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最終章 契約終了ってことで
第72話
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「あ、すいません。五円玉踏んじゃってましたね」
その声にあっという間に視界が滲んで、勝手に涙の粒がコンクリの床に転がっていく。
「五円玉は、ご縁を運んできてくれるから大事にしなきゃだよね?梅子さん」
五円玉を拾いあげるとそのまま大きな掌が私の体をぎゅっと抱きしめた。
懐かしい甘い匂いに、私は涙がしみ込むのも構わずワイシャツに顔を埋めた。
「……世界……くん」
「ただいま。遅くなってごめん」
世界が私の頬に触れると直ぐに涙を掬っていく。三年ぶりにようやく会えた世界は、三年前よりもずっと大人に見えて、その表情は自信に満ち溢れている。私は掌をそっと伸ばした。
「……夢みたい……本物、だよね……」
思わず触れた世界の頬はちゃんとあったかい。じんと伝染する体温に世界の笑顔が重なる。
「ふっ……誰に見えてんすか?本物ですよ。生きてますし、お化けじゃねぇし」
「……すっごく……会いたかったの。すっごく寂しかったの……」
「うん。俺も会いたくて会いたくてたまらなかった……毎日梅子さんのこと考えない日なかったよ」
世界が切れ長の瞳を優しく細めると、すぐに頬にちゅっとキスを落とした。
「もうこれからはずっと一緒だから」
「……う、ん……ひっく……もう絶対……離さないで」
世界が何度も私の目尻から涙の粒を掬うと、私の左手の薬指に口づける。
「ね、目瞑って?」
「え?」
「いいから」
言われるがままに少しの時間、目を瞑れば指先に冷たい感触が走る。
「はい。いいよ」
ゆっくり瞳を開ければ、私の薬指には大きな白銀の煌めきが宿っている。
「……これ……世界く……」
世界が私の手をとったまま、ひざまづいた。
「源梅子さん、俺と結婚してください」
「ひっく……私……」
「あー……その顔ツボっすね。マジでさっさと押し倒したいんで返事ちょーだい?」
「末永く……となりに居させてね」
世界が意地悪く笑うと、私を目いっぱい抱きしめた。
「もう二度と離すかよ。じゃあいただきまーす」
世界の唇が首筋に触れてチクンとする。目眩を覚えそうになりながら、私はふと我にかえると、世界の胸元をトンとおした。
「ばか、ここ通路じゃないっ」
「あ、気づいた?俺はマンション住民の皆さんの前でも全然平気っすよ。俺の奥さんなんだってマンションどころか世界中に自慢したい気分なんで」
「もうっ……なんて言ったらいいかわかんないじゃない」
「あ、そんな顔みたらマジ限界。今日は朝まで寝れないですから、三年分噛ませてくださいね。じゃあ早く梅子さん家いこ?そもそも俺、住むとこねぇし」
「えっ!そう、なの?」
「うん。一緒に住も」
「ど、同棲ってこと?」
「ま、籍入れるまでは、そうすね。ま、同居人っていうかー、番犬みたいな?今日から梅子さん専用の番犬だと思って末永く可愛がってくださいね。ご存じのとおりちょっと噛み犬ですけど」
「ちょっとどころじゃないじゃない!」
世界が子供みたいにケラケラ笑う。私もつられて声を出して笑った。
目の前の世界の声が世界の笑顔が世界の体温が、世界を構成するすべてが愛おしくて幸せだ。また涙が滲みそうになったのを気づいた世界が両手を広げた。
「おいで」
「ンッ……」
そして、抱きしめられれば、長らくほったらかしにされていた唇はすぐにあったかくなる。ゆっくりゆっくり熱を交換しながら、甘く痺れていく。
「好き……」
「俺は大好きだよ」
もうこの幸せの味を覚えてしまった私は、もう一生どこにもいけないだろう。甘い言葉と世界の毒に、身体中を侵されて飼い殺されるのはきっと私の方だ。
「世界くん……大好き」
──もう二度と離れない。
晴れの日も雨の日も風の日も、雷の日だってきっと二人なら大丈夫。
二人寄り添って歩く未来への道がいま目の前にはっきり見えるから。
「もう一生俺の腕の中に居ろよ」
私は世界の唇に全てを委ねながら、返事をするように背中に回した両手にぎゅっと力を込めた。
その声にあっという間に視界が滲んで、勝手に涙の粒がコンクリの床に転がっていく。
「五円玉は、ご縁を運んできてくれるから大事にしなきゃだよね?梅子さん」
五円玉を拾いあげるとそのまま大きな掌が私の体をぎゅっと抱きしめた。
懐かしい甘い匂いに、私は涙がしみ込むのも構わずワイシャツに顔を埋めた。
「……世界……くん」
「ただいま。遅くなってごめん」
世界が私の頬に触れると直ぐに涙を掬っていく。三年ぶりにようやく会えた世界は、三年前よりもずっと大人に見えて、その表情は自信に満ち溢れている。私は掌をそっと伸ばした。
「……夢みたい……本物、だよね……」
思わず触れた世界の頬はちゃんとあったかい。じんと伝染する体温に世界の笑顔が重なる。
「ふっ……誰に見えてんすか?本物ですよ。生きてますし、お化けじゃねぇし」
「……すっごく……会いたかったの。すっごく寂しかったの……」
「うん。俺も会いたくて会いたくてたまらなかった……毎日梅子さんのこと考えない日なかったよ」
世界が切れ長の瞳を優しく細めると、すぐに頬にちゅっとキスを落とした。
「もうこれからはずっと一緒だから」
「……う、ん……ひっく……もう絶対……離さないで」
世界が何度も私の目尻から涙の粒を掬うと、私の左手の薬指に口づける。
「ね、目瞑って?」
「え?」
「いいから」
言われるがままに少しの時間、目を瞑れば指先に冷たい感触が走る。
「はい。いいよ」
ゆっくり瞳を開ければ、私の薬指には大きな白銀の煌めきが宿っている。
「……これ……世界く……」
世界が私の手をとったまま、ひざまづいた。
「源梅子さん、俺と結婚してください」
「ひっく……私……」
「あー……その顔ツボっすね。マジでさっさと押し倒したいんで返事ちょーだい?」
「末永く……となりに居させてね」
世界が意地悪く笑うと、私を目いっぱい抱きしめた。
「もう二度と離すかよ。じゃあいただきまーす」
世界の唇が首筋に触れてチクンとする。目眩を覚えそうになりながら、私はふと我にかえると、世界の胸元をトンとおした。
「ばか、ここ通路じゃないっ」
「あ、気づいた?俺はマンション住民の皆さんの前でも全然平気っすよ。俺の奥さんなんだってマンションどころか世界中に自慢したい気分なんで」
「もうっ……なんて言ったらいいかわかんないじゃない」
「あ、そんな顔みたらマジ限界。今日は朝まで寝れないですから、三年分噛ませてくださいね。じゃあ早く梅子さん家いこ?そもそも俺、住むとこねぇし」
「えっ!そう、なの?」
「うん。一緒に住も」
「ど、同棲ってこと?」
「ま、籍入れるまでは、そうすね。ま、同居人っていうかー、番犬みたいな?今日から梅子さん専用の番犬だと思って末永く可愛がってくださいね。ご存じのとおりちょっと噛み犬ですけど」
「ちょっとどころじゃないじゃない!」
世界が子供みたいにケラケラ笑う。私もつられて声を出して笑った。
目の前の世界の声が世界の笑顔が世界の体温が、世界を構成するすべてが愛おしくて幸せだ。また涙が滲みそうになったのを気づいた世界が両手を広げた。
「おいで」
「ンッ……」
そして、抱きしめられれば、長らくほったらかしにされていた唇はすぐにあったかくなる。ゆっくりゆっくり熱を交換しながら、甘く痺れていく。
「好き……」
「俺は大好きだよ」
もうこの幸せの味を覚えてしまった私は、もう一生どこにもいけないだろう。甘い言葉と世界の毒に、身体中を侵されて飼い殺されるのはきっと私の方だ。
「世界くん……大好き」
──もう二度と離れない。
晴れの日も雨の日も風の日も、雷の日だってきっと二人なら大丈夫。
二人寄り添って歩く未来への道がいま目の前にはっきり見えるから。
「もう一生俺の腕の中に居ろよ」
私は世界の唇に全てを委ねながら、返事をするように背中に回した両手にぎゅっと力を込めた。
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