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最終章 契約終了ってことで

第61話

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──空には月がまんまるに輝いていて、星が小さな光をチカチカと点滅させている。

「ね、今日何食べたい?」

世界とこうして仕事帰りに待ち合わせて、手をつないで帰る日々がまたやってくるなんて、あの雷の夜から一週間たった今でもまだ信じられない。

ただ家に帰るだけの帰り道すら、世界が隣に居るだけで幸せだと感じる私は完全に年下ワンコとの恋に溺れてしまっている。

私は繋いだ指先にきゅっと力を込めた。

「久しぶりに……世界くんのオムライスたべたい」

見上げれば世界がすぐに意地悪な顔をする。

「俺はそんな顔して俺見てくる梅子さんを食べたい」 

「もうっ……やめてよ、恥ずかしいでしょ!」

「いい加減慣れません?もうセックスだって五回しましたし、風呂だって一緒に入ったじゃん。見られて恥ずかしいとこなんてあんの?」

「……ちょっと、回数かぞえてんの?!気持ち悪いわね!」

「は?好きな女抱く回数数えて何が悪いの?前も俺言いましたけど、ささいなことでバカみたいにヤキモチやくんで!」

「え?それ、どういう意味なの?」

怪訝な顔をした私に世界が切れ長の瞳をキュッと不満げに細めてくる。

「だからー。梅子さんの歴代彼氏に抱かれた回数、どうせ今俺が一番ランキング下でしょ!?抱きまくってはやくランキング一位になって、もう俺しか抱かれたくないって言うくらい溺れさせたいんで」

「な、なんて……恐ろしい野望なの……」

「あ、面白いくらい引いてますね。全然いいすよ、どうせ今日も抱くし」

「えっ……ちょっと、だって昨日も……」

「気持ちよさそうにしてましたよね?」

「なっ……」

マンションのエントランスをくぐりながら、口ごもった私を楽しげに眺めながら世界があっという間にキスを一つおとす。

「ばかっ、誰かに見られたら……」

世界を睨み上げると同時に聞きなれた声が聞こえてくる。


「梅ちゃん、世界くんおかえりなさい」

「わっ、お母さん!」

世界が私から手を解くと直ぐに桜子にお辞儀をしながら挨拶をする。

「あ、えっと……お母さん、ご無沙汰しております」

「久しぶりね……二人ともお腹減ってるでしょ?いつもの食べましょ」

桜子が困ったように笑いながら買い物袋を持ち上げて見せた。

「やっぱお母さんのお好み焼き最高っすね」

私の隣では世界がふうふうしながら、桜子特製お好み焼きをおいしそうに頬張っている。

「でしょ?梅ちゃんもどう?美味しい?」

「うん、美味しい」

私はお好み焼きを食べながら、いつ桜子に世界と寄りを戻したことをちゃんと話そうか思案していた。

(さっきのキス絶対見られてたし……そもそも手をつないでたし。あ……お見合いも断らなくちゃ……)

「お、お母さん、あれから体調どう?」

ぎこちなく発した私の言葉に直ぐに世界が箸をおいた。

「えっ、お母さん、どこか悪かったんですか?」

「あ、ちょっと仕事しすぎて過労で倒れちゃったんだけど大したことなかったのよ。無事今日で展覧会も終わって、深夜の新幹線で自宅に帰るんだけど、その前に梅ちゃんが心配でちょっと覗きにきちゃった……でもお邪魔だったかしら?」

「あ、いや全然です」

すると世界が急に真面目な顔をすると桜子の方へ体を向けた。

「あの、僕からお母さんにお話しがあります」

「なにかしら?」

桜子も察したようにすぐに世界の方へと向き直った。
   
(世界くん?)

世界が真っすぐに桜子を見つめて急に食卓に緊張が走る。

「今、僕は梅子さんと結婚を前提にお付き合いさせて頂いております」

「えっ、ちょっと世界くん」

「ごめん、梅子さんちょっと黙っててくれる?ちゃんとお母さんには俺の言葉で話したいから」

世界は唇を湿らせると直ぐに言葉をつづける。

「お母さんから見たら、僕みたいなまだ新入社員が結婚前提とかご不安に思われるかもしれませんが、僕は本気です。梅子さんの真っ直ぐで思いやりのある飾らない人柄が僕は大好きです。仕事においては梅子さんの、真摯に向き合う姿勢を尊敬しています。
お母さんから見たら、頼りなくて、大事な娘さんを任せる相手としては不十分だと重々承知しております。でも……必ず生涯かけて梅子さんを守ります、絶対幸せにします。だからどうか結婚を前提とした交際を認めて頂けないでしょうか、お願いします」

世界が膝につくほどに頭を下げるのを見ながら、私のお好み焼きが涙で濡れていく。

「顔を上げてくれるかしら?」

世界が真っ直ぐに桜子を見つめた。

「正直言うと……年が随分違うでしょう?今は梅子を好いてくれているけれど……世界くんは若いから……やっぱり同年代の方とのお付き合いの方が気楽だし、変に気負うこともないんじゃないかしら?」

「僕は……梅子さんみたいな女性にはもう二度と巡り合えないって思っていて、梅子さんが運命の人だと思っています。なので……梅子さん以外と結婚なんて考えられません」

桜子が少し黙ってからまた口を開く。

「じゃあ逆に……世界くんの負担にはならないかしら?あと梅子にとっても若い世界くんのとなりは……不安に感じる部分も多いんじゃないかしら?若いあなたに梅子の全てを背負える覚悟があるかしら?」

「俺は……負担だなんて一度も思ったことないです。ただ俺のとなりにいると不安ではないかと問われたら……正直……不安にさせる要素はあると思います。でもそのことで梅子さんが泣いたり、辛いと感じることがないよう俺が全身全霊で守ります。梅子さんを誰よりも何よりも大切にして生涯かけて愛します。どうか認めてください」

世界が再び頭を下げるのを見ながら、私はこぼれ続ける涙をそのままに桜子に向って頭を下げた。

「お母さん……私ね……世界くんのそばに居たいの。真っすぐに私をみて大事にしてくれる彼のそばに寄りそって支えていきたいって思ってる。だから……お母さんも……世界くんと私のこと信じて欲しいの」

桜子はしばらく黙ったままだった。そして小さく息を吐き出すとゆっくり口を開いた。

「……二人とも顔を上げなさい」

桜子は私と世界を交互に見つめるとふっと笑った。

「本当……困ったわね」

「……え?お母さん?」

「だって……二人からこんなふうに頭をさげられて、信じて欲しいって言われたら……もう心配通り越して……応援するしかないでしょう?」

その桜子の言葉にまた涙がこみあげてくる。世界が立ち上がりティッシュを取ると私の掌にそっと乗せた。私は涙をティッシュに染み込ませる。

「お母さん……ありがと……」

桜子がふわりと笑った。

「泣き虫で強がるところのある梅子だけど……頑張り屋さんで優しくて自慢の娘なの。世界くん……どうか末永く梅子を守ってやってね」

「はい、必ず梅子さんを世界一幸せにしてみせます」

世界が嬉しそうに笑い、桜子もほっとしたように笑顔を返すとすぐにコテを握った。

「じゃあ……今夜は婚約祝いね。早速、桜子特製お好み焼き第二弾いきましょうか!」

「お!待ってました!」

ニカッと歯を見せて笑う世界と優しい笑顔の桜子に、この日、私のお好み焼きは食べ終わるまでうれし涙で滲みっぱなしだった。

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