【完結】神産みの箱 ~私が愛した神様は

ゴオルド

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第四話 神様とお散歩

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 昼過ぎに子葉は終わり、私だけ宿題が出された。
 黒紀酒の材料の一つを採取してこいとのことである。神様に捧げる酒づくりは、紅飛斗の役目の一つであるらしい。ほかの子たちは、春前には黒紀酒づくりを済ませているとのことだった。
 今回指定されたのは聖なる木の根だ。斗子梨とねりという梨に似た葉っぱの木らしい。どのあたりに生えているのか、どういう木なのかは教わったので、あとは掘るだけだ。

 道具を取りに一旦自宅に戻ると、玄関の引き戸を開ける音を聞きつけて、辰様が長い廊下をやってきた。人間みたいな足が交互に動くのを思わず見つめてしまう。
 いや、いくら何でも足をじっと見ているのも失礼だと目線を上にあげれば、その顔は暗くてよく見えない。私が玄関前の日向にいるせいか、廊下は余計に暗く感じられた。午後の日差しが格子越しに廊下に差し込んでいるが、それは低い位置だけを照らしており、天井近くは何も見えないほど闇が濃かった。

「お帰りなさい、陽葉瑠」
 暗闇から発せられた声はどこまでも柔らかい。
「あっ、辰様、ただいまもどりました」
 なんとなく近づきがたいものを感じて、挨拶だけして自室に戻ろうとすると、
「陽葉瑠」
 呼ばれて、しぶしぶ立ち止まる。
「もしよろしければ、お散歩に行きませんか」
「えっ」
 驚いてしまって辰様を見上げた。薄暗い中、若草色の瞳がこっちを見ていた。一瞬、知らない人のような気がした。そんなわけないのに。
「陽葉瑠と一緒に村を歩いてみたいのです」
「あの、外は結構明るいし、人も多いですけれど、大丈夫ですか」
 以前の神様は、ひきこもりがちで、たまに外出しても早朝とか夜中とか、あまり人目のない時間を選んでいた。
「大丈夫です」
 自信ありげに微笑む。
「私は村を見てまわって、喜びごとを運ばねばなりません。昨年は怠ってしまったことを今年こそやりたいのです」
 神様がそう思ってくれていることを嬉しく思った。やはりお姿が変わって、自分に自信がついたというか、前向きな気持ちになっているのだろう。自然と口角が上がる。
「で、では、お供します! あ、でも、道具を取ってくるので、少々お待ちください」
「道具ですか」
 宿題のことを説明すると、辰様はなるほどと頷いた。
「紅飛斗の修行なのですね」
「そういうことです。では、少々お待ちを」
 私は自室へと急いだ。


 二人で外に出て村を見渡すと、洗濯物を干している民家が目立った。梅雨の晴れ間だからだろう、どこの家の前にも物干し台が出され、着物がはためいている。
 洗濯物と民家の間を抜けて、まず村の中央、神産みの箱があるあたりに向かった。なんとなくここから始めるのがよいような気がしたのだ。

 濁った緑色の箱は、広場の真ん中に静かに佇んでいた。

「ここは辰様もご存じの場所ですね」
「はい」
 辰様は頷く。
「私を産み出す神の箱。私が戻ってしまった箱。この箱に戻ることなく、この世界で死んでいく神々こそが正しいのに」
「正しい、ですか……」
「私は間違っているのですよ、陽葉瑠」
 どういうことなのか尋ねようとしたが、神様はふいと顔をそらしてしまった。
「もう行きましょう」
 あまり深く聞かれたくないようだった。

 続いて、御報せ桜、池、天人廟などを見て回り、村の山側に設置された防衛柵や逆茂木、物見櫓などを見た。
「先端のとがった木材を立てて並べているのは夜魔対策なのですね」
「はい。それと夜盗を防ぐ役割もあります」
「紅飛斗は夜盗とも戦うのですか?」
 私は頷く。
「防衛に関することは何でもやります。防衛と関係ないことも必要ならやります。わりと雑用係みたいなところもあるんですよ」
「そうやって村を守っているのですね……」


 次に海側に行き、漁船や網、干物作りの作業所などを見た。辰様はどれも興味深く観察していた。ナマコのときに一緒にお散歩したことはあったけれど、ここまで細かく、村の全てを見てまわったのは初めてだった。

 一通り見て回り、御報せ桜のところに戻ってきた。

「この村には畑はないのですか」
「ええ、農作業中に夜魔に襲われたら危ないので、うちの村では作物はつくりません」
「では、この村の人々はお魚だけを食べて暮らしているのですね」
「そういうわけじゃないですよ」
 私は苦笑する。
「隣村が畑をつくっているので、うちの村で獲れた魚や貝と交換しています。あちらの村には海がないんです」
「隣村……」
 辰様は、私が指さしたほうを向いて、どこか遠い目をした。
「そちらにはどんな神様がいるのでしょう」
「隣村には神様はいないです。神産みの箱はうちにしかないそうですから」
「そうなのですね。ということは……」
 辰様は何か考え込むような顔だ。
「私を止められるのは陽葉瑠だけなのですね」
「止めるというのは……いったい……」
「もしもの話です。忘れて……いや、そうではないですね。どこか頭の隅にでも覚えていてください。陽葉瑠はいつだって血の制約により私を支配することができる。でも、今は忘れてかまいません」
 よくわからない。辰様は悲しげに微笑むだけだった。
「さあ、私の用件は済みました。喜びごとについてはまかせてください。次は陽葉瑠の宿題ですね。斗子梨とねりの根でしたね」
 斗子梨という中型の樹木の根を干して、黒い炭になるように焼いたものが、黒紀酒くろきさけづくりには欠かせない。
「はい。でも、その前に、私、辰様にお話ししたいことが……いや、言わないといけないことがあるんです」
 軽く首をかしげる辰様に、私は思いきり頭を下げた。
「陽葉瑠?」
「血をお酒にまぜて飲ませたりして、本当に済みませんでした……!」
 再会するなり求婚されたり、宴があったり、子葉が始まったりして、謝罪の機会を逃してしまっていた。でも、きちんと謝罪できていないという後ろめたさが棘のように心に引っかかっていた。
「私が浅はかなことをしたせいで……辰様は……」
 死んでしまったのだ。そして血の制約がかけられてしまった。
「本当に……ごめんなさい……ごめんで済むことではないですけど……」
「陽葉瑠、顔をあげて」
 両方の頬にそっと手をあてがわれ、上向かされた。
「わかっていますよ、陽葉瑠の気持ちは……あのときに私に流れ込んできていましたから、全部わかっています。謝らなくていいのです。私のためを思ってしてくれたこと、とても嬉しかった。また、醜い私を大事に思っていてくれていることも伝わってきて……嬉しかったです」
 責めない辰様の優しさに、目がじわっと熱くなった。すると辰様が慌てたようすで、手を離した。
「な、泣かないでください、陽葉瑠。私はあなたに泣かれたり謝られたりすると胸がざわざわしてしまうのです……そうだ、斗子梨を探しにいかないと。どこに生えているのでしょうか」
 私は目元を擦りながら、答えた。
「村の外です。以前の渋柿の木に行く途中に生えているんですよ」
「そうなのですね。では、行きましょう」

 それから一緒に斗子梨を掘って、持ち帰った。
 これを焼いて黒灰にするわけだが、それはきっと明日習うのだろう。
 ひとまず宿題を済ませることができて良かった。神様とお散歩もできたし。ただ、気になることをおっしゃっていたけれど……。

 何かが間違っている、ということ。

 神様が箱に戻って、戻ってこられたことが間違いなのだろうか。だとしたら、その間違いには私が関与している。自分の罪なのだと思うと、罪悪感で胸が苦しくなる。紅飛斗として一刻も早く一人前になりたいと思う。それが償いになると考えるのは、少し都合がよすぎるだろうか。

 その夜、寝る支度をしていたら、神様から部屋に呼ばれた。
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