、どかん、という物音が壁からしたので、二人同時に壁のほうを向きました。
「朝っぱらからうるさいんだよ! こっちはまだ寝てるっていうのに大騒ぎしてさ。あんたには良識ってもんがないのかい!」
もう一度、どかん。お隣の部屋にお住まいのマダムが壁を蹴っていらっしゃるみたいです。ついでにお隣で飼われている犬が、壁越しに威嚇するみたいに吠えました。
「あらら、お隣さんが怒ってますよ、ご主人さま」
「知ったことか! バカ犬も黙れ!」
ご主人様が壁にキスできそうなほど近づいて罵ると、犬はさらに甲高い声でわめきました。
「あの、ご主人さま、そのバカ犬ですけど、お隣さんが言うには、きのう、このアパートメントの共用階段の板の割れ目に足をつっこんでしまって、足を折ったそうですよ。可哀想に」
「だから何だ」
不満そうなお顔をされていますが、その声はさっきより幾分小さくなっていました。喧嘩相手が勢いをなくしたのを感じ取ったのか、犬も黙りました。再び静かな朝が戻ってきました。
ご主人さまはむすっとした顔で壁から離れると、食卓につきました。ああ、そろそろ朝ご飯の時間ですもんね。まだ用意してませんけど。
「まったく、コームときたら、十六歳になったばかりのくせに口だけ一人前になって。やっぱりおまえなんて雇うんじゃなかった。若いから素直で従順かと思ったら、とんでもない。口から生まれたような男メイドだ」
ぶつぶつ文句を言っています。だから、男はメイドじゃないんですってば。何回言えば理解してくれるのかしら。この白いシャツとゆったりした黒いズボンのせいでメイドっぽく見えるのかしら。
今度黄色いしましまのシャツと真っ赤なズボンでも買ってみようかなと思います。あと猫耳カチューシャも。きっと怒られるだろうなあ。作曲に集中できなくなるとかなんとか言われて。
そうそう、ぼくのご主人さまは作曲家なんですよ。フィリグリー・シルバーといえば、このルタルカ魔道王国で知らない人はいないんじゃないでしょうか。この国で2番目に人気のある作曲家です。1番じゃなくて、2番人気です。
クリスマス・デイの今朝は、まるでご主人さまの心を反映するかのように、この冬一番ってぐらいの冷え込みとなりました。
お日様が遠慮がちに雲の間から顔を覗かせても、ちっともほかほかなんてしなくて、こんな日は仕事なんかやめてベッドでぐずぐずしていたいと誰だって思ってしまうことでしょう。
その証拠に、もう日が昇っているというのにまだ馬車が通る音が聞こえてこないし、街の中心部を縦横無尽に流れる河川運河のカナルボートの発着を告げる水先案内人の歌うような声もしません。街ごと深い海の底に沈んでしまったかのように静かで冷たい朝でした。
それなのに! ぼくのご主人さまときたら、いつもの時間きっかりに起き出し、何やら部屋でごそごそした後、大股でキッチンまでやってくると、ケトルでお湯をわかしているぼくを元気いっぱいに罵りました。
「コーム! あれだけ言ったのに、新しいインクを買ってきていないなんて、一体どういうわけだ」
まだ暖炉に火も入れていないせいでしょう、ご主人さまは白い息を吐いて、ついでに汚い言葉も吐いてきます。
「このダメメイド! 役立たず!」
「はいはい、済みませんね、インクのことはうっかり忘れてたんです、きょうの午後にでも買いにいきますよ。あとですね、ぼくは男の子ですから、メイドじゃないんですよね。ぼくは使用人、召使い、執事……? ともかくメイドじゃないです。あと役立たずってのもひどくないですか? こんなに健気にご主人さまに尽くしてい・る・の・に!」
「口答えするな、コーム!」
大声で怒鳴られて、ぼくはわざとらしく両手で耳を押さえてみせました。
「わ、なんて立派な声量でしょう。鼓膜が破れてしまうかと思いました。これならいつでも声楽家に転向できますね」
その時、どかん、という物音が壁からしたので、二人同時に壁のほうを向きました。
「朝っぱらからうるさいんだよ! こっちはまだ寝てるっていうのに大騒ぎしてさ。あんたには良識ってもんがないのかい!」
もう一度、どかん。お隣の部屋にお住まいのマダムが壁を蹴っていらっしゃるみたいです。ついでにお隣で飼われている犬が、壁越しに威嚇するみたいに吠えました。
「あらら、お隣さんが怒ってますよ、ご主人さま」
「知ったことか! バカ犬も黙れ!」
ご主人様が壁にキスできそうなほど近づいて罵ると、犬はさらに甲高い声でわめきました。
「あの、ご主人さま、そのバカ犬ですけど、お隣さんが言うには、きのう、このアパートメントの共用階段の板の割れ目に足をつっこんでしまって、足を折ったそうですよ。可哀想に」
「だから何だ」
不満そうなお顔をされていますが、その声はさっきより幾分小さくなっていました。喧嘩相手が勢いをなくしたのを感じ取ったのか、犬も黙りました。再び静かな朝が戻ってきました。
ご主人さまはむすっとした顔で壁から離れると、食卓につきました。ああ、そろそろ朝ご飯の時間ですもんね。まだ用意してませんけど。
「まったく、コームときたら、十六歳になったばかりのくせに口だけ一人前になって。やっぱりおまえなんて雇うんじゃなかった。若いから素直で従順かと思ったら、とんでもない。口から生まれたような男メイドだ」
ぶつぶつ文句を言っています。だから、男はメイドじゃないんですってば。何回言えば理解してくれるのかしら。この白いシャツとゆったりした黒いズボンのせいでメイドっぽく見えるのかしら。
今度黄色いしましまのシャツと真っ赤なズボンでも買ってみようかなと思います。あと猫耳カチューシャも。きっと怒られるだろうなあ。作曲に集中できなくなるとかなんとか言われて。
そうそう、ぼくのご主人さまは作曲家なんですよ。フィリグリー・シルバーといえば、このルタルカ魔道王国で知らない人はいないんじゃないでしょうか。この国で2番目に人気のある作曲家です。1番じゃなくて、2番人気です。
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