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第7章 雷雨は恋の記憶と突然に
第47話
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※※
私はタクシーの中で掌を重ねたまま、震える身体を落ち着かせようと何度も深呼吸を繰り返す。
「梅子、大丈夫だから」
殿村がそう声を掛けてくれたのは何度だろうか。時間の感覚がまるでない。
「着いた、行こう」
私達はタクシーが病院に到着すると真っすぐに救急外来の受付へ向かう。もう足の感覚もあいまいだ。今まで自分がどんな顔をしてどんなふうに息していたのかも分からないくらいに真っ黒い不安だけがぐるぐると頭の中で増殖して心がつぶれてしまいそうだ。
(あれからどのくらい経ったんだろう)
不安で時間感覚がマヒして指先は震えっぱなしになっている。
「大丈夫だよ」
殿村がそっと私の掌を包んだ。
頷きながら直ぐに受付で桜子の病室の番号を教えてもらい、二人でエレベーターに乗り込み三階に上がる。
「梅子、僕がいるから」
「うん……」
エレベーターを降り、殿村に手を引かれて桜子の名前と病室番号を確認すると私は白い扉を開けた。
「……お母さんっ」
真っ白なカーテンを捲れば点滴を打たれながら桜子が静かに眠っている。私は桜子の頬にそっと触れた。
(良かった……あったかい……)
思わず大きく息を吐き出すと私はベッドサイドの丸椅子に座りこんんだ。
「ん……梅ちゃん?」
桜子がゆっくりと目を開けると、すぐにいつものようににこりと微笑んだ。ただいつもより顔色は悪く疲れた顔をしている。
「お母さんっ……大丈夫なのっ」
「えぇ、さっき私も担当医から説明うけて、ただの過労なのに……梅ちゃん忙しいのにごめんね」
桜子が私の頭をそっと撫でた。
「ううん……そんなことない……ひっく……良かった、すごく心配だったの」
「そうよね、お父さんのこと……思い出させてしまってわよね……ごめんね……」
桜子は目じりを下げると私を安心させるように、手をひらひらさせて見せる。
「でもほんと点滴ってすごいわ、もう元気になってきたもの」
「もう、お願いだから。しばらくは安静にしてよ」
「……そうね……心配かけて……本当ごめんね、梅ちゃん」
桜子が私の頬に手を伸ばすとそっと涙を掬った。
「えっと……ところで……梅ちゃんそちらの方は?」
桜子の声にカーテンの後ろで遠慮がちに立っていた殿村がベッドサイドに歩み寄った。
「……初めまして。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。梅子さんと同じ会社で働いている、同期の殿村伊織と申します。重篤な症状ではないとのことで安心いたしました」
「お母さん。ちょうど残業してた時に病院から電話あって、私、パニックになっちゃって……殿村が心配してここまで付き添ってくれたの……」
桜子が起き上がると頭を下げた。
「見ての通りちょっと過労で……梅子に付き添ってくださり有難うございます」
「あっ、そんなやめてください。こちらこそ……いつも仕事では梅子さんには大変お世話になっております」
殿村が長身を折りたたみ深く頭を下げるのをみて桜子がふっと笑った。
「……あなたのような方が同期で……それも梅子の傍にいてくださったら安心です」
「ちょっと、お母さんっ」
見れば返事に困った殿村が気恥ずかしそうに頭を掻いた。そして桜子から私へとゆっくり視線を移した。
「えっと……僕がいるとお邪魔だと思うから、一旦仕事に戻ってまたあとで迎えに来るな」
「あ……そういえば殿村!あの見積りの提出今晩って言ってたよね!?ごめんなさいっ、私のせ……」
「梅子のせいじゃないよ、僕が付き添いたかっただけだし。得意先にも遅れるってメールしておいたから今から見積り届けたらまた戻って来るから」
「いや、でも、悪いわよ。お母さんも大丈夫だったし……一人で帰れるから」
「どうせ僕、得意先から帰るのにタクシー拾うから。一緒に乗っていけばいいだろ。じゃあまたあとで」
「え、殿村っ……」
殿村は桜子に一礼し、私に片手をあげるとそそくさと扉を開けて出ていった。
私はタクシーの中で掌を重ねたまま、震える身体を落ち着かせようと何度も深呼吸を繰り返す。
「梅子、大丈夫だから」
殿村がそう声を掛けてくれたのは何度だろうか。時間の感覚がまるでない。
「着いた、行こう」
私達はタクシーが病院に到着すると真っすぐに救急外来の受付へ向かう。もう足の感覚もあいまいだ。今まで自分がどんな顔をしてどんなふうに息していたのかも分からないくらいに真っ黒い不安だけがぐるぐると頭の中で増殖して心がつぶれてしまいそうだ。
(あれからどのくらい経ったんだろう)
不安で時間感覚がマヒして指先は震えっぱなしになっている。
「大丈夫だよ」
殿村がそっと私の掌を包んだ。
頷きながら直ぐに受付で桜子の病室の番号を教えてもらい、二人でエレベーターに乗り込み三階に上がる。
「梅子、僕がいるから」
「うん……」
エレベーターを降り、殿村に手を引かれて桜子の名前と病室番号を確認すると私は白い扉を開けた。
「……お母さんっ」
真っ白なカーテンを捲れば点滴を打たれながら桜子が静かに眠っている。私は桜子の頬にそっと触れた。
(良かった……あったかい……)
思わず大きく息を吐き出すと私はベッドサイドの丸椅子に座りこんんだ。
「ん……梅ちゃん?」
桜子がゆっくりと目を開けると、すぐにいつものようににこりと微笑んだ。ただいつもより顔色は悪く疲れた顔をしている。
「お母さんっ……大丈夫なのっ」
「えぇ、さっき私も担当医から説明うけて、ただの過労なのに……梅ちゃん忙しいのにごめんね」
桜子が私の頭をそっと撫でた。
「ううん……そんなことない……ひっく……良かった、すごく心配だったの」
「そうよね、お父さんのこと……思い出させてしまってわよね……ごめんね……」
桜子は目じりを下げると私を安心させるように、手をひらひらさせて見せる。
「でもほんと点滴ってすごいわ、もう元気になってきたもの」
「もう、お願いだから。しばらくは安静にしてよ」
「……そうね……心配かけて……本当ごめんね、梅ちゃん」
桜子が私の頬に手を伸ばすとそっと涙を掬った。
「えっと……ところで……梅ちゃんそちらの方は?」
桜子の声にカーテンの後ろで遠慮がちに立っていた殿村がベッドサイドに歩み寄った。
「……初めまして。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。梅子さんと同じ会社で働いている、同期の殿村伊織と申します。重篤な症状ではないとのことで安心いたしました」
「お母さん。ちょうど残業してた時に病院から電話あって、私、パニックになっちゃって……殿村が心配してここまで付き添ってくれたの……」
桜子が起き上がると頭を下げた。
「見ての通りちょっと過労で……梅子に付き添ってくださり有難うございます」
「あっ、そんなやめてください。こちらこそ……いつも仕事では梅子さんには大変お世話になっております」
殿村が長身を折りたたみ深く頭を下げるのをみて桜子がふっと笑った。
「……あなたのような方が同期で……それも梅子の傍にいてくださったら安心です」
「ちょっと、お母さんっ」
見れば返事に困った殿村が気恥ずかしそうに頭を掻いた。そして桜子から私へとゆっくり視線を移した。
「えっと……僕がいるとお邪魔だと思うから、一旦仕事に戻ってまたあとで迎えに来るな」
「あ……そういえば殿村!あの見積りの提出今晩って言ってたよね!?ごめんなさいっ、私のせ……」
「梅子のせいじゃないよ、僕が付き添いたかっただけだし。得意先にも遅れるってメールしておいたから今から見積り届けたらまた戻って来るから」
「いや、でも、悪いわよ。お母さんも大丈夫だったし……一人で帰れるから」
「どうせ僕、得意先から帰るのにタクシー拾うから。一緒に乗っていけばいいだろ。じゃあまたあとで」
「え、殿村っ……」
殿村は桜子に一礼し、私に片手をあげるとそそくさと扉を開けて出ていった。
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