【完結】神産みの箱 ~私が愛した神様は

ゴオルド

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外伝 恋愛なんてもうこりごり! 今度こそ平和に暮らします!

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「別れてよ」
 私がそう切り出すと、星樹せいじゅは「はいはい」と言って、汁物をすすった。

 すっかり成長し、大人の男になった星樹は、こうして敷物の上に座っていると、父とうり二つの容姿をしている。短く切った髪と青い瞳だけは二人の鑑別を容易にしているが、それ以外は生き写しのよう。ただ息子のほうが若くて、意地が悪くて、女好きそうで、あとは何だっけ、とにかく一筋縄ではいかない性格なのがにじみ出ているから、まとう雰囲気は全然違うのだけれど。

「ねえ、ちゃんと聞いてよ。私、別れたいの」
 わかった、わかった、そんな感じで聞き流される。
 いらつく。どうしてこの人はこうなのか。昔からそう。私が真剣に話していても、ちゃんと向き合ってくれない。


「風名、きょうはあなたの十八の誕生日なのだから、きょうぐらいは別れ話はやめたら……?」
 母が私に朝食の握り飯を手渡しながら、のんきなことを言う。
「十八の誕生日だからこそ、大事な話をしたいのよ」
「大事な話っていうか、もう何年もずっと同じ話をしてるよねえ」
 妹の美璋みしょうが、おっとりとした口調でつぶやく。美璋はもうすぐ十五になる娘で、両親のぼんやりしたところを過剰に受け継いでいる。話し方ものろのろ、もたもた、という感じで、姉の私からしょっちゅう話を遮られているのに、にこにこ笑って私のあとをついてくるような可愛いやつだ。

 美璋に毒気を抜かれて、受け取った握り飯にかぶりつく。中に塩漬けの菜が入っていて美味しいやつだった。まったくもう。

「みんな、おはよう」
 父がのんきそうな顔で室内に入ってきた。長い黒髪を後ろでゆるく結んでいる。私と目が合って、にっこり微笑む。
「ああ、風名。きょうはお誕生日ですね、おめでとう」
 不機嫌さを隠そうともしない娘を見て、どうしてそうのんきに祝福の言葉なんか言えるのか。ちょっとは空気を読め、父。
 星樹が椀から顔を上げた。
「そうだ、きょうは釣りにいこうと思うのだが、お父様も一緒にいかがだろう」
「ええ、風名のために鯛を釣ってあげましょうね。あと小鮫も釣ってきましょうか?」
 父の言葉に、母が頷いた。
「いいなあ、私も行きたいなあ」
 美璋がのんびりと主張する。
「美璋は行っちゃだめ」
「え、なんで?」
 そんな情けない顔でこっちを見るな。
「だって、美璋は私と一緒に天界に帰るんだから」

「……天界?」
 全員の声が見事に重なった。

「まだ早いだろう」
 と星樹。
「何よ、十八まで待てといったのはあなたでしょう。私はちゃんと待った。だから、もう帰る。早いと思うのなら、星樹は残ればいいんだわ。私は帰るの、美璋と一緒に」
「そ、そうなの? え、二人で?」
 母がうろたえている。
「天界はとても美しく、病も老いもない世界なの。そこに人間の身でありがなら住まうことが許されるなんて、むしろありがたく思わなくてはいけないわ」
「ええ……そうなの……?」
 母は父に顔を向けた。父は握り飯を持ったまま唸った。
「……美璋は天界に行きたいですか?」
 父に問われ、可愛い妹は、なぜか考え込んだ。どうして即答してくれないの。
「……よくわかんない」
「嘘よ! 信じられない。だって前に行きたいって言ったじゃない!」
「それは……言ったかも……しれないけど……」
 なんという歯切れの悪さ。
「風名は天女なんだから、天界に戻りたいというのなら、それはお母さんもわかるんだけど……。でも、どうして妹を連れていきたいの」
「それは……話し相手が欲しいんだもの」
 首をかしげる母に、私は星樹を指さしてみせた。
「だって天界には、この浮気男の妻が98人もいて、その女たちとしゃべる気にはならないし、もともとの妹は私が殺しちゃって、だから、かわりの妹が要るの!」
「私、かわりの妹なんだ……」
 失言に気づいて、私は慌てる。
「いや、かわりってのは、そういう意味じゃなくて……私が話をしたいと思えるのは妹だけで、そういう意味で……」
「俺がいるだろう、風名。いくらでも話し相手になってやるぞ」
 気づけばすぐ隣に星樹が来ていた。
「だから! あんたとはもう別れるって何年言えばいいわけ? というか、あんたは98人といちゃいちゃしていればいいんだわ。私はもう恋愛も浮気男もこりごりなの!」
 若い頃の父そっくりに成長した星樹は、いや、父よりずっと性格の悪さが顔ににじみ出ている星樹は、口の端を上げて、私に顔を寄せた。
「そんなことを言って……俺ほどの男のことを忘れられるわけが……ぐうっ」
 私は星樹の股間を蹴りつけてやると、妹の手をとって家を飛び出した。妹はまだ握り飯を食べている途中で、だから手がべとべとしていた。



「お姉ちゃん」
「なによ」
 妹は砂浜の波打ち際で手を洗うと、両手をぷるぷる振りながら、私のほうを振り返った。
「私、天界に行ってもいいけど、でも、お願いがあるの」
「何」
 私も波に手を濡らしながら、答える。
「あのね、天界にはお母さんとお父さんとお兄ちゃんも一緒に行きたいの」
 私は黙り込む。今なんて言った? お兄ちゃんも? 無理に決まってるでしょ、さっきの話を聞いてなかったのかしら、この子。
「だって家族だもん」
「……だめよ。星樹だけは嫌」
「じゃあ、私も行かない」
 溜息を吐く。まったくもう。
「お姉ちゃん、あのね、お兄ちゃんは本当にお姉ちゃんのことが好きなんだよ。本当に本当に好きなんだよ」
「……だとしても、あいつはほかに妻が98人もいるのよ」
「それは……よくわかんないけど……」
 それにさ、と続ける。
「私たちだけ天界に行ったとしても、お兄ちゃんもすぐ後を追いかけてこられるわけでしょう。だったら別々に行っても、一緒に行っても同じじゃない?」
「……そうね」
 それは確かにそうなのだ。天界に戻っても、また顔を合わせることになる。そこで閃いた。
「そうだわ、じゃあ、この世界で新天地を探したらどうかしら。そうだわ、それがいい。旅に出るわよ!」
「え? お姉ちゃん?」
 私は再び妹の手をとって、歩き出した。
 着の身着のまま、これから旅に出るのだ。人間なら無謀な行為だろうけれど、私だって天女のはしくれ。多少の力は使える。きっとうまくいく。今度こそ新天地で心穏やかな人生を送るのだ!


 そう思ったのに……。


「なんでいるのよ!」
 村の通用門で星樹が待ち構えていた。
「愛だろうな。愛しているから、風名は今どんな気持ちだろう、何を考えているだろう、そんなことを常に考えている。その結果、行動が先読みできる」
「気持ち悪……」
 愛されるというのは、こちらの愛が冷めてしまうと、気持ちの悪いものなのだなということを私は初めて知った。
「三人で、世界を回ろう。飽きたら村に戻ってもいいし、天界に戻ってもいい」
「ちょっと、私はあんたと一緒に行くなんて言ってないけど」
「あ、お母さんにいってきますって言ってこなきゃ。あと着替えも持っていきたいし、一旦家に帰るねえ」
 とめる暇もなく、妹は走っていった。

「愛してる」
「本当、気持ち悪い」
「愛してる」
「しつこいし」
 星樹は溜息を吐いた。
「一体何が不満だ。どうしたら満足するんだ。教えてくれ、風名」
「だから! 別れてくれたらそれでいいの! 私は恋愛とは無縁の人生をここで送るんだから、放っておいて」
「放っておけるはずがない。それに恋愛と無縁の人生などと言うが、それだけの色香を放ちながら、どうやって人間の男の手から逃げようというのだ。どうせまたろくでもない男にひっかかるのがオチだろう」
「い、言わせておけば……!」
「同じ過ちを繰り返すな。また妹を殺すことになってもいいのか」
 全身から血の気が引く。言われるまでもない。もう二度とあんな思いはしたくなかった。激情にまかせて妹を……。ああ、何も思い出したくない。
「では、こういうのはどうだ。俺は兄として、おまえたち姉妹の旅についていく。本当に兄としてだ。もう風名を妻として扱うことはしない。そうして、風名が過ちをおかさないよう見守ろう。それならいいだろう」

 嫌だ。しかし、どう言ったところでこの男はついてくるのだろう。

「本当に兄としてよ。変なこと言ったり、したりしないでよ」
「わかってる」
「約束なんだから。絶対守ってよ」
「ああ」
「……なら、いいわよ、一緒に行っても」
 そのときの星樹の勝ち誇ったような顔を見て、不安が胸の中で膨らんだ。やはり拒絶すべきだったかしら。
「……風名は本当に可愛いな。男は約束を守るものだと思っているのだろう。それだからすぐ男に騙されるのだぞ」
「はあ? 何よそれ、どういう意味……」


「お姉ちゃーん」
 振り返ると、大荷物を抱えた妹が、走っているように見えるけれども歩いているぐらいの速さでこちらに向かってきており、その向こうから両親が手を振りながら、歩いてきていた。


<終わり>


 
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みんなの感想(1件)

月影 流詩亜(旧 るしあん)

カクヨムの近況ノートから来ました。

ゆっくりですが、読ませて頂きます。

ゴオルド
2024.04.01 ゴオルド

お越しいただきありがとうございます!

気が向いたときにでも読んでいただければありがたいです! どうぞよろしくお願いいたします。

解除

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