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第3話 記憶 後編

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任務が滞りなく進み、全員の気が緩みかかったその時だった。
 
 ゴゴゴ

 鈍い音と共に目の前に現れたのは、転移門だった。

 「なっ!!このタイミングで!!総員戦闘準備!」

 真っ黒にどこまでも続いているような黒い渦が出現するとマルスが迅速に全員へ号令を飛ばす。
 マルスの号令を聞くと、それぞれがスペルを発動し転移門から出てくる魔物に対して注意する。

 ドスン

 そして現れたに全員の顔が一気に青ざめた。
 
 「あぁ、久々の人間界だぁ」

 現れた魔物は巨大な四つの足にその前方から人間に近い体を持つ、象の下半身を持つケンタウロスのような風貌だった。といってもそのサイズは本物の象よりもさらに一回り大きいが。
 そしてその魔物には、見覚えがあった。
 2年前、天使と悪魔の大規模戦闘がハスファルド大陸の山中で発生し、その時この魔物が確認されている。その戦闘ではこの魔物1匹の攻撃で山が丸々消えてなくなるほどの威力があったとされている。

 「おぅおぅ、人間がこんなに集まってらぁ」
 「全員、逃げろ!!」

 その魔物がしゃべるのと同時にマルスが大声で指示をだす。

 「マルス!!なにいってんだ!!全員でやりゃこんなやつ・・・」

 リックはマルスに駆け寄り声をかけるが途中でその言葉を止めた。
 マルスは両手を組み前方に突き出した状態で硬直していた。
 それは、重力操作の能力を発動したときの恰好で、対象に対して超負荷の重力をかけるときの能力だった。
 それを見たリックはもう一度巨大な魔物へと目線をやり青ざめる。
 マルスは魔物が現れた瞬間からすでに能力を発動していた。自身の最高出力で魔物に重力を掛けていたにも関わらず魔物は一切気にもせず立っている。普通の魔物なら一瞬でぺしゃんこになるほどの重力でも全く歯が立っていなかったのだ。

 「総員!!たい『バン!!』」

 リックが退避を命令しようとすると魔物は、手をたたきその掛け声をかき消した。

 「別に逃げなくていいぞぉ、殺すつもりはねぇからなぁ」

 巨大な魔物はその低く鈍い声で話し始める。

 「今回はちょっくらエサがほしぃだけだぁ、こんだけ人数がいるんだから2,3人差し出せばみのがしてやるぅ」

 その場にいた全員がさらに顔を引きつらせる。
 魔物は助かりたかったら代わりに仲間を差し出せと言っているのだ。

 「早くしねぇと全員ぶち殺すぞぉ」

 その一言一言に体を震わせる。

 その瞬間だった。

 開いていた転移門が急速に狭まり巨大な魔物を挟み込んだ。
 
 「今のうちに逃げるんだ!!」

 その声の方向に顔を向けると最初に分かれた残りの仲間たちが転移門をふさぐために助けに来ていた。
 転移門に挟まれた魔物の体は挟まれた場所から大量の血を噴き出している。

 「おぃおぃアリンコがやるじゃぁねぇかぁ」

 そういって魔物は少しずつ転移門の中へと戻っていく。
 体のすべてが転移門の中に戻され転移門自体が閉ざされようとしたとき、中から突然巨大な腕が伸ばされる。腕は目にもとまらぬ速さで一人の人間を捕まえた。

 「エルザ!!」

 マルスが叫び魔物の手に視界をやるとエルザがその腕につかまれ転移門の中に引きずり込まれていく姿が見えた。

 「いやー!!たすけて!!」

 魔物の腕につかまれたエルザはそう言って叫ぶがその顔を恐怖と涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 その場にいた誰もが恐怖で動けなくなっているとき、1人の青年が走り始めた。
 
 「ああああああぁ!」

 青年は叫びながら一気に跳躍すると腕につかまれたエルザのもとへのへばりつく。

 「ミル!!」

 エルザが涙ながらに叫ぶ。
 ミルは能力を全開にして体を強化し、魔物の巨大な指の一本を思いっきり引きはがす。とてつもない力の指を少しづつ引きはがすとエルザはその腕から抜け出し下へと飛び降りた。
 ミルもその場から飛び降りようとするが逆に腕につかまれ今度はミルがつかまってしまう。

 「アリンコがぁ」

 転移門の中からドスのきいた低い声が聞こえてくる。
 
 「ぐぅ!!」

 強靭な力で握られる痛みに耐えながらも仲間を向いて助けを求める。
 
 だが誰一人としてその場を動かずスペルさえも発動していない。ミルは絶望した顔で仲間の顔を見ると、そこには安堵の表情を浮かべる仲間たちの姿があった。

 「あぁエルザが無事でよかった...ミルなら死んでも大丈夫だ」

 誰が言ったのかそんな声が聞こえてくる。

 「なんで...」

 ミルは絶望の表情で右腕を仲間のほうへ伸ばす。

 「いまだ!!閉じろ!」

 その掛け声と共に一気に転移門は閉ざされていく。伸ばされた右腕を切断する形で転移門は完全に閉じ巨大な魔物につかまれたままミルは地獄へと引きづりこまれていった。
 切断された右腕が地面に落ち、腕に巻かれたブレスレットの鈴がむなしい音を残してその場をから消えた。
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