【完結】神産みの箱 ~私が愛した神様は

ゴオルド

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第十二話 泣かないで

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 真昼でも、天人廟は薄暗かった。
 壁の上部に開けられた採光窓はあまりに小さくて、差し込む光は弱々しく、天井も床も照らすことができずにいる。きょうはやけに蒸していた。梅雨は明けたかと思ったのに、まだ早かったのだろうか。そのくせ漂う空気はもう夏のような熱を持っている。

 熱と湿度をはらんだ空気の満ちる暗がりの中で、碧色の透き通った瞳が私を見下ろしていた。その顔には何の表情もなく、ただじっと見ている。胸の鼓動が不穏に早まる。

 森の中で夜魔を一掃したあと、辰様は先生を担いで運んでくれた。こんな男はその場に置いてかえろうと主張した辰様だったが、それは絶対にだめだと私が強く拒絶すると、しぶしぶではあったが言うことを聞いてくれた。
 森を抜け、川を渡り、木立を通って、村まで帰ってこられたときは、ほっとした。
 通用門から防衛柵の内側に入るなり、辰様は先生を地面に投げ捨てるようにして、今度は私を抱き上げると、まっすぐにこの天人廟に連れてきた。

 戸をしめ、振り返った辰様は、黙ったまましばらく私を見ていた。何を考えているのか全然わからないが、これから起こることを望んでいるという感じではなかった。やがて両手を私に伸ばした。冷たい指先が頬と顎に触れて、目を閉じたら口づけられた。ああ、やっぱりこうなるんだなとなかば諦めの気持ちで受け入れる。

 森の中で先生に口づけしようとしていると誤解されたときから、多分こうなるんだろうなとわかっていた。予想が外れたらいいなとは思った。でも、ああ、やっぱり。
 もう辰様は来年まで待つ気はないのだ。
 まるで重い石を飲み込んだみたいに、胸の奥が重苦しい。
 でも私はかまわない。
 遅かれ早かれこうなることは決まっていたのだから。自分でもそれを受け入れているのだから。

 けれど……。

 唇を合わせている間も、留園先生のことが心配でならなかった。村に連れて戻れたのは良かったけれど、まだ意識はなかった。ちゃんと私の血で回復できたのだろうか。ほかにも何か手当すべきだったのでは……。どうか無事でいてほしい。

 ――先生……。

 熱い舌が口内でうごめいている。先生のことを案じていたら、舌を強く吸い上げられた。痛みに眉をしかめる。ほかの男のことを考えるなんて許さないとでもいうみたいだった。それでも逆らうことなくされるがままにしていたら、小さく音を立てて唇が離れた。

「逃げないのですね。これからどんな目に遭うのかわかっていないのですか」
「……」
「陽葉瑠が心底拒否すれば、私は指一本動かせないというのに」
 神様の綺麗な顔が歪んだ。
「嫌だと言って、私から逃げてくれたほうが、いっそ……」
 また泣いてしまわれるのだろうか。考えるより先に手が動き、辰様をなだめるように背中を撫でた。しかし、広い背がびくりと震えて、手は振り払われてしまった。

「やめてください、哀れみなど……怖がられるほうがずっとましです」
 ああ、もしかして、私が神様をどこか怖いと思っていることを、辰様は知っていたのだろうか。

 肩を掴まれ、床に押し倒された。貫頭衣の腰紐を解かれる。ずり上げていき、貫頭衣を脱がされた。帯をほどかれ、体をしめつけるものは何もなくなった。
 両手が頬を撫で、喉元に下がってきて、さらに下がって小袖の中に入る。ゆっくりと肌があらわになっていく。
 辰様の手が、まるで私の輪郭をなぞるように上半身を撫でていった。指先が胸のいただきに触れたとき、辰様はかすかに呻いた。

「陽葉瑠」
 神様が泣いている。涙をこぼさずに泣いている。
「私はやはり間違っているのです。正しい神ではないから、自分をとめることができない」

 着物の前身ごろがはだけて、外気に肌を晒すことになった。少し鳥肌が立っているのが自分でもわかる。怖い、のだろうか。確かにこれから起こることを考えたら、怖い気がする。それなら、どうして私は逃げないのだろうか。

 ――だって、辰様が泣いてしまうから。

 怖い。でもそれ以上に、悲しくて、苦しい。

「こんなのは間違っています。わかっているのに、どうにもならないのです」

 大きな手の平が、膝から内腿へと撫であげて、行き止まりに達すると、今度は指が動いてひだをかき分けるように愛撫した。指の腹で押すように入り口をほぐされて、息が乱れてしまう。何かが私の奥からあふれてくる感覚がする。ますます鳥肌が立ってくる。何かから逃れようとするみたいに辰様の肩に手を置き、そのままずり上がるように浮いた腰を掴まれて、床に押さえつけられる。

「だめですよ、陽葉瑠。もう逃がしません。だって愛おしくて、愛おしくて、私にもどうにもならないのですから……。あなたがほかの男のものになることを想像するだけで……、そんなことになる前に私のものにしてしまいたい」

 無意識に足に力が入り、膝を閉じた。でももう手遅れだった。指は私の一番奥まったところに既に入り込んでいる。

 辰様は指での愛撫を続けながら、もう片方の手で私の胸を撫でた。優しく揉みしだかれて、切なくなって涙がにじんだ。胸元に口づけされたとき、長い黒髪が私の肌の上に踊った。くすぐったくて身をよじると、辰様は身を離し、自分も服を脱いだ。

 裸になって、ぴたりと胸を合わせる。
 辰様のたくましい胸板に、私の胸とおなかが隙間なく密着した。皮膚をとおして熱と鼓動が伝わってくる。燃えるように熱くて、どくどくと早く強く脈打っている。
 しばらく無言で抱き合っていたが、やがて辰様は意を決したように身を起こし、それを私の秘部に押し当てた。
「……っ」
 辰様が下腹にぐっと力を入れたのがわかった。腹筋が盛り上がり、私は圧迫感で息がとまる。だが入らない。入り込もうとする力と、それを拒絶する力が拮抗している。
 濡れた指が、私の敏感な突起をつまむようにした。痺れるような感覚が走り、思わず小さな声を上げてしまった。自分でも信じられないぐらい甘い声だった。
 その拍子に突破口を見つけたかのように、ずるりと挿入した。そのままみちみちと入り込んでくるものを、根元まで全て飲み込んだ。

「……っ……」
「陽葉瑠……」
 
 ああ、と吐息をこぼす。私の初めてがこんなふうになるなんて。

 辰様は私に口づけすると、ゆっくりと動き出した。びりびりとした痛みが走り、体が縮こまろうとして膝が曲がる。それでいて奥のほうにはじんわりとした熱があって、そこを突かれるたびに、雫があふれ出してお尻まで伝い、床を濡らした。
「あっ……ああ……ん……」
 痛い。体も心も痛くて、涙が出てくる。それなのに時折口からこぼれる声は、自分のものと思えないくらい甘くて混乱する。
「陽葉瑠……」
 辰様が耳元でささやく。
「陽葉瑠……どうか……ここに受け入れていいのは私だけだと……あなたがいやらしい声で鳴く相手は私だけだと……どうか誓って」
 誓ってあげたいと思った。でも、何も言えなかった。きっと嘘はすぐばれてしまうから。辰様が欲しがるものを、私は与えてあげることができずにいる。どうすればいいのかわからずにいる。

 こんなにも体をつなげ合わせているのに、心が遠い。
 辰様のことが好きなのに、この好きだけでは、辰様の心は晴れない。

 以前、ここで辰様が言った言葉を思い出す。
 男として愛してくれますか――私はそれにも何も言えずにいる。

「愛しています、私が醜かったころからずっと……。優しい陽葉瑠、私の可愛い人……、哀れみではなく、どうしたら私を愛してくれますか……」

 辰様は私の中に精を解き放つと、歯を食いしばって声を殺して泣いた。
「私はあまりにも罪深い……私を罰して……陽葉瑠……」

 嫌がられるかもしれないと思いつつ、涙を流す辰様を抱き寄せた。今度は振り払われなかった。
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