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【第三章】 困っている女の子は助けるべし、と誰かが言っていた

●57 side 勇者

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「というか、お前たちは荷物持ちに感じなかったのか?」

 僕は逆に戦士と僧侶と魔法使いに尋ねた。
 僕と同じようなものを、三人は荷物持ちに対して一切感じなかったのだろうか。

「感じるって何を?」

 魔法使いは僕に何を聞かれているのか分からない様子だ。

「説明しづらいんだが……不穏なナニカだ」

 僕の言葉を聞いた三人は、互いに顔を見合わせた。

「俺は特にそういったものを感じたことはないが……まさか、荷物持ちは実は魔物で、魔物側のスパイだったのか?」

「それは無いわ。幻術や変身で姿を偽っているなら、私が睡眠魔法を解いた際に一緒に解けてるだろうし」

「魔法使いさんの意見に同意します。回復担当のわたくしも、彼は魔物ではないと断言できます」

 僕も荷物持ちが、魔物だとか魔物側のスパイだとか、そういった類の疑惑は持っていない。
 もしそうだったとしたら、僧侶と魔法使いのように勇者である僕もその事実に気付くはずだから。
 荷物持ちは確実に人間だ。しかも特別強いわけでもない。
 しかし……。

「三人はあいつに対して、本当に何も感じなかったのか?」

「私は荷物持ちのことを、勇者パーティーに相応しくない弱い人間としか感じてなかったわ」

「わたくしもです。あとは、身体が細いのにやたら大食いだとは思っていました」

「少なくとも、勇者の感じた不穏なナニカみたいなものは感じなかった」

「……そうか」

 どうやら三人は荷物持ちに対して、僕の感じているような印象は持っていないらしい。
 それならあれは僕の思い過ごし……と考えるには、荷物持ちに対する嫌悪感は異常だ。
 この感情は一体何なのだろう。

 黙り込んでしまった僕に、魔法使いが首を傾げながら質問をしてきた。

「不穏なナニカって言われてもピンと来ないのよね。具体的には、どんな感じ? 何に近い感じ?」

 この恐怖と嫌悪感に近いもの。
 他の人間に当てはめるには、特殊過ぎる感情だ。
 そう、これはまるで。

「…………災害」

 災害を察知した際の、恐怖と嫌悪感に似ている。
 災害は嫌なものであり、同時に恐怖を感じる。
 そして可能な限り、災害とは距離を置きたい。

「僕はあいつに、災害そのもののような、不穏なナニカを感じていた」

「ますますピンとこない感覚ですね」

 しかし三人には、この感覚が伝わっていないようだった。
 三人して納得のいっていない顔をしている。

「災害とは、地震とか竜巻とか、そういうもののことだろう? そんな巨大なものを勇者は荷物持ちに感じていたのか? 俺にはとてもあいつがそんなに強いようには思えない」

「さすがに買いかぶり過ぎではありませんか? ラッキーメイカーがすごいユニークスキルだということは分かりましたが、災害だなんてそんな規模の力は無いと思います」

「私もそう思うわ。運気を上げられたところで、荷物持ち自身の戦闘力は大したことないもの。あくまでも補佐的な役割しか出来ない能力だわ」

 荷物持ちに不穏なナニカを感じていない三人には、いくら説明してもこの感覚は伝わらないのだろう。
 もどかしいが、仕方がない。

「三人の言う通り、荷物持ちは強くないと僕も思う。だが、この感覚を伝える表現として『災害』以外の言葉を僕は知らない」

「荷物持ち自身は強くないけど、災害のようなものを感じるってこと?」

「ますますよく分からない感覚ですね」

「感覚を言語化するのは難しいからな。要は、勇者は荷物持ちのことがとにかく嫌いってことか。災害に似た嫌悪感を覚えるほどに」

「きゃははっ! 災害級に嫌いって、どんだけ嫌いなのよ」

「災害級に嫌いなのでしょう」

「それー!」

 三人は僕が荷物持ちのことを災害級に嫌いだということで、納得することにしたらしい。
 正しく伝わってはいないが、これが限界なのだろう。

 きっと荷物持ちに対する不穏なナニカは、僕が『勇者』だからこそ感じるものなのだから。




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