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【第四章】 腹筋が割れてた方がモテそう、とあいつが言っていた
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しおりを挟む「おーい、ショーン。生きてるかー?」
死を覚悟したその瞬間、誰かが俺の顔を覗き込んでいた。
声の高さから考えて、きっと男だろう。
不思議なことに、目の前に顔があるのに、その人物の顔はもやがかかったようにはっきりとしない。
しかしリング上にこんな男はいなかった。
リング上にいたのは、対戦相手のマッチョと審査員のマッチョだけだ。
だからこれはきっと……走馬灯だ。
「おっ、起きた」
「君はだれ?」
「あー、覚えてないか。ってことは、死んだな」
「えっと……?」
走馬灯の中の俺は、男の突拍子もない発言に混乱しているようだった。
「あーあ、人間は弱っちいな。すぐに死ぬんだから」
「いえ、人間は死んだら生き返りませんよ。だから俺は死んでいないと思います」
「毎回その辺の常識は覚えてるんだよな。俺のことは忘れるくせに」
男は拗ねたような調子でそう言った。
忘れられて拗ねるということは、この男と走馬灯の中の俺は友人なのかもしれない。
「君は、俺の知り合いなんですか?」
「ショーンのことはよーく知ってるぜ。だって今まで一緒に旅をしてたんだから」
「俺が、君と?」
「おう。ちなみに敬語じゃなくて、もっと砕けた喋り方で仲良くやってたんだぜ。相棒だからな」
「そうなんですか……えっと、そうなの?」
「そうだぜ、相棒。うん、やっぱりそっちの喋り方の方が良いな!」
男の声は弾んでいる。
走馬灯の中の俺が、男に対してタメ口を使ったことが嬉しいようだ。
「っていうか、自分のことは覚えてるか? どこまで思い出せる?」
「俺は……うーん?」
「やっぱりか。お前の名前はショーン。俺と同じ目的を持った人間……人間に近いものだ」
男は「人間」と言った後で「人間に近いもの」と言い直した。
男の言葉の意味も分からないし、そもそもこの男が誰なのかも分からない。
走馬灯は過去の記憶を視るはずなのに、俺はこの男のことが思い出せない。
「俺は人間じゃないの?」
「ほぼ人間だぜ。ただ、死んでも生き返るってだけ」
「それは大きな違いだと思うけど……」
「死ぬまでは人間と同じなんだから、ほぼ人間だろ」
「大雑把だね」
男の言い分も分からなくはない。
『死んでも生き返ること以外は人間と同じ』ということは『生きている間は人間と同じ』とも言える。
しかし死んでも生き返るインパクトが強すぎて、とても同じものには感じられない。
「まあ生き返る以外にも少しの違いはあるけど……そんなことより『目的』の方に興味を示してくれよ」
「目的か。俺たちは共通の目的を持ってるんだっけ? 覚えてないけど」
「おいおい。目的だけは死んでも忘れんなよ。俺たちの命よりも大事なことだろ?」
死んでも生き返るなら、命よりも大事、という文言にあまり重さを感じない気がする。
男は、ものすごく大事なことの意で使っているようだが。
「大事な目的を達成するために、俺たちは一緒にいたということだね?」
「そうそう。それで、俺が目的よりも自分のやりたいことを優先しようとすると、ショーンが注意をするんだ。それが俺たちのいつものやりとり」
「命よりも大事な目的なんじゃなかったのかよ」
言っていることが滅茶苦茶だ。
「細かいことを気にする男はモテないぞ」
「……じゃあいいけどさ。一緒に旅をしながら、目的とか俺のこととか教えてよ」
「それなんだけど。俺、気付いたんだ。二人で一緒にいるよりも、別々に動いて結果を報告し合った方が、正確性が増すんじゃないかって」
「え!? 待って、行かないで……せめて行く前に、俺に詳しいことを教えて」
「仕方ねえなー。俺が教えてやるのは、これが最後だからな? だからもう死ぬなよ。死んだら全部忘れちまうんだから」
* * *
「おーい、ショーン。生きとるかー?」
名前を呼ばれて意識が覚醒する。
走馬灯の中ではない、本当の俺は、どこかに寝かされているようだ。
ゆっくりと目を開けると、金髪に赤目の美少女が俺を見下ろしていた。
「リディアさん……?」
「生きておるようじゃな。ショーンが寝坊助なせいで、もう試合も表彰式も終わってしまったぞ」
「寝坊助? ……ああ。試合中に倒れてから今まで眠っていたんですね、俺は」
では今視たものは、どこまでが走馬灯で、どこからが夢だったのだろう。
それに試合も表彰式も終わったなんて、俺はずいぶん長い間眠っていたらしい。
しかし俺が寝ている間に表彰式が終わったのは、好都合だったかもしれない。
表彰式は試合中と違い、観客に顔をしっかり見られる可能性が高い。
そのため、もしかすると俺が過去に勇者パーティーに所属していたことに気付かれてしまうかもしれないからだ。
「いや? 表彰式では三位までしか前に出なかったぞ。ショーンは五位ゆえ、関係ないのじゃ」
俺はそもそも表彰式で目立つ予定はなかったらしい。
……って、それよりも第五位ということは。
「でかしたぞ、ショーン。食事券ゲットじゃ!」
魔王リディアが食事券をひらひらと振ってみせた。
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