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最終章 契約終了ってことで
第64話
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ベッドには月明かりが差し込んでいて、世界が私を抱きかかえるようにして眠っている。
お風呂に一緒に入った後、世界に求められるまま身体を重ねたが、最近の世界は私とのセックスを何かの不安解消にしているような気がしてならない。
決して抱き方が乱暴というわけじゃなくてむしろ逆だ。私が傍にいることを確かめて安心するように丁寧に何度も身体中を愛撫してから行為に及ぶ。
「……何かあったの?」
まつ毛を揺らして眠る世界はいつもと変わらないのに、時折見せるいつもと違う世界の表情に心配でたまらなくなる。
「……さっき……どうしてあんなこと聞いたの……?」
浴室で世界がまさかあんなことを聞いてくるとは思わなかった。
上手く言えずに曖昧な返事になってしまったが、世界があんなことを聞くなんて何か理由があるんじゃないだろうか?少なくとも世界は、私の仕事も仕事に対する姿勢も思いも十分理解してくれていて、ただ何となくであんなことを聞くほど子供じゃない。
「……結婚したら……家に入ってほしいの?」
両親を亡くしている世界は温かい家庭というものに憧れを持っているのかもしれない。寂しい子供時代を過ごしたからこそ、仕事から帰ってきたら世界を子供と一緒に出迎え、家族で食卓を囲みたわいない会話をする。そんなささやかな温もりと幸せのある生活を無意識に求めているのかもしれない。
(仕事を……やめる、か……)
もし世界に、仕事をやめて家に入って欲しいと、はっきりとそう言われたら私はどうするだろう?
世界のことは何より誰よりどんなことより大切だ。でも仕事も私の体の一部分と言っていいほど大切で生きがいだといえる。簡単に手放すことなど到底出来ない。
私は世界の腕をそっと持ち上げ起こさないようにベッドから降りると、グラスに水を注いだ。
冷たい水分が喉を通過して胃にしみ込んでいく。不安も心配も飲み込むように私は一気に流し込んだ。
「今度……聞いてみようかな」
世界が抱えていることを正直に私に話してくれるのかは分からないが、もし何か不安や心配事があるならば二人で半分に分け合いたい。二人で何でも分け合って寄り添って歩いていきたいから。
私はグラスをシンクに置くと暗闇の中、月明かりを頼りに寝室へと足を向ける。
「きゃ……」
ベッドに戻ろうとして、私は足元の何かに躓きバランスを崩す。慌てて足先を踏ん張った。
「……痛っ……何?」
なんとか転ばずに済んだが目を凝らせば世界の鞄が倒れていて中から書類が散らばっている。
「あ……世界くんの鞄蹴っちゃったんだ……」
私はしゃがみ込むと直ぐに書類を拾い上げていく。
「あ……れ?」
私は目の端に映った文字に目を細めると、書類すべてかき集め、月明かりに照らし文字を追っていく。そしてすぐに月明かりに浮かんだ書類に目を通して固まった。
「え?イタリア家具……デザイナーって……」
そこには世界が在学中に出したコンテストで新人賞を受賞したこと、イタリアの老舗高級家具ポルトルーナで家具製作チームで働かないかと打診が来ていること、その期限が三年間であること。お給料面は勿論、デザイン・家具作製のノウハウ・海外マーケティングまで学べると記載されておりそのほかも好条件の文言がずらりと並んでいる。
「すごい……世界くん……あっ」
私は唇を無意識に噛み締めていた。
(もしかして世界くん……このことを悩んで……)
最近、心ここにあらずのぼんやりとした世界の様子とさっき浴室で世界から突然聞かれた、仕事を辞めれるかという質問の意味がつながっていく。
「回答期限が月曜……出発は一週間後……」
私は気づけば口元に掌を当てていた。
以前世界が、いつかTONTONの陶器を使用したインテリア事業を立ち上げたいと目をキラキラさせながら話してくれたことを思い出す。
そんな世界がこの話を今現在まで私にしないということは、世界はこの話を辞退するつもりだということだ。それはこの打診に決して魅力感じていないからじゃない。
私と離れたくないから。
そんなの私だって離れたくない。
いつも一緒に居たい。
三年なんて気が遠くなるような期間だ。とても耐えられない。きっと寂しくてどうにかなってしまう。
「……世界くん……」
私は世界の名前を小さく呼ぶとしばらく丸く浮かんだ月をじっと眺めた。この書類を見なかったことにすればずっと世界と居られる。でも私のせいで世界がこの話を辞退するつもりだということを知ったからには、もう知らないふりなどとてもできない。
私のせいでこんな凄いチャンスを無駄にしてほしくもなければ、夢を諦めて欲しくない。
──世界の夢はもう私の夢でもあるのだから。
私は気づかれないようにそっと書類を仕舞うと、ベッドの中の世界の胸元に顔をうずめるようにしてぎゅっと瞳を閉じた。
お風呂に一緒に入った後、世界に求められるまま身体を重ねたが、最近の世界は私とのセックスを何かの不安解消にしているような気がしてならない。
決して抱き方が乱暴というわけじゃなくてむしろ逆だ。私が傍にいることを確かめて安心するように丁寧に何度も身体中を愛撫してから行為に及ぶ。
「……何かあったの?」
まつ毛を揺らして眠る世界はいつもと変わらないのに、時折見せるいつもと違う世界の表情に心配でたまらなくなる。
「……さっき……どうしてあんなこと聞いたの……?」
浴室で世界がまさかあんなことを聞いてくるとは思わなかった。
上手く言えずに曖昧な返事になってしまったが、世界があんなことを聞くなんて何か理由があるんじゃないだろうか?少なくとも世界は、私の仕事も仕事に対する姿勢も思いも十分理解してくれていて、ただ何となくであんなことを聞くほど子供じゃない。
「……結婚したら……家に入ってほしいの?」
両親を亡くしている世界は温かい家庭というものに憧れを持っているのかもしれない。寂しい子供時代を過ごしたからこそ、仕事から帰ってきたら世界を子供と一緒に出迎え、家族で食卓を囲みたわいない会話をする。そんなささやかな温もりと幸せのある生活を無意識に求めているのかもしれない。
(仕事を……やめる、か……)
もし世界に、仕事をやめて家に入って欲しいと、はっきりとそう言われたら私はどうするだろう?
世界のことは何より誰よりどんなことより大切だ。でも仕事も私の体の一部分と言っていいほど大切で生きがいだといえる。簡単に手放すことなど到底出来ない。
私は世界の腕をそっと持ち上げ起こさないようにベッドから降りると、グラスに水を注いだ。
冷たい水分が喉を通過して胃にしみ込んでいく。不安も心配も飲み込むように私は一気に流し込んだ。
「今度……聞いてみようかな」
世界が抱えていることを正直に私に話してくれるのかは分からないが、もし何か不安や心配事があるならば二人で半分に分け合いたい。二人で何でも分け合って寄り添って歩いていきたいから。
私はグラスをシンクに置くと暗闇の中、月明かりを頼りに寝室へと足を向ける。
「きゃ……」
ベッドに戻ろうとして、私は足元の何かに躓きバランスを崩す。慌てて足先を踏ん張った。
「……痛っ……何?」
なんとか転ばずに済んだが目を凝らせば世界の鞄が倒れていて中から書類が散らばっている。
「あ……世界くんの鞄蹴っちゃったんだ……」
私はしゃがみ込むと直ぐに書類を拾い上げていく。
「あ……れ?」
私は目の端に映った文字に目を細めると、書類すべてかき集め、月明かりに照らし文字を追っていく。そしてすぐに月明かりに浮かんだ書類に目を通して固まった。
「え?イタリア家具……デザイナーって……」
そこには世界が在学中に出したコンテストで新人賞を受賞したこと、イタリアの老舗高級家具ポルトルーナで家具製作チームで働かないかと打診が来ていること、その期限が三年間であること。お給料面は勿論、デザイン・家具作製のノウハウ・海外マーケティングまで学べると記載されておりそのほかも好条件の文言がずらりと並んでいる。
「すごい……世界くん……あっ」
私は唇を無意識に噛み締めていた。
(もしかして世界くん……このことを悩んで……)
最近、心ここにあらずのぼんやりとした世界の様子とさっき浴室で世界から突然聞かれた、仕事を辞めれるかという質問の意味がつながっていく。
「回答期限が月曜……出発は一週間後……」
私は気づけば口元に掌を当てていた。
以前世界が、いつかTONTONの陶器を使用したインテリア事業を立ち上げたいと目をキラキラさせながら話してくれたことを思い出す。
そんな世界がこの話を今現在まで私にしないということは、世界はこの話を辞退するつもりだということだ。それはこの打診に決して魅力感じていないからじゃない。
私と離れたくないから。
そんなの私だって離れたくない。
いつも一緒に居たい。
三年なんて気が遠くなるような期間だ。とても耐えられない。きっと寂しくてどうにかなってしまう。
「……世界くん……」
私は世界の名前を小さく呼ぶとしばらく丸く浮かんだ月をじっと眺めた。この書類を見なかったことにすればずっと世界と居られる。でも私のせいで世界がこの話を辞退するつもりだということを知ったからには、もう知らないふりなどとてもできない。
私のせいでこんな凄いチャンスを無駄にしてほしくもなければ、夢を諦めて欲しくない。
──世界の夢はもう私の夢でもあるのだから。
私は気づかれないようにそっと書類を仕舞うと、ベッドの中の世界の胸元に顔をうずめるようにしてぎゅっと瞳を閉じた。
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