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第6章 恋の見積もり対決

第28話

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「私は……この会社が好きです。私の見積りから、直接的ではないにしろ、誰かの幸せな暮らしの一端を担えていることに誇りをもっていますし、少なからず会社に貢献できているという自負もあります。また結婚に関してですがもし……誰かと……結婚することがあっても会社を辞めることは考えておりません」

「じゃあ結婚も出産も現地点で諦めてないってこと?」

「はい……」

「そう。でもそう思うのは勝手だけど世界との結婚はないわよ?それでも?」

「意志は……変わりません」

由紀恵が煙草を灰皿に押し付けた。

「ふうん。意外と欲張りなのね」

「え?」

「そもそも女は男と違って仕事も結婚も両方手に入れることなんてできないのよ。古い考えは嫌いだけど、結局女は結婚すれば子供を産み家事育児に追われるの。男女平等だなんて言われてるけど未だに世の中は不平等よ、男以上に仕事をしなければ女は上には立てない、評価されない。私のようにね」

聞いた話だが由紀恵は若い頃、想い人がいたそうだが会社の社長に就任するためにその恋人とは別れ、未だに独身を貫いていると内情に詳しい明菜からチラッと聞いたことがある。

「ようはいま世界をとるなら……あなた……婚期逃すわよ?子供だって望めないかも」

「それでも……別れません。たとえ結婚できなくても……いまだけでも彼と一緒に居たいんです。好きだと思える仕事があって、そしてただ彼と一緒に居られるなら……多くは望みません」

たとえ世界と結ばれなくても、こんなに誰かに純粋に惹かれて好きになることなんて多分一生ないから。

今だけは世界のそばに居たい。
そしてそばにいて欲しい。

「ほんとあなたって……仕事熱心で評価も高いけど、融通が利かないのね。致命的。ま、想定内だけれど」

由紀恵は膝に乗せていた書類の束の中から図面と書類を取り出すとガラステーブルに向かってバサッと置いた。

「え、これ……」

見れば、先ほど心奈が抱えていた資料の束と同じだ。

「世界に何言われて舞い上がってるのか分からないけれど、思ってた以上に諦めが悪いのがよく分かったわ。てことで貴方にチャンスを上げる。それがクリアできたら、今だけ交際みとめてあげてもいいわ」

「本当……ですか?」

「えぇ、いまから三週間である現場の見積書を作成してもらう。現場の施工関係者及び資材などの材料費・人件費含め必要経費の算出、そして現場全体でのうちの粗利率も踏まえて直ぐに商談にはいれる見積書を作成してほしいの」

私は目の前の資料に手を伸ばした。

「これ……駅前の都市開発で新しく建設予定のタワーマンションと大型商業施設……」

(殿村から以前暴れすぎ将軍のチケットと引き換えに、急ぎで作成した現場名称と同じだ)

「そうよ、この現場の営業担当は殿村伊織、先日あなたがこの現場の見積書作成したわよね?」

「あれもよくできてたけど、平凡な見積でとても商談には入れない上に先日、花田不動産の花田社長とお会いしてタワーマンションだけでなく商業施設も花田不動産が手掛けることになったの。それに伴って、もっと近代的で世間から見て目新しいものにしたくて建築設計を一からやり直したの。だから現場名称こそ同じだけれど、図面も納品予定の商品もまるっきり違うから」

資料を拾い上げてざっと目を通していくが、前回の図面と全く違う上にはるかに複雑になっている。三週間で果たして粗利益率だけでなく経費算出もした、完璧な見積書など作成可能なのだろうか。

それもこれだけ大規模な現場の見積作成は入社以来初めてだ。

(そもそも……経費は経理課のテリトリー……)

「そうよ、気づいたかしら?経費算出は経理課が得意よね。そしてあなたは見積が得意。この件だけどもう一人お声がけしてるの。誰だかわかるでしょ?」

「花田……心奈さん……?」

(あれ……花田不動産の花田って……)

「そうよ、心奈さんは花田不動産の一人娘であり世界の許嫁よ。彼女も世界のこと本気でね、私は彼女こそ世界の相手にふさわしいと考えてる。お家柄も間違いないしね。ただあなたが世界と簡単に別れないと分かっていたから、決着は仕事でつけるのがいいと思ったの。どうかしら?」

由紀恵がソファーに背中を預けると不敵に笑った。

「私ね、合理的で利己的な性格なの。世界の嫁には、現場を全体的に見る力及び経営者としての視点で物事を考えられるか、素質があるかも大切だと考えてるの。世界を公私共に支える気があるなら、大きな視点で物事をみて判断できるかどうか見させてもらう。あ、勿論自分一人の力で作成してね。そして見積の出来栄えが心奈さんの方が良かったら即刻別れて」

私は思わず唇を噛み締めた。

カタログと商品知識があれば経験がなくともある程度作成することはできる。世界がいい例だ。ただ経費・人件費算出となると会社の財政や現在受けている融資額といった、会社のお財布事情を詳しく知り、実務経験をもって学ばなければデータだけでは難しい。

誰にも頼らずにこんな大きな現場の見積を作成するなら、見積は初心者だとしても経理課で働いていて不動産業界の内情にも詳しい心奈の方が有利だ。でも……世界との交際を認めてもらうチャンスはきっとこれきりだ。

(……やるしか……ないよね)

私は膝の上で拳を握った。

「分かりました」

「ふっ……そういうと思ったわ、せいぜい頑張って」

私は資料を封筒に入れると由紀恵に一礼した。

「それでは私は」

「待ちなさい、もう一つ話があるの」

「え?」

立ち上がろうとした私を制すると由紀恵が社長室の扉に目をやった。

──コンコンコンッ

「入りなさい」

(え?……)

ノックの音と共に入って来たのは殿村だった。

「失礼致します」

「社長これはどういう……」

殿村は知っているのだろう。私の顔をみても顔色一つ変えずに社長に一礼すると私の隣の腰かけた。

「いま源課長にも花田不動産の都市開発の件話したところよ。メールにも入れたけど、さ来週の花田不動産と契約している大手建築業者との接待、予定通りお願いしてもいいかしら?」

(接待?)

「承知いたしました」

殿村が頷くのをみながら、由紀恵の視線は私に再度向けられる。

「この都市開発の件はまだ限られた人しか知らないの。さ来週の接待だけど本来、私も同席するつもりだったんだけどね、向こうの社長さんが急遽海外出張入ったそうで代わりに部長クラスが来られるみたいだから、あなたと殿村でしっかり接待してきて頂戴。あと急ぎの小規模見積もりがあって、来週末からの海外出張にもっていきたいの。源課長作成頂けるかしら?」

「え?」

私は唇を噛み締めた。ただでさえ大きな現場の見積対決、さらに内密に作成となれば本格的に図面と向き合うのは勤務時間が終わってからになるだろう。さらに社長から直接依頼された見積もこなすとなれば、都市開発の見積期限は三週間あっても到底足りない。

「源課長?いいかしら?」

(社長は……私に見積作成する時間を極力取らせない気なんだ……負けるもんか)

私は真っすぐに由紀恵の目を見て返事をする。

「承知いたしました」

由紀恵が含み笑いをすると両手をパチンと一つ叩いた。

「話は以上よ。さて、お手並み拝見ね」

私と殿村は立ち上がると静かに社長室を後にした。


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