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【第八章】 美少女と、研究施設で罪を知る

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 目を開けると、野宿には相応しくない布団の上だった。
 野宿には相応しくないが、リディアとの野宿でいつも使っている布団だ。

「あっ、ショーンくんが目を覚ましたみたいです」

「ほう。女たちを働かせて自分は何もせず勝手に寝たショーンがやっと目を覚ましたのか。女たちに世話を焼いてもらった気分はどうじゃ?」

「リディア、言い方! あたしたちは仲間だから助けたの。仲間が不調だったら看病をするのは当然のことでしょ」

「俺は倒れたんですね……寝かせてくださってありがとうございます」

 どうやら俺はまた気絶をしたようだ。
 この感じは、パーカーさんの家で、急に膨大な記憶が雪崩れ込んで、気を失ったときと似ている。

 それに見た光景もあのときと似ている。
 これまでの走馬灯は第三者視点で、走馬灯の中にもう一人の俺が出てきていた。
 しかし今の記憶では出てきた俺が俺自身で、感情も流れ込んできた。
 記憶を自分の過去として自覚したからだろうか。過去の自分に意識が入り込んでいる。

 そして今回の記憶でかなりの情報を得ることが出来た。
 現在の魔王は、クシューだ。

 さらにクシューの顔も分かった。クシューは俺とそっくりな顔立ちをしている。
 だからケイティとレイチェルは、俺のことを魔王であるクシューと勘違いしたのだ。
 顔立ちがそっくりな上に、あのときの俺は長髪にメガネというクシューの特徴と同じ格好だった。間違えるのも無理はない。

 一方でリディアは、クシューに敗れたことで魔王の座を退くことになった、先代の魔王だった。
 しかしリディア自身はクシューのことを魔王だと認めてはおらず、それゆえに自身を魔王だと名乗り続けている。

「リディアさんは……先代の魔王だったんですね」

 リディアの目を見ながら、そう言った。
 どうせリディアは俺の心の中を読める。
 それなら直接聞いてしまった方が良いと考えたのだ。

「妾はクシューを魔王とは認めていないのじゃ。あいつには強さも魔物を束ねる力もあるが、それだけじゃ」

「強い上に魔物を束ねる力があるなら、魔王に向いているんじゃないですか?」

「クシューが魔王に向いていたとしても、魔王は魔物がなるべきものだと妾は思っておる」

「え? クシューは魔物ですよね?」

「…………」

 俺の問いにリディアは何も答えなかった。クシューが俺と同じで死んでも生き返るから魔物ではないと言いたいのだろうか。

 口を閉ざすリディアの代わりに、近くにいたドロシーが言葉を発した。

「なるほど。リディアちゃんは過去の栄光にすがっていたということですか」

「ドロシーさん!?」

 衝撃的な情報に気を取られて忘れていた。
 この場にはドロシーもいたのだった。魔物に村を焼かれたドロシーが。

「あっ、違うの、これは……リディアが魔物だっていうのは、その……ね?」

 ヴァネッサが急いでドロシーの耳を塞ごうとしたが、ドロシーはヴァネッサの手をそっと耳から離した。

「ヴァネッサちゃんったら、慌てなくてもいいですよ。むしろ、いつ話してくれるんだろうって思ってましたから」

「ドロシーはリディアが魔物だって、知ってた……の?」

「この中で私が一番年下だからかもしれませんが、みんな、私のことを子ども扱いし過ぎです。一緒に旅をしていれば、そのくらい気付きますよ」

 リディアは一見人間にしか見えないが、一緒にいる時間が長ければ魔物だと気付くことは容易だろう。
 リディア自身も魔物であることを言いはしないものの、隠すつもりは無いようだった。
 考えてみると、一緒に旅をしていてリディアが魔物だと気付かない方が難しいくらいだ。

「ごめんね。ドロシーが傷付くんじゃないかと思って、黙ってたんだけど……過保護だったかもしれない」

「私が傷付かないように、という気持ちは嬉しいです。優しい仲間に恵まれてよかったです」

 ドロシーはふわりと微笑んだ後、急に真顔になった。

「でも正直、魔物のことは憎いです。村を襲うように指示した現魔王のことは特に。だから……リディアちゃんのことをどう思えばいいのかは迷っています」

「ドロシー……」

「もしリディアちゃんが魔王を降りなければ、私の村は襲われなかったんじゃないかって。今、そう思ってしまいました」

 ドロシーは知る由もないが、魔王には一番強い者がなる。
 リディアはクシューに負けたから魔王の座を降りるしかなかった。
 望んで降りたわけではない。

「リディアさんは現魔王に戦闘で負けたから、魔王を降りるしかなくて……」

「それなら、もしもリディアちゃんが現魔王に勝っていたら、村は襲われなかった……んですかね。もしもリディアちゃんがもっと強かったら……そんなもしもは考えても意味がないのでしょうが」

 もしもリディアがクシューに勝っていたら。
 そういう未来もあったかもしれないが、今この現在はそのもしもの世界ではない。

 俺はドロシーにかける言葉を見つけることが出来なかった。

「……頭では分かっていても、割り切れるものじゃないわよ」

 俺の代わりに口を開いたのはヴァネッサだった。
 ヴァネッサも言葉を探しながら発しているようで、ゆっくりとした口調だった。

「起こった出来事は消せないと分かっていても、もしも、は考えてしまうものだわ。ドロシーだけじゃない。あたしだって、もしも、を考えてしまうことがある。意味がないと分かっていてもね」

「……私は、今でも村を滅ぼした魔物が憎いです」

「そうじゃろうな」

「村を滅ぼした奴らと同じ種族だからという理由で、魔物というだけで、憎むことが間違っているのは分かっています。ですが分かっていても……魔物を見ると、あの日の惨劇が頭をよぎるんです」

「妾のことを見ると惨劇がよぎってしまうのか。あんな目に遭ったのでは無理もないのう」

 リディアはドロシーの村の様子を思い出しているのだろう。
 いつもの彼女からは程遠い、暗い声を出した。

「ですが、同時にリディアちゃんと一緒に笑い合った記憶も頭をよぎるんです。その記憶も嘘ではなくて、本当に楽しくて……」

 ドロシーが下を向いてしまったため、表情は読めない。
 今ドロシーは、どんな心情で、どんな表情をしているのだろう。

「私、今日はもう寝ますね。ただ今日は眠れない気がするので、私に睡眠魔法を掛けては頂けませんか?」

「……分かったのじゃ。今の妾に出来ることはそのくらいだからのう」

 ドロシーが布団にもぐると、リディアはドロシーにそっと睡眠魔法を掛けた。



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