【完結】神産みの箱 ~私が愛した神様は

ゴオルド

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第七話 辰様の喜びごと

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 昼休みになったので、子葉の建物の外に出た。
 少し風が出ている。浜黒棗はまくろなつめの細長い葉がたなびいていた。梅雨空はどんよりと曇っていて、降り出しそうな気配を漂わせていた。
 木陰に腰掛け、持参したお弁当を食べ始めたところで雨が降ってきた。ああ、もうちょっと待ってほしかったな。割と大粒の雨だった。今はまだぽつぽつといったぐあいだが、そのうち本降りになるに違いない。
 建物の中に戻ろうとして、はたと斗根梨のことを思い出した。さっき砂浜に並べてきたばかりだが、このままだと雨で汚れてしまうのではないだろうか。私は回れ右して、根を回収しにいくことにした。

 浜のすみ、流木が流れ着いて山になっているあたりに行くと、竹を編んで作ったざるがぽつんと置いてあるのが見えた。ざるの中に規則正しく並べられた斗根梨の根は、まだしっとりと湿っている。
 私はざるごと持ち上げ、根に雨が当たらないよう前屈みになって歩く。この根でつくった灰が黒紀酒になって、いつか辰様が飲むかもしれないと思うと、汚したくないと思ったのだ。そう思えたことが、なぜか嬉しいことのように感じた。

 前屈みで歩きながら、あたりを見回す。
 根を回収したのはいいけれど、じゃあ、今度はどこに置いたらいいだろう。

 浜辺近くの漁師小屋のほうに目を向けると、洗濯物を取り込むのを手伝っている子どもたちがきゃあきゃあと楽しげに騒いでいた。小屋の軒先は雨が当たらないようだが、うっかり踏まれてしまいそうだ。
 浜黒棗の木陰で網を繕っている人たちは、雨を気にせず作業を続けている。遠くの岩場で釣り糸を垂れている人たちも、動く気配はない。
 浜辺周辺の屋外は、どこも雨が当たってしまう。良さそうな場所はないように思えた。

 一旦子葉に戻って、先生に聞こうか。

 そう思ったときだった。
 こつん、と頭に何か当たった。何だろうと頭をさすっていたら、その手にもまた当たった。結構痛い。
「何、これ」

 ぱらぱらと降ってくるのは、白い欠片だった。小さいものは酸塊すぐりの実程度、大きいものは胡桃くるみの実ほどある。しゃがんで拾ってみると、硬くて乾燥した手触りだった。

 これは一体何だろうと観察していたら、漁師小屋のほうで騒いでいた子どもが「お餅だ」と嬉しそうに叫んだ。得体の知れないこの落下物をかじってみたらしい。なかなか勇気のある子だ。

 村のあちこちから歓声が沸き上がった。
 落下物の正体がわかれば話は早い。子どもも大人も一斉に家から出てきて、餅を拾いはじめた。

「喜びごとだ」
「やっと神様が喜びごとを運んでくださったのだ」
「お餅、雨に濡れちゃうよ。急いで拾おう」
「い、痛い。これ当たると痛いんだけど」

 なぜ餅……という疑問はあったが、私もつられて餅を拾った。お餅は次々と降ってくる。すぐに両手がふさがってしまったので、一旦子葉の建物に戻ることにした。

 いろりのある部屋に拾った餅を置いて、あと斗根梨の根と食べかけのお弁当も置き、再び外に出ようとしたら留園先生と出くわした。
「なんだ、もう昼食は済んだのか。それなら午後の授業を……」
「先生、ちょうどいいところに! 一緒に来てください。あ、そうだ、大傘を持っていったほうがいいかも」
「大傘? 雨が降ってきたのか」
「いえ、お餅が降ってきているんです」
「……何だって?」
「えっと、つまり喜びごとです」
「なるほど、理解した」

 玄関のところに掛けてある、木の皮を編んでつくったお椀型の雨よけを頭上に掲げて、そろって建物の外に出た。

 外は雨と餅が両方降っているせいで、バラバラという音がうるさいぐらいだった。結構強めに地面にお餅がたたきつけられている。
 片手で傘を目深に被って顔に餅が当たらないよう用心しながら、もう片方の手で餅拾いを始めた。

「これは一体どういう喜びごとなんだ」
 拾いながら、先生がつぶやく。
「食べ物の恵み、ということでしょうか」
「それにしては随分と変わった喜びごとだな。豊漁だとか、村のあちこちからうまい茸が生えてくるとかいう喜びごとは今までもあったが、空から直に降ってくるというのは、俺は経験がない」
 先生は困惑しているが、その割りにはしっかり抜かりなく拾っている。ぼやぼやしていたら、子葉周辺のお餅のほとんどを先生に持っていかれてしまうかもしれない。私は先生のことを気にするのはやめて、お餅拾いに集中することにした。

 村人総出で一心不乱に餅を拾っている。
 みんな笑顔だった。
 いつもきまじめな顔をしている先生まで、目元が笑っていた。

 そんな光景を見ていて、私も自然と笑みがこぼれた。
 神様に教えてあげたい。みんな、こんなに喜んでいますよって。

 夢中になって拾っていたら、あっという間に手がいっぱいになってしまった。
「先生、一旦戻りませんか」
「そうだな、何か入れ物を持ってきたほうが良さそうだ」
 先生と一緒に室内に戻ろうとしたとき、ふと、視線を感じて振り返った。

 辰様が立っていた。

 雨に打たれて、長い髪も着物も濡れてしまっていた。でも、お餅はまるで辰様を避けるように、近くには一つも落ちていない。綺麗な顔からは何の感情もうかがえず、ただ呆然と私を見ていた。

 辰様は私と目が合うと、はっとした顔になって、背を向け、そのまま歩いていってしまった。
「あれは神様じゃないか」
 先生の問いかけに、私は頷く。

 辰様はもしかして泣いていたのではないだろうか。雨のせいでよくわからなかったけれど、何となくそんな気がした。
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