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第十八話 運命の出会い 辰と風名
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見上げれば空の端は赤く染まり始め、黒っぽい山々が村のすぐそこまで迫っているかのような錯覚を覚える。
そろそろ宴の始まる頃合いだ。
波の音を聞きながら砂浜を歩き、料理を運び終えた私は、会場を見回した。
砂浜には宴の会場が設けられていた。浜黒棗の木陰に敷物を敷いて、座卓を並べ、人用の酒、神様用の酒が並べられている。料理は今まさに運ばれている最中だ。
私は卓上においたばかりの料理に視線を落とした。こぶりのあわびが湯気を立てている。あたたかいうちに食べてほしいところだが、宴なのだから、そうもいかないのだろうな。
今夜の料理は、紅飛斗たちが子葉の調理場でつくっている。紅飛斗長が提案した夕浜の宴なので当然そうなる。客は紅飛斗、もてなす側も紅飛斗という、身内の宴だった。
私は貝を蒸し、手先の器用な先生が鯛を見事にさばいた。
料理はでき上がったそばから浜辺に運ばれた。蒸した貝、鯛の刺身を酢味噌で和えたもの、塩焼きした鰤、炊いたご飯に菜茹という汁物には蕪菁が入れてある。隣村と交換して手に入れた蕪菁だ。
帰還した子葉生である芽那たちはもてなしを受ける側なので、もちろん手伝いなどさせず、砂浜の席でくつろいでもらう。辰様も、芽那たちと並んで座った。
私は給仕しながら様子を見ていたが、子葉生のみんなは辰様を間近に見るのは初めてだからか、少し緊張しているようだった。
辰様は三人に村のことを質問していた。辰様のことだから、場を和ませようとの気遣いだろう。でも玖鎖良も芽那もふざけることなく大人しくしている。芭連がきまじめに答えるものだから、まるで仕事の話でもしているかのような堅苦しい雰囲気だ。
それでも、辰様は村人と話ができて嬉しそうだった。
ナマコのようなお姿だったころは引きこもっていたし、新しいお姿になってからも天人廟に引きこもりがちなので、これまで村人と交流することはほとんどなかった。今回は良い機会となったようだ。宴を提案してくれた村長に私は感謝した。
空がさらに暗くなり、星がまたたき始めたころ、その女性はあらわれた。
ほっそりした体を赤い小袖に包み、黒い帯を締めている。髪は濡れたように黒い。
村長に連れられてやってきた彼女こそ、全紅飛斗の憧れ、旗星だ。
いつも夜魔退治で山にいるから、滅多に村には帰ってこない。早くに身内をなくし、今では家もないとかで、紅飛斗長の屋敷に居候している。
小柄だが腕利きで、大型の夜魔も一撃で倒す。彼女の操る杖は流れ星のように歪みのない素早い軌跡を描くという。
しかし、何より話題になるのは、その美貌だ。
あどけなさを宿した整った顔立ちは、純真無垢な子どものようで、それでいて形のよい唇は椿の花より赤く、妖艶だ。年は確か二十代半ばだったはずだが、それで旗星に選ばれるのだから、十八歳で紅飛斗になってからどれだけ多くの夜魔を葬ってきたかがわかる。
以前、留園先生が彼女――風名さんと話しているのを見たことがあるが、先生は彼女と目が合わないように必死だった。きっと目が合ったらおしまいだと先生も思っているのだろう。
風名さんは、人と目が合うと、にっこりと微笑む癖があった。それがあまりにも可愛らしくて、これが本当に旗星かと疑うほど蠱惑的なのだ。村の若い男のほとんどが彼女に夢中になり、けれど、彼女は誰とも親しくならず、ただ微笑み続ける。まるで男心を翻弄するように。
だから、その風名さんが頬を染めて辰様に微笑みかけたとき、胸の奥がざわっとした。いつもの余裕の微笑ではなく、彼女は少女のように目を輝かせていた。
でも、辰様はきっと微笑みに惑わされたりしないと信じていた。
しかし――。
辰様ははっと息をのんで、彼女をまじまじと見つめた。
そのとき辰様の心でどんな動きがあったのか……。
それきり風名さんのことばかり気にするようになってしまった。彼女を熱心に目で追っている。私のほうなんか見もしない。
「それじゃあ、宴を始めましょう」
紅飛斗長が挨拶し、それぞれが盃を手にとった。
「子葉生の皆さん、お疲れさまでした。無事帰還されて私も嬉しく思います。一月ほどでしたかね、きっと苦労をすることも多かったことでしょうが、実りも多かったに違いありません。また、副長も交渉がうまくいき……」
長い話が始まった。皆、盃を持ったまま、早く終わってくれと念じているのがわかる。
そんな中にあっても、辰様は風名さんだけを見つめている。
一体どうしたのだろう。不安でどきどきする。
視線を感じたのか、辰様が私のほうを向いた。
目が合うと、ばつが悪そうに視線を逸らした。それが一番ぐさりときた。
そろそろ宴の始まる頃合いだ。
波の音を聞きながら砂浜を歩き、料理を運び終えた私は、会場を見回した。
砂浜には宴の会場が設けられていた。浜黒棗の木陰に敷物を敷いて、座卓を並べ、人用の酒、神様用の酒が並べられている。料理は今まさに運ばれている最中だ。
私は卓上においたばかりの料理に視線を落とした。こぶりのあわびが湯気を立てている。あたたかいうちに食べてほしいところだが、宴なのだから、そうもいかないのだろうな。
今夜の料理は、紅飛斗たちが子葉の調理場でつくっている。紅飛斗長が提案した夕浜の宴なので当然そうなる。客は紅飛斗、もてなす側も紅飛斗という、身内の宴だった。
私は貝を蒸し、手先の器用な先生が鯛を見事にさばいた。
料理はでき上がったそばから浜辺に運ばれた。蒸した貝、鯛の刺身を酢味噌で和えたもの、塩焼きした鰤、炊いたご飯に菜茹という汁物には蕪菁が入れてある。隣村と交換して手に入れた蕪菁だ。
帰還した子葉生である芽那たちはもてなしを受ける側なので、もちろん手伝いなどさせず、砂浜の席でくつろいでもらう。辰様も、芽那たちと並んで座った。
私は給仕しながら様子を見ていたが、子葉生のみんなは辰様を間近に見るのは初めてだからか、少し緊張しているようだった。
辰様は三人に村のことを質問していた。辰様のことだから、場を和ませようとの気遣いだろう。でも玖鎖良も芽那もふざけることなく大人しくしている。芭連がきまじめに答えるものだから、まるで仕事の話でもしているかのような堅苦しい雰囲気だ。
それでも、辰様は村人と話ができて嬉しそうだった。
ナマコのようなお姿だったころは引きこもっていたし、新しいお姿になってからも天人廟に引きこもりがちなので、これまで村人と交流することはほとんどなかった。今回は良い機会となったようだ。宴を提案してくれた村長に私は感謝した。
空がさらに暗くなり、星がまたたき始めたころ、その女性はあらわれた。
ほっそりした体を赤い小袖に包み、黒い帯を締めている。髪は濡れたように黒い。
村長に連れられてやってきた彼女こそ、全紅飛斗の憧れ、旗星だ。
いつも夜魔退治で山にいるから、滅多に村には帰ってこない。早くに身内をなくし、今では家もないとかで、紅飛斗長の屋敷に居候している。
小柄だが腕利きで、大型の夜魔も一撃で倒す。彼女の操る杖は流れ星のように歪みのない素早い軌跡を描くという。
しかし、何より話題になるのは、その美貌だ。
あどけなさを宿した整った顔立ちは、純真無垢な子どものようで、それでいて形のよい唇は椿の花より赤く、妖艶だ。年は確か二十代半ばだったはずだが、それで旗星に選ばれるのだから、十八歳で紅飛斗になってからどれだけ多くの夜魔を葬ってきたかがわかる。
以前、留園先生が彼女――風名さんと話しているのを見たことがあるが、先生は彼女と目が合わないように必死だった。きっと目が合ったらおしまいだと先生も思っているのだろう。
風名さんは、人と目が合うと、にっこりと微笑む癖があった。それがあまりにも可愛らしくて、これが本当に旗星かと疑うほど蠱惑的なのだ。村の若い男のほとんどが彼女に夢中になり、けれど、彼女は誰とも親しくならず、ただ微笑み続ける。まるで男心を翻弄するように。
だから、その風名さんが頬を染めて辰様に微笑みかけたとき、胸の奥がざわっとした。いつもの余裕の微笑ではなく、彼女は少女のように目を輝かせていた。
でも、辰様はきっと微笑みに惑わされたりしないと信じていた。
しかし――。
辰様ははっと息をのんで、彼女をまじまじと見つめた。
そのとき辰様の心でどんな動きがあったのか……。
それきり風名さんのことばかり気にするようになってしまった。彼女を熱心に目で追っている。私のほうなんか見もしない。
「それじゃあ、宴を始めましょう」
紅飛斗長が挨拶し、それぞれが盃を手にとった。
「子葉生の皆さん、お疲れさまでした。無事帰還されて私も嬉しく思います。一月ほどでしたかね、きっと苦労をすることも多かったことでしょうが、実りも多かったに違いありません。また、副長も交渉がうまくいき……」
長い話が始まった。皆、盃を持ったまま、早く終わってくれと念じているのがわかる。
そんな中にあっても、辰様は風名さんだけを見つめている。
一体どうしたのだろう。不安でどきどきする。
視線を感じたのか、辰様が私のほうを向いた。
目が合うと、ばつが悪そうに視線を逸らした。それが一番ぐさりときた。
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