僕らの名もなき青い夏

遊野煌

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五話

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拓海がわざわざ俺を夜中に呼び出すなんて滅多にない。だって、また明日になれば俺たちはイヤでも顔を合わすのだから。

それでも俺を呼び出したということは、拓海は今夜中に俺に伝えたいことがあるのだ。

──それはたぶん今、俺に言わないと決心が鈍るから。


「……ルービックキューブ」

「は? 拓海?」

拓海がベッドに転がっている掌サイズのルービックキューブを指先でつまんだ。俺はそのルービックキューブに見覚えがある。

俺が中学三年の時、一時期ハマっていたのだが、拓海は勉強はあれほどできるのにルービックキューブだけはへたくそで、必ずマスターするとか何とか言って俺の部屋から持って帰ったものだ。

「懐かし……ソレまだ持ってたのかよ」

「まあ……」

拓海が歯切れ悪くそういうと少しだけ頷いた。

俺は拓海の方に手を伸ばし、ルービックキューブを受け取る。ルービックキューブは六面全て色がそろい完成されている。

「ん? まさか、これできたから俺呼んだとかじゃないよな?」

「あ、それもあるかな」

「え? なんだよそれ」

「あはは、実はさ……僕、葵から借りたままのソレ……ときどき練習してたんだよね」

「え?」

驚いた俺を見ながら拓海が二重瞼を細めて笑う。

「はじめはさ……単純にできないことが悔しくて、完成させることばっかりに夢中になってたんだけど……ある時から出来なくても、未完成でもいいやって思って……」

「うん……」

俺は拓海の言葉の意図がわからず、短く相槌を打った。

「でね、しばらく未完成のまま、ほったらかしてたんだけど……なんかこう迷ってるっていうか、決めきれないときっていうか……そういう時、ルービックキューブで決めてたんだよ」

「ちょ、拓海待って。もうちょい分かりやすく」

「あ、うん。要は……どっちの選択肢にしたらいいか迷った時、完成出来たらより難しい方を選択する。もし完成出来なかったら、易しい方の選択をするって自分の中で決めてたんだ」

そこまで聞いた俺はようやく拓海の言いたいことが理解できてくる。

(そっか……ずっと拓海も迷ってたのか……)

拓海は俺の掌の上のルービックキューブを見ながら小さく息を吐き出した。そして暫く黙ったままだった。拓海との沈黙は嫌じゃないし気にならないが拓海の続く言葉がもう、わかっている俺は少しずつ心臓の鼓動が早くなる。


「……僕さ、歯学部受けてみようと思う」

拓海からの言葉は予想していたはずなのに、いざ自分の耳で聞くとやはり何とも言えない気持ちが心の中を支配した。


「……そっか……」

もっといい言葉のチョイスがあったはずなのに、俺は上手く返事が出来ない。拓海は俺よりずっと前から将来について考えて、ずっと悩んでいたことを知っていたのに。

「葵……ごめん……」

俺のそんな拓海に対するエゴみたいなものが顔に出ていたのかもしれない。拓海が掠れた声でそうボソリとつぶやいた。

「なんで……拓海が謝るんだよっ……」

「だってさ……野球だってもう一緒に出来ないし、来年からは隣に居られない。いつも一緒に居られなくなる……約束したのにさ」

拓海が眉を下げると頬を人差し指で掻いた。

(約束……覚えてたのか……)

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