上 下
101 / 102
【第五章】 隠された名前

第93話

しおりを挟む

「ここからは歩いて行きましょう。屋敷へは、もう徒歩で行ける距離です」

 しばらく移動した後『死よりの者』は、とある林の中に着地をした。
 セオの家の『死よりの者』から下りて、蜂型から荷物を受け取ると、熟睡中のミゲルを起こした。

「んー? もう着いたのか?」

「あと少しよ。ここからは歩いて屋敷へ向かうの」

「ミゲル君も歩きながら目を覚ましましょうね。ローズ様の実家であるお屋敷は、眠気まなこで訪ねるような場所ではありませんから」

 私たちは『死よりの者』と別れ、町へと歩き出した。
 そしてついに、ローズの暮らしていた屋敷に到着した。

「うっわあー! 想像の十倍はデカい屋敷だ。あんた、すっごい金持ちだったんだな!」

「私も同じことを思ったわ」

「はあ? ここ、あんたの実家なんだろ?」

「……物心がついて屋敷の大きさを知った頃の話よ」

 原作ゲームではローズの屋敷は出てこなかった……少なくともウェンディルートでは出てこなかったため、こんなに大きな屋敷だとは知らなかった。
 公爵家なのだから当然かもしれないが、毎日の掃除が大変そうだ。
 屋敷にはいったい何人の使用人がいるのだろう。

「ローズお嬢様!? どうして屋敷にいらっしゃるのですか!?」

 掃除をしていた使用人のうちの一人、若い使用人に指導をしていたベテラン風の使用人が、私たちの存在に気付いて近寄ってきた。

「お母様が倒れたと聞いて駆けつけたのよ。娘なんだから当然じゃない」

「そっ、それはそうですが……」

「いいから屋敷に入れてちょうだい。一刻も早くお母様に会いたいのよ」

 私の意見に逆らえるはずもなく、使用人は急いで私たち三人を屋敷の中へと案内した。
 服を着替えたことが功を奏したのか、孤児であるミゲルも門前払いはされなかった。

「ローズ!?」

 ローズの母である公爵夫人の部屋の前まで来ると、部屋の中から公爵が出てきた。

「どうしてお父様まで驚いているのですか。お母様が倒れたのに、娘の私が駆け付けるのが、そんなにおかしいことでしょうか」

「いや、学園からここまでは急いでも馬車で五日はかかるはずだろう。それなのにこんな短時間で屋敷に来るとは思わなかった」

「そっ、それは……」

 先程の使用人が動揺していたのもこれが原因だろうか。
 どう言って誤魔化そうかと考えていると、私の後ろに控えていたセオが口を開いた。

「おそれながら申し上げます。実は王宮の専用馬車は、普通の馬車と速度が全く違うのです。馬車を引く馬に特殊な強化魔法が掛かっておりますので。この度は義母になる予定である公爵夫人の緊急事態ということで、エドアルド王子殿下が王宮専用の馬車を手配してくださったのです」

「君は、確か……」

「今はエドアルド王子殿下の通うハーマナス学園で、用務員として勤務をしております」

 公爵はエドアルド王子の側近であるセオのことを知っているのかもしれない。
 セオは公爵がセオの正体を言う前に、自分の現状を説明した。

「セオさんのことは一旦置いておいて。お父様、お願いです。お母様に会わせてください」

「あ、ああ。それは構わないが、後ろの少年は?」

「私の知り合いです。この子も一緒にお母様のところへ行かせてください」

 黙って私たちの会話を聞いていた使用人が、申し訳なさそうに告げた。

「ローズお嬢様。見知らぬ少年を病臥の奥様のもとへ案内することは出来ません」

「でも、この子は……」

 理由を話してミゲルを公爵夫人のもとへ連れて行きたいが、軽率にミゲルが治癒魔法を使えると言い触らすと、ミゲルから「簡単に秘密を暴露するような相手のために治癒魔法は使わない」と言われる可能性がある。
 それだけは避けたい。

「理由があるんです。お願いします」

 私は治癒魔法のことを告げる代わりに、公爵の手を握って懇願した。

「しかしだな、ローズ」

「それならお父様も一緒に部屋に入ってください。ミゲルが信用できないのなら、隣でミゲルを見張っていればいいのです。ミゲルもそれで良いわよね?」

 私に同意を求められたミゲルは、複雑そうな顔をした。

「おれとしては、他の人にあのことが知られるのは避けたいんだけど……そういうわけにはいかねえんだよな?」

「ええ。ごめんなさいね」

「…………じゃあ、あんたの父親だけならいいよ」

 治癒能力のことを知られるのは嫌だろうに、ミゲルは承諾してくれた。
 あとは私が公爵に、この方向で話を通すのみだ。

「念のため、私も同席してよろしいでしょうか?」

 傍に控えていた使用人が切り出した。
 こんな提案をするなんて、この使用人は、使用人の中ではそれなりに偉い立場なのかもしれない。

「部屋に入るのはお父様と私とミゲルだけです。お父様、そうしてくださるでしょう? 三人になったら事情も話します」

「う、うーむ」

「過去、私がこんなにお願いをしたことがありましたか? お願いです、どうしてもミゲルをお母様のもとへ連れて行きたいのです!」

 もう一押しだと見た私は、目に涙を溜めて懇願した。
 今まで気付かなかったが、私は意外と演技派なのかもしれない。

「……分かった。ローズの願いを聞き届けることにする」

「公爵様!? 誰なのかもよく分からない少年を奥様の部屋へ入れるなんて、危険です!」

 公爵の決定を聞いた使用人が、焦ったように言った。
 これに対して公爵は、静かだが低く威圧感のある声を出した。

「私が決めたことに意見するとは、ずいぶんと偉くなったものだな」

「もっ、申し訳ございません!」

 深々と頭を下げる使用人の肩を、公爵が軽く叩いた。

「そんなに心配ならドアの外で待っていればいいだろう。少年が悪さをして逃げ出すようなら、ドアを出たところで捕まえればいい」

「承知いたしました」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

【完結済】悪役になりきれなかったので、そろそろ引退したいと思います。

木嶋うめ香
恋愛
私、突然思い出しました。 前世は日本という国に住む高校生だったのです。 現在の私、乙女ゲームの世界に転生し、お先真っ暗な人生しかないなんて。 いっそ、悪役として散ってみましょうか? 悲劇のヒロイン気分な主人公を目指して書いております。 以前他サイトに掲載していたものに加筆しました。 サクッと読んでいただける内容です。 マリア→マリアーナに変更しました。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

処理中です...