僕らの名もなき青い夏

遊野煌

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十話

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「……終わっちゃったね」

「うん、綺麗だったな……拓海ありがとうな」

俺はわざと『ありがとう』という言葉を吐いた。勿論花火のこともあるがそれだけじゃない。

拓海には感謝してもしきれないからだ。

拓海がいなかったら、俺という人間はいまよりもっとダメ人間だったと言い切れるし、拓海との何気ない日常が、俺にとって今まで生きてきて一番のタカラモノだと胸を張っていえる。

俺はこの先、拓海以上の『特別』に出会えることもなければ誰かを『特別』だと感じることはない。

──この名前のつけれない『特別』な関係に出会えたことはきっと運命ってやつだ。

「拓海」

「ん? なに」

「これやる」

俺は持ち歩いていたソレをポケットから取り出すと、ぽいと拓海に向かって投げた。

「おっと」

拓海はソレを両手でキャッチすると、大きな二重瞼をこれでもかと見開いた。

「葵これ……」

「暇だったから」

「絶対ちがうじゃん。ここの神社、合格祈願でめちゃくちゃ有名で全国からお守り貰いにくるってテレビでやってたし。それに暇だからってお金もかかるのに……わざわざ他県の山奥まで行かないでしょ」

俺は黙って頭をガシガシと掻いた。

「……僕の為にバイトしてくれてたんだ」

「違うし。することなかっただけ」

「……葵、ありがとう。大事にする、僕必ず合格してみせるから」

葵は俺に満面の笑みを向けると何度もお守りを見つめてから、大事そうにリュックに仕舞った。

「僕も……ちょうど良かったな」

「何が?」

俺が目を丸くしたのを見ながら拓海がリュックから何かを取り出すと、俺の胸元にそれをトンと押し付けた。

「えっ……拓海、これ」

俺の胸元に押し付けられたのは、拓海が大事にしているキャッチャーミットだった。破れたところは丁寧に補修されていて、紐は真新しいものと使い古したものが入り乱れている。

「葵にあげる」

「えっ、大事なミットだろ」

「うん……だからこそ野球を続ける葵に持ってて欲しいんだ。僕の想いが詰まってるから」

「でも俺……野球は……」

拓海が困ったように笑った。

「もう葵も分かってるはずでしょ、何が一番やりたいのかさ……ミキさんもずっと待ってると思うよ。僕と同じでさ」

「え? 母さんと同じ?」

「うん……葵は本当は大学に野球しに行きたいんでしょ?」

「…………」

行きたくないと言えば嘘になる。だけどプロになれるわけでも将来の仕事の糧になる訳でもないのに、大学に野球をしに行くなんて正しい選択なのか分からない。心は、いつだって不確かで決めたと思っても直ぐに揺れる。

「これも……ミキさんに言わないでって言われてたんだけどさ……ミキさんがパートに出てるの……涼くんと葵二人の学費の為だって言ってたよ」

「え? ……涼のだけじゃなくて?」

戸惑う俺をみながら拓海が小さく口を開く。

「うん。葵は野球が大好きだから……続けさせてあげたいって」 

「………」

知らなかった。いつも母親がパートから帰って来るのは夕飯時過ぎてからで、家は父親が単身赴任で不在だ。俺は夏休みに入ってからは用意されている三食の食事を一人きりで食べていた。

そしてどこか優秀な涼への劣等感と親から子への期待値に兄弟格差があるように思えて、親に対する不満がいつも心の端っこにつき纏っていた。

「実は僕もさ……本当は葵と野球しに大学行こうか最後まで迷ってたんだ」

「拓海……」

「当たり前じゃん。ずっと葵と一緒に野球やって、いつだって葵が隣にいて……何かを変えるのが嫌だった。怖かったんだ……でも父さんが本当は僕に歯医者継いで欲しいって思ってたのも気づいてたし、将来なんて漠然としてて、まだわかんないけどさ……あとから、こうしてたらなって後悔したくなかったから」

拓海は俺の目をしっかりと見据えた。その真剣な表情に俺の心は騒がしくなる。

「葵にも後悔してほしくない」

その真っすぐな目に嘘やごまかしはきかない。俺は拓海の綺麗な目を見つめ返すと、掌を差し出した。

「約束する。後悔しないように……やりたいことやってみる」

俺の返事を聞いた拓海が歯を見せて笑うと、俺の差し出した掌を強く握り返した。

「うん。約束……。葵のこといつも信じてる」

手のひらから拓海の温もりがじんわり伝わって、枯渇していた心の中が優しく温かく満たされていく。

「離れても、僕ら一生会えないわけじゃないから。互いの変わらない強い想いがあればさ……いつでも会える。僕たちはこれからもずっと一緒だから」

子どもの時以来に繋いだ拓海の掌は、思っていたよりもずっと大きくてあったかくて一生忘れられそうもない温もりだった。この温もりを離したくなくなりそうだった俺は、さきに拓海の掌から掌を解こうと力を緩めた。

「ね。葵、あそぼ」

そういうと拓海はいたずらっ子のように目を細めて、俺の掌をさっきよりもキツく握り返した。そして真っすぐに海の方へと歩き出す。

「えっ……おい、なんだよ急に」

「はい、ミットそこ置いといてね」

「え? あぁ……ってなんだよ、そっち海じゃん」

「いいからいいから」

そのまま拓海は俺の手のを引いたまま、スニーカーが濡れるのも構わずザブザブと海へと入っていく。

「げ! つめたっ! おい拓海っ! 靴濡れたじゃんか」

「あはは。そぉれっ」

拓海がケラケラ笑うと、海水の中に手を差し入れて俺めがけてパシャンとかけた。

「おいっ! 何すんだよっ」

俺も負けじと両手で海水を掬うと頭から拓海に向かってかけてやる。

「わぁっ! 葵冷たっ!」

「はははっ、今の拓海の顔ウケる」

「お返しっ」

俺の全身が海水でびしょ濡れになる。

「おいっ! マジか……」

「あはははっ」

夜の海水の冷たさと、口に広がるしょっぱさが、ただただ心地いい。拓海と大声をあげて笑えば自分の中の不揃いのモノが全てがルービックキューブのように揃えられていく。

俺たちはバカみたいにはしゃぎ、全身びしょ濡れになりながら、満点の夜空の下で腹の底から笑い合って、何度も暗闇の先にある見えない水平線に向かって叫んだ。

もう迷わないように。
互いの信じあう心を確かめ合うように。
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