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4 慰謝料!?
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勉強会が終わり、夜道というにはまだ明るすぎる歩道を一人で歩いていたら、背後から何者かに抱きしめられてぎょっとした。恐怖と嫌悪感で全身に鳥肌が立つ。腕の感触で、相手は男だとわかった。
私は自分を温厚派だと思っているのだが、案外すぐ手が出るタイプなのだろうか。次の瞬間、気づけば身をよじって襲撃者の下あごに裏拳をかましていた。ぱーんと良い音がした後、男の力がゆるんだので、その隙に腕から逃げ出し、相手の顔を確認した。
「あっ! あなたはマリコの取り巻き!」
名前は思い出せないが、顔に見覚えがある。間違いない。
「え……え?」
イケメンは下あごを押さえ、精神的にショックを受けた顔をして立ちつくしていた。なぜか男は被害者っぽい空気を出している。「可哀想なぼくちん」みたいな顔をするのやめてほしい。というか、何だこれ、どういう状況なんだ。私も事態が飲み込めない。
とりあえず距離はとりつつ、「どういうことですか」と、尋ねてみた。
「北斗さんは男から相手にされてなくて可哀想だから、構ってあげようと思っただけなんだけど」
「はい?」
なんなのだ、そのお情けをかけてやろうみたいな動機の性犯罪は。理解不能すぎて怒りも湧かない。謎すぎるものと対峙すると、人は怒りを忘れるのだな。
「いきなり襲うなんて、性犯罪ですよ」
イケメンは、それこそ鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
「もしや性犯罪の自覚がないんですか?」
「いや、だって、どう考えても性犯罪とは違うし」
同意なく襲うのはどう考えても性犯罪だろうに。
未知との遭遇にくらくらしながら問い詰めた結果、イケメンは本気で犯罪意識がないらしいことがわかった。容疑者は、「強引に襲ったら喜んでくれると思った」などと供述しており……。警察には通報しなかった。拒絶の意思を示したら犯行を途中でやめたから、今回は見逃すことにした。甘すぎるだろうか。もう二度とやるなよ!
この事件が象徴的だったと思うのだが、マリコの派閥は、マリコの性的な価値観を絶対視するようになり、女性観が社会通念から外れたものへと変化しつつあった。
――女はたくさんの男に抱かれたいはずだ。
――触られて嫌な顔をする女も、内心では喜んでいる。
このような現実離れした考え方が彼らの中に生まれ、日に日に強化されていっていた。ついには「痴漢されたら女は喜ぶ」などと言い出す男も出始め、性犯罪はごめんだと考えるマリコ派閥の男性も勉強会を辞めていった。
四天王が辞め、マリコ派閥の一部も辞め、かつては二十以上いた参加者も、そのころには十人程度にまで減っていた。
空席の目立つ教室は、どこか集中力を削ぐようなたるんだ空気が漂いはじめていた。
そんなある日のこと。
夜9時過ぎ、勉強会の主催者である下谷さんから、私のスマホに電話がかかってきた。
「北斗さんのせいで参加者が減ってしまって迷惑してるんだよね」
ひぇ。参加者が減っているのは私のせいらしい。
「今後のことを話したいから、今度の金曜日の夜、会えない?」
今後の話って何だ。よくわからないが怖い。
「慰謝料の話もしたいし」
慰謝料!? 私はすっかり混乱してしまい、とりあえず会う約束だけして電話を切った。
私は、お金を稼ぐために資格を取ろうとして、資格スクールに行くお金をケチって勉強会に参加し、トラブって慰謝料を払うのか。稼ぐどころかマイナスではないか。
スマホを持つ手が小刻みに震える。下谷さんとは金曜日の夜に会う。不安だ。ばっくれたい。だが、会に参加させてもらっている以上、そうはいかない。
つい四天王のことを思ってしまう。彼らがいてくれたらどんなに心強いだろう。
前回、相談しないせいで痛い目を見ることになった反省もあり、今度は誰かに相談したかった。
しかし、もう辞めている彼らに泣きつくのはどうなのか。相手も迷惑だろうと思うと、スマホの通話画面を表示するものの、そこから先に行けなかった。
私は自分を温厚派だと思っているのだが、案外すぐ手が出るタイプなのだろうか。次の瞬間、気づけば身をよじって襲撃者の下あごに裏拳をかましていた。ぱーんと良い音がした後、男の力がゆるんだので、その隙に腕から逃げ出し、相手の顔を確認した。
「あっ! あなたはマリコの取り巻き!」
名前は思い出せないが、顔に見覚えがある。間違いない。
「え……え?」
イケメンは下あごを押さえ、精神的にショックを受けた顔をして立ちつくしていた。なぜか男は被害者っぽい空気を出している。「可哀想なぼくちん」みたいな顔をするのやめてほしい。というか、何だこれ、どういう状況なんだ。私も事態が飲み込めない。
とりあえず距離はとりつつ、「どういうことですか」と、尋ねてみた。
「北斗さんは男から相手にされてなくて可哀想だから、構ってあげようと思っただけなんだけど」
「はい?」
なんなのだ、そのお情けをかけてやろうみたいな動機の性犯罪は。理解不能すぎて怒りも湧かない。謎すぎるものと対峙すると、人は怒りを忘れるのだな。
「いきなり襲うなんて、性犯罪ですよ」
イケメンは、それこそ鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
「もしや性犯罪の自覚がないんですか?」
「いや、だって、どう考えても性犯罪とは違うし」
同意なく襲うのはどう考えても性犯罪だろうに。
未知との遭遇にくらくらしながら問い詰めた結果、イケメンは本気で犯罪意識がないらしいことがわかった。容疑者は、「強引に襲ったら喜んでくれると思った」などと供述しており……。警察には通報しなかった。拒絶の意思を示したら犯行を途中でやめたから、今回は見逃すことにした。甘すぎるだろうか。もう二度とやるなよ!
この事件が象徴的だったと思うのだが、マリコの派閥は、マリコの性的な価値観を絶対視するようになり、女性観が社会通念から外れたものへと変化しつつあった。
――女はたくさんの男に抱かれたいはずだ。
――触られて嫌な顔をする女も、内心では喜んでいる。
このような現実離れした考え方が彼らの中に生まれ、日に日に強化されていっていた。ついには「痴漢されたら女は喜ぶ」などと言い出す男も出始め、性犯罪はごめんだと考えるマリコ派閥の男性も勉強会を辞めていった。
四天王が辞め、マリコ派閥の一部も辞め、かつては二十以上いた参加者も、そのころには十人程度にまで減っていた。
空席の目立つ教室は、どこか集中力を削ぐようなたるんだ空気が漂いはじめていた。
そんなある日のこと。
夜9時過ぎ、勉強会の主催者である下谷さんから、私のスマホに電話がかかってきた。
「北斗さんのせいで参加者が減ってしまって迷惑してるんだよね」
ひぇ。参加者が減っているのは私のせいらしい。
「今後のことを話したいから、今度の金曜日の夜、会えない?」
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つい四天王のことを思ってしまう。彼らがいてくれたらどんなに心強いだろう。
前回、相談しないせいで痛い目を見ることになった反省もあり、今度は誰かに相談したかった。
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