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第十七話 旗星と子葉生たちの帰還

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 世界が白くかすむほど強い日差しが降り注ぐ正午ごろ。子葉生たち帰還の知らせが村にもたらされた。もう村のすぐ近くまで来ているという。

 出迎えのため、家族や紅飛斗たちが広場に集まることとなった。私も留園先生も、もちろんお帰りなさいを言うために広場にやってきて、子葉生たちの家族とともに待つことにした。

 眩しい日差しに目を細め、芽那たちがやってくるであろう方を向いて立つ。

 しかし、なかなか姿を見せない。帰還を待ちわびているから、余計に待っている時間が長く感じた。
 親たちは雑談して待ち時間を潰していたが、目は常に門のあるほうを見ていて、話はあまり弾まない。それでも表情は明るかった。既に受け取った帰還の知らせにより、彼らの無事が確認できているからだ。広場には安堵の空気が漂っていた。
 近所の子どもたちもなんとなくそわそわした明るい空気を感じ取っているのか、ふだん遊び場にしている浜辺ではなく広場の近くを走り回っていた。

 いつもは静かな神産みの箱のまわりが、特別賑やかだった。

 しん様は来ていない。
 紅飛斗の卵の出迎えに神様を誘うのも変かなと思って、私が誘わなかったせいだ。でも、明るい表情で集まった人たちを見ていたら、ここに呼んでさしあげたい気持ちになった。
「先生、私、辰様を呼んできま……」
「あっ、帰ってきた!」
 誰かの一言で、わっと歓声が上がった。

 振り返ると、広場に向かって道を進む集団、その先頭を歩く父の姿が見えた。
「お、お父さん、こういうときは子葉生に先頭を譲ってあげてほしかった……」
 せっかくのみんなの晴れの舞台なのに。娘として微妙な気持ちになってしまう。父としては悪気はないのだろう。
「副長、みんなに手を振り返してるな。しかし、みんなは副長じゃなくて子葉生に手を振ってると思うんだが」
 留園先生の言葉に苦笑してしまう。
 父はこういうところがあるから、無神経だと村人たちから噂されてしまう村長と気が合うのかもしれないな。でも、細かいことを気にしないのは長所なんだと二人とも胸を張って言いそうだ。

 父のすぐあとに芽那めな玖鎖良くさら芭連ばれんと続き、指導役の紅飛斗たちも広場に入ってきた。

「陽葉瑠!」
 まっさきに私に気づいた芽那が、大きく手を振ってくれた。
「芽那!」
 駆け寄って、抱きつく。無事だと聞いていたけれど、実際に顔を見るまでは本当の意味で安心できなかったんだなと今気づいた。やっと心からほっとできた。
「お帰り! 無事で良かった」
「もちろん無事よ。でも大変だったわ」
 芽那は私の肩をぎゅっと掴んで、踊るみたいに左右に揺れた。つられて私も揺れる。
 揺れる視界の先に、玖鎖良と芭連の晴れ晴れとした顔が見えた。
「話したいことがいっぱいよ」
「私も! だって梅雨の時期から行ってたんだもの、本当に長いこと会えなかったよね。夜魔退治は大変だったでしょう?」
「そうね、でも夜魔退治よりも山暮らしのほうがきつかったかな。お風呂も入れないし」
「その割りには髪は相変わらず綺麗じゃない」
 艶やかな栗色の長い髪は陽光をはじいてきらきらしている。
「ここに帰ってくる前に、隣村でお風呂を使わせてもらったから……そうそう、そのときに陽葉瑠のお父さんと合流したのよ。あと旗星きせいも。旗星とは隣村の外でばったり」
「そうだったんだ」
 しかし、あたりを見回しても旗星の姿は見えなかった。
「旗星は?」
「村長……いや、紅飛斗長に一足先に会いにいったの。ほら、噂をすれば」
 見ると、村長がこちらにやってきているところだった。しかし、村長一人だ。

 父が村長へと小走りに駆け寄り、親しげに肩を抱いた。
「お喜びください、紅飛斗長」
「おお、副長、どうしました?」
「なんと鰺一匹につき、蕪菁かぶ一つと豆一さやで交渉をまとめてまいりました」
「やりましたな、副長。蕪菁二つよりすばらしい」
 そう言ってともに破顔した。どうやら交渉は目論見どおりにいったらしい。

「予定より帰還がおくれた。でも豊漁祭までに帰ってこられて良かったぜ」
 玖鎖良がそう言いながら近づいてきた。穏やかな顔をした芭連も一緒だ。芽那は私に抱きついたまま何も言わない。小さな違和感を覚えた。いつもだったら冗談の一つぐらい言うのに。豊漁祭なんて晩夏のお祭りだ。そんなにおそくなるわけがないでしょうぐらいは言いそうなのに。
 芽那は疲れているのかもしれない。きっとそうだ。だって一月以上も山暮らしをしたのだから。私はそう判断した。

「ところで」
 と、芭連が私に話しかけてきた。
「神産みの箱に警備がついているようだが。何かあったのか」
 杖を持ち、戦装束に身を包んだ紅飛斗が数人立っていることに気づいたようだ。彼らは交代で神産みの箱を守っている。

「実はこの前、村に夜魔の群れがやってきたの。それ以来、箱を警護するように紅飛斗長が指示を出されたんだよ」
 私がそう説明すると、玖鎖良が「え、でも」と言った。
「夜魔が村にやってくるのなんて珍しくないじゃん。だけど今までは箱の警護とかしてなかったよな」

「そんなことありませんよ」
 気づけば村長と父がすぐそばまでやってきていた。
「大事な箱に何かあっては一大事。これまでも守っておりましたよ。ただ、まあ、襲撃後も昼夜を問わず警護をつけたのは初めてですが」
「……何か感じられましたか」
 父がそう尋ねると、紅飛斗長は自分の頭を撫でた。
「いやあ、まあ、何となくですね。何となく……守ったほうがいいような予感といいますか」
 村長は箱を見上げた。夏の日差しを受けてもちっとも熱くならない、不思議な緑色の箱を。

「これから良くないことが起こる、そんな気がしてならないのですよ」

 みな、ごくりとつばを飲み込んだ。
 村長はゆるい感じの性格で、ちょっと発言が無神経なところもあるお方だが、紅飛斗長としての能力は確かだ。人をまとめるのに長けているだけでなく、異変を感じ取る力があった。その村長が、良くない予感を感じている。誰もが不吉な予感に顔を曇らせた。

「ああ、皆さんを怖がらせてしまいましたかな。いや、そんなに大げさに受け止めないでくださいよ。ただ、何となくそんな気がしただけですから。まあ、でも、注意はしておいたほうがいいでしょうけどね」
 村長はみんなの顔を見てから、付け加えた。
「私も、皆さんもね」

 しん、と広場が静まりかえる。

「いやはや、困りましたなあ、そんなに暗くなられましても。不測の事態を警戒するのは当然としても、気分まで落ち込んじゃいけません。そうだ、今宵は夕浜の宴をしませんか。子葉生も帰還したことですし、その上、旗星まで村にいる。滅多にないことです。辰様もお招きして、ぱあっとやりましょう」

 そういうわけで、一旦解散し、紅飛斗とその家族などが夕暮れ時に砂浜に集まることとなった。
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