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第三話 紅飛斗になるための訓練所「子葉」
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新人の紅飛斗の訓練所である子葉は、村の東のほう、海側にある。
砂浜と陸地の境目、山のほうを向いているその建物は、浜黒棗の木々に囲まれるようにして建っているせいで、細長い葉の影を白壁に映すことになり、まるで縞模様のような外壁だ。
この縞模様の建物はかなり横長い。石積みの平屋建で、村と砂浜を分かつ太い線のようだ。たしか防風堤の役割もあるのだと父から聞いたことがある。浜黒棗とともに強い潮風が直接村に吹き込まないよう防いでいるのだ。
部屋は二十室はあった。毎年、子葉生は数人しか生まれないし、先生も一人きりだから贅沢だ。けれど、部屋が余ることはない。現役の紅飛斗が仕事道具を保管したり、会議室として使ったりもしているから、どこの部屋も大抵埋まっている。ここにはかまどがあるから料理もできるし、寝具を持ち込んで仮眠室がわりに使う紅飛斗もいて、実際住んでいるような状況の人もいた。
今朝、私が初めて入る部屋は、建物の奥から三番目、床に織物が敷き詰められ、中央に大きないろりがある部屋だった。
部屋に入ってみると、既に若者が三人、いろりを囲むように輪になって座っていた。私も輪に加わる。
「よう、新入り。俺らのことは先輩って呼んでくれていいぜ」
幼馴染みで同年の玖鎖良がそう声を掛けてきた。
「何が先輩よ、もう」
私がそうやり返すと、芽那が玖鎖良を小突いた。
「本当よね。種砂のときは、玖鎖良のほうが成績が悪かったくせに、よく言うわよ」
「なんだよ、それは別の話だろ。大体芽那だって成績悪いくせによく言うよ」
「ちょっと、嘘つくのやめてくれる」
じゃれ合う二人を眺めながら、芭連は静かに笑っている。
この三人が、私の幼馴染みであり、同じ子葉生だ。
ちなみに種砂というのは、子葉の前に所属していた訓練校のことだ。村の子は皆ここで基礎的なことを学ぶ。読み書きとか算数とか護身術とか。生活に必要なことが勉強の中心だ。
種砂を卒業すると、普通の子は何かしらの仕事についたり、旅に出たり、都に行って特殊技術を身につけたり、その進路はさまざまだ。紅飛斗の家系の子だけが、子葉に所属し、一年かけて専門知識を学ぶ。
子葉を無事修めれば、駆け出し紅飛斗として仕事をすることが認められる。紅飛斗の家の子にとって、それが憧れ、誉れ、一番の夢だ。だって、誰でもなれるものじゃないから。少し特別な気持ちになってしまうのも無理はないと思う。
紅飛斗の家の生まれではないけれど、紅飛斗になりたがる子は多い。そういう子は年に一人採用される程度で、かなりの競争を勝ち上がらないとなれない。そのため優秀な子ばかりだという。自分の部隊を持った紅飛斗は、選抜組の子を自分のところに欲しがるという話はよく聞く。
私たち四人でいうと、寡黙で穏やかな芭連が選抜組だ。だから私たち四人の中で一番頭が良くて、戦いに長けている。多分神事もよくこなすことだろうし、冷静沈着な性格は頼りがいがあった。選抜組はだてじゃない。
反対に、紅飛斗になるのを拒否する子もいる。身近なところでは、村の乾物屋で豆を売っている奥さんがそうだ。豆好きが高じて、紅飛斗ではなくて豆をきわめる道を選んだ。奥さんは知らない豆はないらしい。でも、そういう人はかなり少ない。みんな当たり前のように紅飛斗になる。子どものころから名誉なことなのだと言い聞かされているせいかもしれなかった。
多分私もそう。ずっと紅飛斗になるのだと親から言い聞かされていて育ち、紅飛斗になれることを誇りに思っている。それなのに神様に血を飲ませるという暴挙に出たことを思い出すと、なんだかもう叫びながら地面に穴でも掘って埋まりたい気持ちになるのだけれど。
――定期的に過去のことを思い出して自己嫌悪に陥るの、やめたい……。
「いや、だけどさ、陽葉瑠は二月に子葉生になれなくて、今は六月だろ。四カ月も休むことになったわけじゃん。大丈夫か」
玖鎖良が顔を覗き込きこまれて、はっと我に返った。
「そういわれると不安かも……」
「俺ら、そろそろ実戦の訓練が始まるけど、ついてこられるか?」
どこかからかうような軽い口調ではあるが、割と世話焼きな性格なので、ただ心配になっているだけなのだろう。
「もう実戦なんだ。座学のほうは家ではやってたけど、ちょっと自信ないな」
「だめでも、来年がある。ゆっくり学べばいい」
鷹揚とした口ぶりで、芭連が言う。
「まあ、それはそうなんだけど」
芽那が苦笑した。
「そうはいっても、やっぱり一緒に子葉を修了したいよね」
「うん」
私は頷いた。芽那が一番話がわかる。
芽那は種砂のころから一番の仲良しだ。女同士というのもあるが、それだけじゃなくて波長が合うのだ。
芽那は背が高くてすらりとして、艶やかな栗色の長い髪を一つにまとめている。どこか凜とした気配の漂う美人だ。私は子どものころから芽那の美しさに憧れていた。私はもっと色が抜けた枯れ草みたいな髪色をしているし、あまり背も高くなく、どこかぱっとしないというか、地味なのだ。
「確かに一緒に修了したいよな」
意外なことに、玖鎖良が同意した。
「来年、年下のやつらと一緒に学ぶのは、落ちこぼれって感じだもんな」
と思ったら、やっぱりからかってきた。
「そういうの言わないでよ。そうなる可能性もないこともないんだから。というか、本当にそうなるかも……」
私が情けない声を出すと、猫みたいに目を細めて、へへと笑う。
玖鎖良はどこか猫のような雰囲気の男の子だった。目がきらきらと明るいのもあるが、身のこなしがしなやかなせいだろう。髪は茶色く、目が丸いのも猫っぽい。
反対に芭連は大きな犬か狼といったところだ。大きな体で、落ち着きがある。特に体の大きさは私たちの世代で一番だ。もちろん太っているわけじゃない。選抜組に選ばれるほど日々鍛錬に打ち込んだ結果なのだろう。どことなく灰色がかった髪と黒い瞳も、狼を彷彿とさせた。
玖鎖良は男の子って感じだけど、芭連は男の人って感じだなといつも思う。同い年なのに不思議なものだ。
「それでさ……」
芽那が言いにくそうに切り出した。私を気遣うような顔。もうその時点で何の話かわかってしまった。
「神様……、辰様っていうんだよね。陽葉瑠は辰様のお嫁さんになるの?」
玖鎖良も芭連も黙って私の言葉を待った。
「わからないけど、多分、そうなると思う……」
「そっか……」
芽那が私の肩を抱いた。
「つらいね」
「う、うん……」
とっさに頷いてしまったけれど、そのとき、はたと気づいた。
そういえば、つらいと感じたことは一度もなかった。正直困るし、恥ずかしいし、ちょっと意味がわからないし、どういうことなのか説明してほしいとか、いろいろ思っているが、そこに辛いという感情はなかった。もしかして、そんなに嫌でもないとか?
ただ、一つ引っかかる感情があった。
それは、怖いという感情だ。いや、恐ろしいといったほうが正確だろうか。うまく言葉にできないのだが、おそれを抱かずにはいられない。その正体が掴めずにいる。
辰様は優しい神様で、見た目もすっかり綺麗になって、それなのに何が怖いのか、自分でもよくわからない。ナマコだったころは、怖いなんて一度も思ったことがないのに。箱から戻ってきた神様は、怖い。
「でもさ。神様と結婚したとしても、人間とも結婚してもいいんだろう?」
と、玖鎖良がぶっきらぼうに言い放った。
「え、そうなの? だめじゃないのかな」
だって、結婚って一人の相手とするもののはずだ。
「はあ? 神様と結婚したからって、なんで人間とは結婚したらだめなんだ」
「え? いや、だって……んん?」
ちょっと混乱してきた。結婚ってそういうものなんだっけ?
「聞いたことがある」
と、芭連が呟くように言った。
「隣村に二組の夫婦がいたが、夫婦同士で浮気をして、関係がこじれにこじれて、最終的に四人で暮らすようになったのだという」
「何の話なの、芭連」
芽那も戸惑っている。
「芭連って情報通だね。よくそんな話を知ってたね」
私が誉めると、芭連は照れたように笑った。
「とにかく、いいんだよ」
玖鎖良は断言する。
「神の妻になるというのは、つまり巫女になるってことだ。広い意味で紅飛斗は全員が巫女だし、神の妻だろう。でも紅飛斗は人間とも結婚して子どもをつくっている。だから、いいんだ」
そう……なのだろうか?
だとしたら、私は……自分はどうしたいのだろう。辰様と結婚したとして、人間とも……ちょっと考えられなかった。というか、人間のほうと結婚したいという気持ちが全然ない。昔からない気がする。
先生が部屋に入ってきたので、話はそこでおしまいになった。
先生ももちろん同じ村の人間だから顔なじみだ。よく知っている近所のお兄さんだ。
留園先生もいろりのそばに腰を下ろした。先生もきのうの宴に出ていて、人間用のお酒を結構飲んでいたはずなのに、今朝はけろりとしている。お酒に強いのだろう。
留園先生は私を見て、頷いた。
「きょうは陽葉瑠が来ているから、久しぶりに初歩の確認をしておこう」
ここが種砂なら、不満げな声が上がるところだが、さすがにもう十八歳、みんな黙って聞いている。
「村の家屋は海のほうを向いて建てられているものばかりだ。このことは種砂で習ったな。漁村ってのは大抵がそうだ。しかし、この子葉を初めとした紅飛斗関連施設は海を背にして、山のほうを向いて建てられている。それはどうしてだ」
留園先生は、みんなの顔を見た。かと思ったら、私を見た。
「陽葉瑠、どうだ、答えられるか」
まさか自分が指名されるとは思わなくて、どきっとした。初歩だなんて前置きされている。これは間違えたら恥ずかしいやつだ。
「ええと、夜魔は山からやってきて村を襲うからです。紅飛斗は夜魔を警戒するために山のほうを向いています」
先生が満足げに頷いたのを見て、ほっと胸をなで下ろした。
「夜魔も山もどちらも読みはヤマ。ヤマを睨むようにして立つのが紅飛斗だ。勉強を怠っていなかったようで何よりだ」
その後も、復習を集中的にやってもらえた。ありがたい気持ちとみんなに申しわけない気持ちで半々だった。はやくみんなに追いつかなきゃ。
砂浜と陸地の境目、山のほうを向いているその建物は、浜黒棗の木々に囲まれるようにして建っているせいで、細長い葉の影を白壁に映すことになり、まるで縞模様のような外壁だ。
この縞模様の建物はかなり横長い。石積みの平屋建で、村と砂浜を分かつ太い線のようだ。たしか防風堤の役割もあるのだと父から聞いたことがある。浜黒棗とともに強い潮風が直接村に吹き込まないよう防いでいるのだ。
部屋は二十室はあった。毎年、子葉生は数人しか生まれないし、先生も一人きりだから贅沢だ。けれど、部屋が余ることはない。現役の紅飛斗が仕事道具を保管したり、会議室として使ったりもしているから、どこの部屋も大抵埋まっている。ここにはかまどがあるから料理もできるし、寝具を持ち込んで仮眠室がわりに使う紅飛斗もいて、実際住んでいるような状況の人もいた。
今朝、私が初めて入る部屋は、建物の奥から三番目、床に織物が敷き詰められ、中央に大きないろりがある部屋だった。
部屋に入ってみると、既に若者が三人、いろりを囲むように輪になって座っていた。私も輪に加わる。
「よう、新入り。俺らのことは先輩って呼んでくれていいぜ」
幼馴染みで同年の玖鎖良がそう声を掛けてきた。
「何が先輩よ、もう」
私がそうやり返すと、芽那が玖鎖良を小突いた。
「本当よね。種砂のときは、玖鎖良のほうが成績が悪かったくせに、よく言うわよ」
「なんだよ、それは別の話だろ。大体芽那だって成績悪いくせによく言うよ」
「ちょっと、嘘つくのやめてくれる」
じゃれ合う二人を眺めながら、芭連は静かに笑っている。
この三人が、私の幼馴染みであり、同じ子葉生だ。
ちなみに種砂というのは、子葉の前に所属していた訓練校のことだ。村の子は皆ここで基礎的なことを学ぶ。読み書きとか算数とか護身術とか。生活に必要なことが勉強の中心だ。
種砂を卒業すると、普通の子は何かしらの仕事についたり、旅に出たり、都に行って特殊技術を身につけたり、その進路はさまざまだ。紅飛斗の家系の子だけが、子葉に所属し、一年かけて専門知識を学ぶ。
子葉を無事修めれば、駆け出し紅飛斗として仕事をすることが認められる。紅飛斗の家の子にとって、それが憧れ、誉れ、一番の夢だ。だって、誰でもなれるものじゃないから。少し特別な気持ちになってしまうのも無理はないと思う。
紅飛斗の家の生まれではないけれど、紅飛斗になりたがる子は多い。そういう子は年に一人採用される程度で、かなりの競争を勝ち上がらないとなれない。そのため優秀な子ばかりだという。自分の部隊を持った紅飛斗は、選抜組の子を自分のところに欲しがるという話はよく聞く。
私たち四人でいうと、寡黙で穏やかな芭連が選抜組だ。だから私たち四人の中で一番頭が良くて、戦いに長けている。多分神事もよくこなすことだろうし、冷静沈着な性格は頼りがいがあった。選抜組はだてじゃない。
反対に、紅飛斗になるのを拒否する子もいる。身近なところでは、村の乾物屋で豆を売っている奥さんがそうだ。豆好きが高じて、紅飛斗ではなくて豆をきわめる道を選んだ。奥さんは知らない豆はないらしい。でも、そういう人はかなり少ない。みんな当たり前のように紅飛斗になる。子どものころから名誉なことなのだと言い聞かされているせいかもしれなかった。
多分私もそう。ずっと紅飛斗になるのだと親から言い聞かされていて育ち、紅飛斗になれることを誇りに思っている。それなのに神様に血を飲ませるという暴挙に出たことを思い出すと、なんだかもう叫びながら地面に穴でも掘って埋まりたい気持ちになるのだけれど。
――定期的に過去のことを思い出して自己嫌悪に陥るの、やめたい……。
「いや、だけどさ、陽葉瑠は二月に子葉生になれなくて、今は六月だろ。四カ月も休むことになったわけじゃん。大丈夫か」
玖鎖良が顔を覗き込きこまれて、はっと我に返った。
「そういわれると不安かも……」
「俺ら、そろそろ実戦の訓練が始まるけど、ついてこられるか?」
どこかからかうような軽い口調ではあるが、割と世話焼きな性格なので、ただ心配になっているだけなのだろう。
「もう実戦なんだ。座学のほうは家ではやってたけど、ちょっと自信ないな」
「だめでも、来年がある。ゆっくり学べばいい」
鷹揚とした口ぶりで、芭連が言う。
「まあ、それはそうなんだけど」
芽那が苦笑した。
「そうはいっても、やっぱり一緒に子葉を修了したいよね」
「うん」
私は頷いた。芽那が一番話がわかる。
芽那は種砂のころから一番の仲良しだ。女同士というのもあるが、それだけじゃなくて波長が合うのだ。
芽那は背が高くてすらりとして、艶やかな栗色の長い髪を一つにまとめている。どこか凜とした気配の漂う美人だ。私は子どものころから芽那の美しさに憧れていた。私はもっと色が抜けた枯れ草みたいな髪色をしているし、あまり背も高くなく、どこかぱっとしないというか、地味なのだ。
「確かに一緒に修了したいよな」
意外なことに、玖鎖良が同意した。
「来年、年下のやつらと一緒に学ぶのは、落ちこぼれって感じだもんな」
と思ったら、やっぱりからかってきた。
「そういうの言わないでよ。そうなる可能性もないこともないんだから。というか、本当にそうなるかも……」
私が情けない声を出すと、猫みたいに目を細めて、へへと笑う。
玖鎖良はどこか猫のような雰囲気の男の子だった。目がきらきらと明るいのもあるが、身のこなしがしなやかなせいだろう。髪は茶色く、目が丸いのも猫っぽい。
反対に芭連は大きな犬か狼といったところだ。大きな体で、落ち着きがある。特に体の大きさは私たちの世代で一番だ。もちろん太っているわけじゃない。選抜組に選ばれるほど日々鍛錬に打ち込んだ結果なのだろう。どことなく灰色がかった髪と黒い瞳も、狼を彷彿とさせた。
玖鎖良は男の子って感じだけど、芭連は男の人って感じだなといつも思う。同い年なのに不思議なものだ。
「それでさ……」
芽那が言いにくそうに切り出した。私を気遣うような顔。もうその時点で何の話かわかってしまった。
「神様……、辰様っていうんだよね。陽葉瑠は辰様のお嫁さんになるの?」
玖鎖良も芭連も黙って私の言葉を待った。
「わからないけど、多分、そうなると思う……」
「そっか……」
芽那が私の肩を抱いた。
「つらいね」
「う、うん……」
とっさに頷いてしまったけれど、そのとき、はたと気づいた。
そういえば、つらいと感じたことは一度もなかった。正直困るし、恥ずかしいし、ちょっと意味がわからないし、どういうことなのか説明してほしいとか、いろいろ思っているが、そこに辛いという感情はなかった。もしかして、そんなに嫌でもないとか?
ただ、一つ引っかかる感情があった。
それは、怖いという感情だ。いや、恐ろしいといったほうが正確だろうか。うまく言葉にできないのだが、おそれを抱かずにはいられない。その正体が掴めずにいる。
辰様は優しい神様で、見た目もすっかり綺麗になって、それなのに何が怖いのか、自分でもよくわからない。ナマコだったころは、怖いなんて一度も思ったことがないのに。箱から戻ってきた神様は、怖い。
「でもさ。神様と結婚したとしても、人間とも結婚してもいいんだろう?」
と、玖鎖良がぶっきらぼうに言い放った。
「え、そうなの? だめじゃないのかな」
だって、結婚って一人の相手とするもののはずだ。
「はあ? 神様と結婚したからって、なんで人間とは結婚したらだめなんだ」
「え? いや、だって……んん?」
ちょっと混乱してきた。結婚ってそういうものなんだっけ?
「聞いたことがある」
と、芭連が呟くように言った。
「隣村に二組の夫婦がいたが、夫婦同士で浮気をして、関係がこじれにこじれて、最終的に四人で暮らすようになったのだという」
「何の話なの、芭連」
芽那も戸惑っている。
「芭連って情報通だね。よくそんな話を知ってたね」
私が誉めると、芭連は照れたように笑った。
「とにかく、いいんだよ」
玖鎖良は断言する。
「神の妻になるというのは、つまり巫女になるってことだ。広い意味で紅飛斗は全員が巫女だし、神の妻だろう。でも紅飛斗は人間とも結婚して子どもをつくっている。だから、いいんだ」
そう……なのだろうか?
だとしたら、私は……自分はどうしたいのだろう。辰様と結婚したとして、人間とも……ちょっと考えられなかった。というか、人間のほうと結婚したいという気持ちが全然ない。昔からない気がする。
先生が部屋に入ってきたので、話はそこでおしまいになった。
先生ももちろん同じ村の人間だから顔なじみだ。よく知っている近所のお兄さんだ。
留園先生もいろりのそばに腰を下ろした。先生もきのうの宴に出ていて、人間用のお酒を結構飲んでいたはずなのに、今朝はけろりとしている。お酒に強いのだろう。
留園先生は私を見て、頷いた。
「きょうは陽葉瑠が来ているから、久しぶりに初歩の確認をしておこう」
ここが種砂なら、不満げな声が上がるところだが、さすがにもう十八歳、みんな黙って聞いている。
「村の家屋は海のほうを向いて建てられているものばかりだ。このことは種砂で習ったな。漁村ってのは大抵がそうだ。しかし、この子葉を初めとした紅飛斗関連施設は海を背にして、山のほうを向いて建てられている。それはどうしてだ」
留園先生は、みんなの顔を見た。かと思ったら、私を見た。
「陽葉瑠、どうだ、答えられるか」
まさか自分が指名されるとは思わなくて、どきっとした。初歩だなんて前置きされている。これは間違えたら恥ずかしいやつだ。
「ええと、夜魔は山からやってきて村を襲うからです。紅飛斗は夜魔を警戒するために山のほうを向いています」
先生が満足げに頷いたのを見て、ほっと胸をなで下ろした。
「夜魔も山もどちらも読みはヤマ。ヤマを睨むようにして立つのが紅飛斗だ。勉強を怠っていなかったようで何よりだ」
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