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最終章 契約終了ってことで
第63話
しおりを挟む──パシャン
俺は目の前で小さく固まってる梅子を見ながら湯船のお湯を梅子の華奢な肩にかけてやる。梅子が恥ずかしがって今日もミルクバスでと譲らなかった為、梅子の肩から下は見えない。
「あ、りがと」
「どういたしまして」
同じ湯船に浸かりながらガチガチに固まっている梅子に目を細めつつ、俺は浴室の天井に目をやった。
セックスをしたあとの開放感と目の前に梅子がいる安心感が心地いい。少し目を瞑りかけて、あのことがよぎり、俺は小さくため息を吐き出した。この一週間、由紀恵から言われたあのイタリア渡航の件がこうやって目を瞑ろうとすればすぐに頭によぎってしまう。
(せっかく……ボスにも梅子さんのお母さんにも認めてもらったのに)
由紀恵にはとりあえず返事を濁したが、聞いた段階では梅子を置いてイタリアに行く選択肢は俺の中で全くなかった。
なかったはずなのに、資料を見れば心が揺れた。同封されていたポルトルーナの商品カタログを何回もめくっては、気になる商品に付箋をつけ、TONTONの陶器素材を使ったインテリア家具開発に向け、勝手に脳の中でデザイン画まで描いてしまうほどに時間を忘れてのめり込んでしまう。
俺はまたため息を吐きだしそうになって、慌てて口を塞いだ。
「世界くん?」
「え?どした?」
「あ……えとやけに静かだから、ちょっと気になっただけなんだけど……心配ごと?」
「あー……いや、ちょっと……数数えてた」
「え?何の?」
(何の?それ聞く?マジか……)
俺は咄嗟に梅子に不審に思われない当たり障りのない返事をする。
「……セックスはさっきので6回目。風呂は2回目だなって。もう慣れました?」
「慣れるわけないでしょっ……こ、こんな恥ずかしいこと……慣れてたまるもんですかっ」
「ぷっ。風呂そんな恥ずかしいんだ。でも、俺とのセックスはさすがにもう慣れましたよね?」
「ばかっ、慣れ……」
「てないとは言わせないですけどねっ、と」
俺は湯船の中で梅子を両足の間に挟み込むようにして抱きしめて密着させる。
「ちょ…っと、くっつかないで……」
「肌綺麗っすよね」
梅子は肌が白くてきめ細かい。俺はぱくんと梅子の耳たぶを食べた。
「きゃあっ」
梅子が声を上げるとすぐに俺を睨む。
「ばか、噛まないで」
「噛みたくなるような梅子さんの耳たぶが悪い」
「な、何よそれ……わ、私が悪いみたいじゃない」
「そだよ。梅子さんが全部悪い」
一つじゃたりない。本当はもっともっと噛みつきたい。身体だけじゃなくて心にも噛み付いて一生俺しか見られないように縛り付けてしまいたい。
「……世界くん?」
「ねぇ梅子さん……俺のこと好き?」
本当にガキだなと思う。
それでも確かめずにはいられない。
今すぐには大人になれないから。
「好きだよ……」
期待していた言葉なのに、はっきりと梅子の声と言葉で言われば心はぽかぽかと満たされていく。
離れるなんて到底できない。
俺は唇をしめらせた。それと同時に脳裏にはある質問が浮かんでくる。こんなこと聞くべきじゃないなんてわかっている。梅子の好きなことを取り上げるなんて、俺にはどうせできないくせに。
それでも気がつけば俺は口を開いていた。
「……じゃあさ……俺と結婚したら……好きな仕事辞めれる?」
自分で聞いておいて心臓が駆け足になる。
ほんの少しだけ梅子の言葉を期待する。
梅子が俺の方を振り返って、じっと見つめた。
「どう、したの?何かあった?仕事……辞めて、なんて……世界くんらしくないっていうか……びっくりしたというか……」
(俺らしくないか……だよな)
梅子にとって今の仕事がかけがえのないものだと勿論理解もしているし、梅子が俺と結婚したとしても仕事を辞めるつもりがないことも分かっていた。
どちらかといえば、誇りをもって好きな仕事を日々生き生きとしている梅子が俺は好きだ。
「ごめん、ガキみたいな質問。忘れて」
「え?世界、くん?」
俺は心配そうに俺を見つめている梅子の濡れた髪をすくように撫でると唇を落とした。
そしてそのまま梅子を抱きしめ直した。
「……好きだよ、俺のそばから離れないで」
もう離れるなんてどうしたってできない。きっと見えない鎖で縛られてるのは俺の方だ。梅子がいなきゃ息もできないほどに、梅子に溺れてる。
──梅子さえいればもう何にもいらないから。
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