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【第八章】 美少女と、研究施設で罪を知る
●157 side ヴァネッサ
しおりを挟む「お隣、いいかしら」
「どうぞ……って、昨日の生意気な子だー」
翌朝、例の彼女の隣に座ろうとすると、気の抜けたような言葉が返ってきた。
彼女に昨日のやりとりであたしに怒っている様子は無さそうだ。
とはいえ、生意気な子とは思われたみたいだけれど。
「生意気な子じゃないわ。ヴァネッサよ」
「ふーん。隣に座ってもいいけど、授業の邪魔はしないでねー」
そう言いながら彼女は椅子の上に置いていた荷物を自身の近くに動かした。
「邪魔なんかしないわよ。というか、こっちが名乗ってるんだから、あなたも名前を教えてよ。いつまでもあなたじゃ呼び辛いわ」
「呼ぶ機会なんて無いと思うけど」
「いいから教えてよ。減るもんじゃないでしょ」
「うるさいなー。私はミラだよ。これでいい?」
「ええ、よろしく。ミラ」
握手をしようと手を差し出してみたけれど、ミラの手は内職で忙しそうだった。
今日は刺繍をしているみたいだ。
器用に刺繍糸を布に縫い付けていく。
「上手ね。売り物みたいだわ」
「その通り売り物にするから触らないでねー」
あたしは思わず布に伸ばしかけた手を引っ込めた。
「どこのお店で売るの?」
「さあねー。私は依頼主に納品するだけだから詳しくは知らないんだ」
「これだけ綺麗な刺繍なら高値で買い取ってもらえるんでしょうね」
「褒めてくれるのはありがたいけど、気が散るから話しかけないでくれる?」
ミラはそれだけ言うと、あたしと喋ったせいで遅くなった作業を取り戻すかのように、ペースを上げて刺繍を進めた。
「ツレナイんだから。でも、もう授業が始まるから黙るわね」
少しして教室に先生がやって来た途端、ミラは刺繍糸と布を仕舞うと、代わりに鞄の中から三冊のノートと筆記用具を取り出した。
そして授業が始まると、ものすごいスピードで三冊のノートに授業内容を書き記し始めた。
きっと授業を記したこのノートを売るのだろう。
「すごっ!? その才能は別のことに使った方が良いんじゃない?」
「先生の話を聞き逃すから喋らないで」
「あっ、ごめん」
つい出てしまった私語を注意されて、あたしは自身の口に手を当てた。
確かに授業中の私語は良くない。
絶賛金儲けのためのノートを作成しているミラに注意をされるのは釈然としないけれど、言っていること自体は間違っていない。
一旦ミラのことは忘れて、あたしも授業に集中しよう。
* * *
授業と授業の間には、少しの自由時間が設けられている。
この間に学び舎の生徒たちは、身体を動かしてリフレッシュすることが多い。
そしてその中で生徒同士の交流を深めていく。
あたしはこの自由時間には仲良しの子と一緒にいることが多いけれど、今日は違う。
「やっぱりギャビンはすげえな」
「それはどうも」
外で男の子たちと一緒にストレッチをするギャビンに近付いて、わくわくしながら話しかけた。
「ねえねえ、ギャビン。もしかして授業が終わるとすぐに帰っちゃうのって、冒険者として依頼をこなしてるからなの!?」
「まあ、そうだな」
「すっごーい! 一日勉強した後に依頼をこなすなんて、体力があるのね」
「別に勉強には体力を使わないだろ」
あたしが話に割り込んできたからか、ギャビンと一緒にいた男の子はムッとしている。
「そんなことないわ。一日勉強した後はくたくたになっちゃうもの。身体というより頭が疲れる感じだけど」
「頭が疲れたときこそ、身体を動かすと気分転換になっていいぞ……俺がやるのは草むしりだけど」
「薬草採りを草むしりって言わないで。なんだか夢が無いわ」
「そもそも薬草採りに夢は無いと思うが」
「あたしにとっては薬草採りも夢いっぱいなの! その薬草でたくさんの人が助かるんだもの。すっごく大切な仕事よ」
薬草採りを草むしりと評するギャビンに、あたしは力説した。
薬草は冒険者にとって欠かせないものだ。冒険者じゃない人たちだって、ケガをしたら薬草のお世話になっている。
だから薬草採りは素晴らしい仕事のはずだ。
「ギャビンには聞きたいことがいっぱいあるの。例えば、冒険者はダンジョンに潜るんでしょ? ダンジョンってどんな場所なのかしら」
「ダンジョンに潜る冒険者は少数派らしいぞ。多くの冒険者は地上で依頼をこなして生活している」
「そうなの!? ダンジョンって楽しそうなのに!」
目を大きくして驚くあたしを、ギャビンは微笑ましいといった表情で見つめていた。
「ダンジョンに潜る冒険者が少ないのは、ダンジョン内で瀕死になっても自力で生還するしかないからだろうな。偶然誰かに助けてもらえるなんて奇跡は、ほぼ無い。ダンジョンはリスクとリターンが釣り合っていないんだ」
「じゃあダンジョンに潜る冒険者は、どうしてダンジョンに潜るの?」
「リスクは高いが、ダンジョン内にはレアアイテムがあるからだろうな。あとは修行として潜ったり、単純にダンジョンに魅せられている、とか。未知のものに対する好奇心が抑えられないのだろう」
レアアイテム狙いとか修行としてダンジョンに潜るのは何となく分かる。
でも未知のものに対する好奇心だけで、死ぬ可能性のあるダンジョンに潜るものだろうか。
「そういう顔をするということは、君は無鉄砲なタイプではないみたいだな」
あたしは今、どういう顔をしているのだろう。
ダンジョンに魅せられる冒険者のことを信じられないと思っている顔、だろうか。
「ダンジョンに魅せられる冒険者は多い。冒険者は大抵、未知のものに対する好奇心が強いからな。だがそういった輩は、己の好奇心に従いすぎて命を落としてしまう」
冒険者は大抵、未知のものに対する好奇心が強い。
……あたしはどうだろう。
あたしも、好奇心が強いから冒険者になりたいのだろうか。
それとも……。
「だから、ダンジョンには軽率には潜らないことをオススメする。ダンジョンに潜って帰って来なくなった冒険者は多い。まずは冒険者になる前に、好奇心を制御する術を身に付けた方が良い」
「そう、ね」
「ヴァネッサはダンジョンに潜ったら絶対に帰って来れないじゃん。弱っちいんだから」
「うるさいわね!」
ギャビンの言葉を咀嚼しようとするあたしに、男の子がからかいの言葉を投げてきた。
さらに別の話題まで投げてきて、ますますあたしの思考を逸らしていく。
「そういえば、あいつと仲良くするのはもう諦めたのか?」
男の子は、あたしがミラと一緒にいないから、ミラと仲良くすることを諦めたと思ったのだろう。
「あいつって、ミラのことかしら」
「君はミラと仲が良かったのか?」
ギャビンがミラという名前に反応した。
二人の年齢は知らないけれど、ギャビンとミラは年齢が近そうに見える。
もしかすると二人は話したことがあるのかもしれない。
「全然。仲良くなろうとしたけど失敗したわ」
「……そうか」
「あっ、ミラもこの場に呼んでこようかしら。一緒に身体を動かしたら仲良くなれるかもしれないわ!」
あわよくば、ギャビンにミラの金儲けについて注意してもらえるかもしれない。
しかしこのあたしの考えは、すぐにギャビンによって否定された。
「いや、それは止めた方が良い」
「どうして?」
「あー、それは、うーん、なんとなく、だが……」
ギャビンの歯切れが悪い。
もしかしてギャビンはミラと折り合いが悪いのだろうか。
「内職を邪魔するなって意味だろ。どうせ今もあいつは内職してるだろうからな」
首を傾げるあたしに、男の子が答えをくれた。
「ああ、なるほど。ミラの作業を邪魔したら、余計に嫌われちゃいそうだものね」
「そっ、そうだ、そういうことだ!」
ギャビンも男の子の意見に同意を示した。
二人の言う通り、この場に無理やりミラを連れて来ることは悪手のような気がしてきた。
「分かったわ。じゃあトイレにだけ行ってくるわね」
「大か?」
「うるさいわね! 小よ!」
そう言い残し、あたしは舎内へと向かった。
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