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第6章 恋の見積もり対決
第34話
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タクシーに乗り込んでからも、殿村は私の掌をずっと握っていてくれた。
多分気づいていたんだと思う。
掌を離されればまた震えてしまうことを。
自宅マンションが見えてきて私はそっと殿村の掌を離した。
「あ、殿村……ここで大丈夫だから」
「いや、今日だけは玄関まで送る」
「え、でも悪いわよ、ここから家まですぐだし……」
「はい、梅子降りて」
殿村はさっとタクシー運転手に支払いをすませるとまた私の手を引いた。殿村は本当に玄関まで送るつもりで、家に上がり込むような人ではない。そう分かっているのに、自宅に二人で手を繋いで帰る状況に緊張してしまう。
エレベーターのボタンを押せば殿村がふっと笑った。
「そんな緊張しなくても上がり込んだりしないよ。手を離したらまた震えるだろ、だから繋いでるだけだから」
「……どうしてわかるの?」
ぽつりと溢れた言葉に殿村の二重瞼が大きくなった。
「嫌なことを……思い出させたらと思って言わなかったが梅子、入社して三年目のとき、電車で痴漢にあったことあるだろ?」
「え?殿村に……話したっけ……」
そう言いながらも私は殿村の掌をぎゅっと握り締めた。
「あぁ、そうだよな。ごめん。もう退社したけど、俺たちの新入社員研修でお世話になった課長に、梅子が泣きながら話してたの偶然立ち聞きしてしまってさ……」
「あ、そうだったんだ……」
もう十年以上前の夏に、私は通勤途中、電車の中で痴漢にあったことがあった。あの時も怖かった。見知らぬ人に体を触れられた恐怖は、普段は忘れていても同じようなシチュエーションですぐに記憶が呼び寄せられる。
「うん。その時も震える掌をその課長が握ってて、梅子が少しだけほっとしたような顔をしてたから……」
「そんな前のことを覚えててくれたんだね……」
「……梅子のこと、ずっと見てたから……見てるだけでもよかったのにな、いつからか欲しくなった。僕が気持ちを伝えることで梅子が困るの分かってたのにな。ほら、いい加減エレベーター乗らなきゃな」
「あ……うん」
「あと、御堂にちゃんと言えよ」
「え?」
「……恋人なんだろ?ちゃんと良いことも悪いことも嬉しかったことも悲しかったこともなんでも共有して二人で支え合っていかなきゃな。年下だからと遠慮しなくていい。分かったか?」
殿村は私の返事を期待していなかったのか、頭をポンと撫でると唇の端を引き上げた。そして一階に降りてきて止まったままだったエレベーターの扉を再び開くと、殿村が手を引いた。
3階に着くといつものようにチンッと音が鳴ってエレベーターの扉がゆっくりと開く。
目を見開いたのは、私も殿村もほぼ同時だった。
「……世界、くん……」
玄関扉に背を預けたまま、首だけこちらに向けた世界の瞳と視線がかち合った。
咄嗟に掌を解こうとした私の掌を殿村が握りなおすと、真っ直ぐに世界に向かって歩いていく。
「ちょっと……殿村っ」
「多分アイツ勘違いしてるから、ちゃんと僕から話す」
世界の玄関前までいくより先に、世界が殿村に駆け寄ると乱暴に胸元を掴み上げた。
「ふざけんなよっ!誰の女だと思ってんだよ!」
「やめてっ、世界くん!」
世界が視線だけで私を睨んだ。
「庇うってことは梅子さん、コイツ家にあげるつもりだった?」
「違う!殿村は私を心配して送ってくれただけで」
「マジで鈍いよな!男が女送ってそのまま帰るつもりなワケねーだろ!」
殿村は世界に胸元を掴み上げられたまま、口元を緩めた。
「どうしようもないな……本当にガキだな。梅子がそんなに信用できないか?」
「は?俺はアンタに聞いてんだよっ!接待のあとに送るとか言って梅子さん家に上がり込むつもりだったんだろ!」
殿村は私からようやく掌を離すと世界と視線を合わせた。
「お前と違って僕は梅子を困らせたくもないし、泣かせたくもないんでね。そもそも僕がここまで送ったのは接待で……梅子がこわい思いをしたから……震えてたから……手を握って玄関先まで送って帰るつもりだった」
その言葉に世界の顔色が変わるのがわかった。
多分気づいていたんだと思う。
掌を離されればまた震えてしまうことを。
自宅マンションが見えてきて私はそっと殿村の掌を離した。
「あ、殿村……ここで大丈夫だから」
「いや、今日だけは玄関まで送る」
「え、でも悪いわよ、ここから家まですぐだし……」
「はい、梅子降りて」
殿村はさっとタクシー運転手に支払いをすませるとまた私の手を引いた。殿村は本当に玄関まで送るつもりで、家に上がり込むような人ではない。そう分かっているのに、自宅に二人で手を繋いで帰る状況に緊張してしまう。
エレベーターのボタンを押せば殿村がふっと笑った。
「そんな緊張しなくても上がり込んだりしないよ。手を離したらまた震えるだろ、だから繋いでるだけだから」
「……どうしてわかるの?」
ぽつりと溢れた言葉に殿村の二重瞼が大きくなった。
「嫌なことを……思い出させたらと思って言わなかったが梅子、入社して三年目のとき、電車で痴漢にあったことあるだろ?」
「え?殿村に……話したっけ……」
そう言いながらも私は殿村の掌をぎゅっと握り締めた。
「あぁ、そうだよな。ごめん。もう退社したけど、俺たちの新入社員研修でお世話になった課長に、梅子が泣きながら話してたの偶然立ち聞きしてしまってさ……」
「あ、そうだったんだ……」
もう十年以上前の夏に、私は通勤途中、電車の中で痴漢にあったことがあった。あの時も怖かった。見知らぬ人に体を触れられた恐怖は、普段は忘れていても同じようなシチュエーションですぐに記憶が呼び寄せられる。
「うん。その時も震える掌をその課長が握ってて、梅子が少しだけほっとしたような顔をしてたから……」
「そんな前のことを覚えててくれたんだね……」
「……梅子のこと、ずっと見てたから……見てるだけでもよかったのにな、いつからか欲しくなった。僕が気持ちを伝えることで梅子が困るの分かってたのにな。ほら、いい加減エレベーター乗らなきゃな」
「あ……うん」
「あと、御堂にちゃんと言えよ」
「え?」
「……恋人なんだろ?ちゃんと良いことも悪いことも嬉しかったことも悲しかったこともなんでも共有して二人で支え合っていかなきゃな。年下だからと遠慮しなくていい。分かったか?」
殿村は私の返事を期待していなかったのか、頭をポンと撫でると唇の端を引き上げた。そして一階に降りてきて止まったままだったエレベーターの扉を再び開くと、殿村が手を引いた。
3階に着くといつものようにチンッと音が鳴ってエレベーターの扉がゆっくりと開く。
目を見開いたのは、私も殿村もほぼ同時だった。
「……世界、くん……」
玄関扉に背を預けたまま、首だけこちらに向けた世界の瞳と視線がかち合った。
咄嗟に掌を解こうとした私の掌を殿村が握りなおすと、真っ直ぐに世界に向かって歩いていく。
「ちょっと……殿村っ」
「多分アイツ勘違いしてるから、ちゃんと僕から話す」
世界の玄関前までいくより先に、世界が殿村に駆け寄ると乱暴に胸元を掴み上げた。
「ふざけんなよっ!誰の女だと思ってんだよ!」
「やめてっ、世界くん!」
世界が視線だけで私を睨んだ。
「庇うってことは梅子さん、コイツ家にあげるつもりだった?」
「違う!殿村は私を心配して送ってくれただけで」
「マジで鈍いよな!男が女送ってそのまま帰るつもりなワケねーだろ!」
殿村は世界に胸元を掴み上げられたまま、口元を緩めた。
「どうしようもないな……本当にガキだな。梅子がそんなに信用できないか?」
「は?俺はアンタに聞いてんだよっ!接待のあとに送るとか言って梅子さん家に上がり込むつもりだったんだろ!」
殿村は私からようやく掌を離すと世界と視線を合わせた。
「お前と違って僕は梅子を困らせたくもないし、泣かせたくもないんでね。そもそも僕がここまで送ったのは接待で……梅子がこわい思いをしたから……震えてたから……手を握って玄関先まで送って帰るつもりだった」
その言葉に世界の顔色が変わるのがわかった。
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