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最終章 契約終了ってことで

第66話

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俺は秘書室の入るとデスクに座りパソコンの電源を入れながら、日課になってしまっているポルトルーナの商品カタログを捲った。

ポルトルーナの家具はモダンでありながら洗練された革新的なデザインで、インテリアの枠にとどまらず、その佇まいはもはや芸術作品と言っても過言ではない。

「やば。マジでカッコいいな」

こんな家具をTONTONの陶器と組み合わせて作成することが出来たならきっと、うちの新たな主力商品になる。

陶器を天板に使用したサイドチェストや、カップボードのつまみにうちの陶器ねじを改造して取り付けたり、テレビボードに枠部分に陶器で出来た引き出しをつけるのも面白い。既存ではまだ存在しない家具を俺の掌から生み出せたらと考えただけでわくわくが止まらない。

「……って俺何やってんだよ」 

気づけばいつの間にか頭の中に浮かんだデザイン画を手元のコピー用紙に大量に落書きしてしてしまっていて、俺は盛大にため息を吐きだした。


──ガチャ

「世界はいるわね」

俺が返事をする前に扉が開けば、パンツスーツに身を包んだ由紀恵が部屋に入って来る。

「あのさ、返事してから入れよな」

「あら、部下の部屋に入るのにいちいち許可いるかしら?御堂秘書?」

「あー……マジで嫌味だな」

由紀恵は俺の目の前まで歩いていくとチケットを目の前に差し出した。

「はい。来週のイタリア行の飛行機のチケットよ」

俺はあえて由紀恵の前で目の前のデザイン画をくしゃくしゃに丸めるとゴミ箱に放り投げた。

「これが俺の答えだから。イタリアには行かない」

直ぐに由紀恵の眉に皺が寄った。

「理由は?まさかと思うけど、つまらない理由じゃないでしょうね?」

「アンタにとってはつまらないかもしれないけど、俺にとっては一番大事だから」

「先方にそんな理由伝えられると思ってるの?……一回り離れた恋人と離れたくないからってこんな千載一遇のチャンスもう二度とないのよっ」

由紀恵の珍しく声を荒げた様子に、俺は掌を握った。

何度も何度も考えた。正直梅子と籍を入れてイタリアに連れていくか、最後まで悩んだ。

でも見積課の仕事が好きで梅子の体の一部と言っていいほど、仕事にやりがいと誇りを持っている梅子の生きがいを、俺の身勝手で奪ってもいいとはどうしても思えなかった。

「分かってる……何度も考えたし、すっげぇ悩んだ。でも、今俺は梅子さんを置いてイタリアには行けない。今行けば三年間、帰国は難しい……三年も梅子さんを日本に置いていけない。何よりも大切だから……だから俺の答えは行かない。もう決めたから」

「世界、その話ぶりだと……源課長に話してないのね。なぜ話さないの?源課長なら」

「行けって言うからだよ……」

俺は由紀恵の言葉を遮ると静かに言葉を吐いた。

「梅子さんに言えば、百パーセント行けっていうよ。自分のせいで夢を諦めて欲しくないっていうに決まってる。かといって今すぐ俺と結婚する気もない。俺の負担になるのが嫌だからって、別れるっていうに決まってるっ、俺は……どうしても別れたくない……夢より梅子さんの方が大切だから」

由紀恵はしばらく黙って再度大きくため息を吐きだした。

「どうして、こう困らせるのかしらね」

「何?俺がイタリア行かなかったら、商品開発もクソもねぇし……社長の座はしばらく安泰じゃね?」

「そうね。それに世界はもっと大人だと思ってたわ。一人の女性のことで周りが見えなくなるなんて……この先このTONTONのトップには相応しくない。あなたには会社も従業員をまもる器じゃないわ」

俺はギリッと奥歯を噛みしめる。

「いい?世界。あなたにははっきり言って、世界を見渡せる大きな視野と人を惹きつけるカリスマ性もある。さらには生まれながらの天性のマーケティング能力もあるわ。私の跡継ぎには……あなたしかいないと思ってる」

「何だよ……急に。そんなこと言われても俺は行かない……梅子さんがいればそれでいい」   

由紀恵の顔が歪むと俺を軽蔑するような目で見下ろした。

「そう。はっきりいって見損なったわ。ここまで子供だとわね。そんなあなたが社長なんてとんでもないっ!甘ったれた覚悟しかないあなたには、会社どころか一人の女性も守れるとは思えないわ。二度と社長になりたいだなんて言わないで頂戴!今後は身分をわきまえなさいっ」

由紀恵はそう吐き捨てると、俺に踵を返し、乱雑に扉を閉めて出ていった。 


「……くそ……もう分かんねぇ……」

あんな風に俺のことを叱る由紀恵は初めてだ。

(……ガキだってわかってるよっ……)

もう何が最善なのかどの選択肢が正解なのか、いつまでたっても心は揺れて迷って定まらない。

未来は不透明で不安定でここからじゃ何一つ確かに見えない。分からない。

──だから決めたんだ。いま傍にいる温もりを、俺に伸ばしてくれる掌だけを掴んで守っていくって。

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