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第二十九話 本心は
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告げられた真実と覚悟は重いものだった。けれど正直私はそれよりももっとほかのことが知りたかった。
風名さんが夜魔で、辰様も半分夜魔で、辰様は青帝を食べてしまって、その罪を償おうとしている。青帝のかわりに風名さんと天界に戻ろうとしている。それ以外のこと。もっと大事なことがある。
「お話はわかりました。でも、辰様の幸せは、そこにあるのでしょうか」
私が気に掛かるのは、その一点だけ。
「風名さんと一緒に天界に行って、それで辰様は幸せなのですか」
返事がない。辰様は悲しげに目を伏せた。私は詰め寄る。
「辰様!」
「……私の中にのこる青帝は、風名を愛しているのです。ですから、風名とともに天界に還るのは、決してつらいことではないのです。私は、風名を愛しています」
「辰様が愛する人は風名さん、それで間違いないのですか」
息が掛かるほど近くに寄った。辰様は怯えるようにのけぞって距離を取った。
「……はい、間違いないです」
「どうして目を逸らすんですか」
「逸らしてないです、ちょっと、あの、向こうに気になるものが見えた気がして」
「そんなものはありません!」
「ひ、陽葉瑠……」
辰様は相変わらず目を合わせない。
「辰様は本当に風名さんを愛しているのですね。風名さんと一緒になれたら幸せなのですね」
「……はい」
「私よりも好きなんですね。私といるより風名さんといるほうが幸せなんですね」
また返事がない。
「返事をしてください」
「……いじめないでください、陽葉瑠……」
「いじめてません。本当のことを答えてほしいだけです」
ああ、と溜息にも似た声が漏れた。
「……私は夫として風名をつれて天界に戻らないと……そうしないと、おそらく風名は絶望してしまい、世界が夜魔で溢れてしまうのです……世界が滅びます」
「そんなのは私たち紅飛斗がなんとかしますから、辰様が心配しなくて大丈夫です!」
私は辰様の両手を掴んだ。
「だから、本当の気持ちを聞かせてください。辰様、本当に風名さんと一緒に行きたいのですか。……私が辰様に行ってほしくないとお願いしても? それでも行ってしまうのですか」
掴んだ手は、まるで力が入らないようにぐったりとしている。
しばらくの間、お互い黙っていた。
どれぐらいの時間を待っただろう。辰様は私の手をそっと外した。
ならば、私はもう何も言えない。何も言うことができない。それなのに言葉が勝手に口からこぼれていく。
「嫌です……私、辰様に幸せになってほしかったのに。本当に風名さんを心底愛しているのなら、ちゃんと送り出せたのに……」
私と辰様の間には、血の制約がある。
私のそばにいてほしいと命じたら、ずっと一緒にいてくれる。
でも……。それで辰様が幸せになれるのだろうか。答えが出せない。
辰様が強い目で私を見つめた。
「私は青帝殺しの大罪人なのです。この世界に神産みの箱を遣わしたのは青帝。私はいわば親殺しのようなもの。罪を償う機会があるのなら、背を向けるわけにはいきません。しかも夜魔ですから、嫉妬を抑えられない。私は永遠に陽葉瑠を独占しようとすることでしょう。陽葉瑠が泣いて許しを請うても、離してやれない。陽葉瑠は知らないでしょう、私はいつだってあなたの全てを食らいつくしたいぐらいに欲しがっている。ずっと飢えていて、どんなに抱いてもまだ足りない。だから、離れるのは陽葉瑠のためでもあるのです。人間の男と幸せになってほしい。でも、目の前にいたら絶対に許せないから、その男を殺さずにはいられないから、もう会えないほうが良いと思ったのです……」
私はかぶりを振る。理屈はわかるけれど、心が納得していない。
「嫌です。行かないで……」
辰様はわずかに身じろぎした。ぐっと口を結んで体をかたくして、再び目をそらす。
「……それと、神産みの箱に戻る時期ですが、梅の咲く頃まではこの村にいたいと風名が言うのです。還るのは人間の世界を楽しんでからにしたいと。ですから、もし人間の男と……そういうことになるのでしたら、梅の開花まで待ってほしいのです。私の勝手なわがままですが、陽葉瑠だって愛する人を殺されたくないでしょう?」
聞きたいのはそんな話じゃないのに。
違う言葉を聞きたかったのに。
「う……ひっく……うう……」
こらえきれずに涙がこぼれた。
辰様は気遣わしげに私に伸ばした手を、しかし、引っ込めてしまった。
夜空が三日月を見失ってしまった頃。
一緒に村に戻った。
村の通用門のところで別れ、別々の道を行く。自宅へ続く道をひとり歩きながら、私は何度も振り返った。辰様は門のかがり火のそばに立ち、ずっと私を見守っていた。振り返っても姿が見えなくなるぐらい離れるまでずっと。
風名さんが夜魔で、辰様も半分夜魔で、辰様は青帝を食べてしまって、その罪を償おうとしている。青帝のかわりに風名さんと天界に戻ろうとしている。それ以外のこと。もっと大事なことがある。
「お話はわかりました。でも、辰様の幸せは、そこにあるのでしょうか」
私が気に掛かるのは、その一点だけ。
「風名さんと一緒に天界に行って、それで辰様は幸せなのですか」
返事がない。辰様は悲しげに目を伏せた。私は詰め寄る。
「辰様!」
「……私の中にのこる青帝は、風名を愛しているのです。ですから、風名とともに天界に還るのは、決してつらいことではないのです。私は、風名を愛しています」
「辰様が愛する人は風名さん、それで間違いないのですか」
息が掛かるほど近くに寄った。辰様は怯えるようにのけぞって距離を取った。
「……はい、間違いないです」
「どうして目を逸らすんですか」
「逸らしてないです、ちょっと、あの、向こうに気になるものが見えた気がして」
「そんなものはありません!」
「ひ、陽葉瑠……」
辰様は相変わらず目を合わせない。
「辰様は本当に風名さんを愛しているのですね。風名さんと一緒になれたら幸せなのですね」
「……はい」
「私よりも好きなんですね。私といるより風名さんといるほうが幸せなんですね」
また返事がない。
「返事をしてください」
「……いじめないでください、陽葉瑠……」
「いじめてません。本当のことを答えてほしいだけです」
ああ、と溜息にも似た声が漏れた。
「……私は夫として風名をつれて天界に戻らないと……そうしないと、おそらく風名は絶望してしまい、世界が夜魔で溢れてしまうのです……世界が滅びます」
「そんなのは私たち紅飛斗がなんとかしますから、辰様が心配しなくて大丈夫です!」
私は辰様の両手を掴んだ。
「だから、本当の気持ちを聞かせてください。辰様、本当に風名さんと一緒に行きたいのですか。……私が辰様に行ってほしくないとお願いしても? それでも行ってしまうのですか」
掴んだ手は、まるで力が入らないようにぐったりとしている。
しばらくの間、お互い黙っていた。
どれぐらいの時間を待っただろう。辰様は私の手をそっと外した。
ならば、私はもう何も言えない。何も言うことができない。それなのに言葉が勝手に口からこぼれていく。
「嫌です……私、辰様に幸せになってほしかったのに。本当に風名さんを心底愛しているのなら、ちゃんと送り出せたのに……」
私と辰様の間には、血の制約がある。
私のそばにいてほしいと命じたら、ずっと一緒にいてくれる。
でも……。それで辰様が幸せになれるのだろうか。答えが出せない。
辰様が強い目で私を見つめた。
「私は青帝殺しの大罪人なのです。この世界に神産みの箱を遣わしたのは青帝。私はいわば親殺しのようなもの。罪を償う機会があるのなら、背を向けるわけにはいきません。しかも夜魔ですから、嫉妬を抑えられない。私は永遠に陽葉瑠を独占しようとすることでしょう。陽葉瑠が泣いて許しを請うても、離してやれない。陽葉瑠は知らないでしょう、私はいつだってあなたの全てを食らいつくしたいぐらいに欲しがっている。ずっと飢えていて、どんなに抱いてもまだ足りない。だから、離れるのは陽葉瑠のためでもあるのです。人間の男と幸せになってほしい。でも、目の前にいたら絶対に許せないから、その男を殺さずにはいられないから、もう会えないほうが良いと思ったのです……」
私はかぶりを振る。理屈はわかるけれど、心が納得していない。
「嫌です。行かないで……」
辰様はわずかに身じろぎした。ぐっと口を結んで体をかたくして、再び目をそらす。
「……それと、神産みの箱に戻る時期ですが、梅の咲く頃まではこの村にいたいと風名が言うのです。還るのは人間の世界を楽しんでからにしたいと。ですから、もし人間の男と……そういうことになるのでしたら、梅の開花まで待ってほしいのです。私の勝手なわがままですが、陽葉瑠だって愛する人を殺されたくないでしょう?」
聞きたいのはそんな話じゃないのに。
違う言葉を聞きたかったのに。
「う……ひっく……うう……」
こらえきれずに涙がこぼれた。
辰様は気遣わしげに私に伸ばした手を、しかし、引っ込めてしまった。
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村の通用門のところで別れ、別々の道を行く。自宅へ続く道をひとり歩きながら、私は何度も振り返った。辰様は門のかがり火のそばに立ち、ずっと私を見守っていた。振り返っても姿が見えなくなるぐらい離れるまでずっと。
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