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【第五章】 隠された名前
第86話
しおりを挟む翌日の夜、黒いローブを羽織ったセオと私は飼育小屋へとやって来ていた。
転送魔法陣で学園の外へ行くためだ。
「ローズ様? どうして汗だくなのでしょうか」
すでに疲れ切った様子の私を見たセオが、驚いた声を出した。
「ここへ来るまでにひと悶着ありまして……」
具体的に言うと、私と一緒に屋敷へ行こうとするナッシュを撒くのが大変だった。
定員が無いならナッシュを同行させても構わないが、『死よりの者』が運べる人数に限りがあるため、今回彼を同行させることは出来ない。
しかし私がミゲルに、今日の夜アジトへ行くと言ってしまったため、一日中ナッシュに監視されていたのだ。
最終的に「今日は面倒くさいから明日行くことにした」と言ってベッドに潜って眠ることでやり過ごした。
ちなみに今現在、私のベッドに潜って寝たふりをしているのは、金で雇ったマーガレットだ。
最初はジェーンを身代わりにしようと思ったものの、ジェーンを身代わりにする計画はナッシュにバレる可能性が高い気がした。
私が頼る相手は大抵がジェーンだからだ。
そのためマーガレットと入れ替わる計画に変更し、ジェーンには私とマーガレットが入れ替わる際にナッシュの気を引いてもらう役を頼んだ。
ジェーンが私の身代わりになっていないことで油断したのか、案外簡単にマーガレットと入れ替わることが出来た。
そしてマーガレットに留守を任せ、私は女子寮の外へ出た。
どのくらいの時間、ナッシュを欺けるかは分からないが、このまま学園を出てしまえばこっちのものだ。
生徒は外出可能時間以外に学園を出ることが出来ない。
転移魔法陣でも無ければ。
ナッシュ用に置手紙を用意しておいたから、私がいないことに気付いても、そこまでは錯乱しないはずだ。
そこまでは。
マーガレットには大目にお金を握らせておいたから、頑張って対処をしてもらおう。
ちなみにセオと私が屋敷へ行くことはエドアルド王子には報告済みで、きちんと外出許可をもらっている。
セオを連れ出す口実を何パターンか考えていたが、「町へ行く際に護衛に付けようかと言われていた用務員さんを屋敷までの護衛として連れて行きたい」とお願いしたら、すんなりオーケーがもらえた。
ちなみに屋敷まで行くための馬車はセオが手配することになっていたらしいが、実際には手配していない。
『死よりの者』に乗って移動するため、馬車は必要無いからだ。
「早く学園の外に行きましょう。さあ早く!」
何よりもまず学園の外に出たかった私は、セオを急かした。
「え、ええ。分かりました。あと嫌ではなかったら、荷物は自分が持ちます」
荷物を持ってもらうのは申し訳ないが、公爵令嬢と用務員という立場である以上、断ると後々面倒くさいことになるかもしれない。
具体的には、あとでセオがエドアルド王子に叱られることになる。
ここは素直に荷物を持ってもらおう。
「ありがとうございます」
セオは私から荷物を受け取ると、促されるままに転移魔法陣を使用した。
すぐに私たちは学園の外、この前行った森の中に到着した。
するとそこには三体の『死よりの者』が待機していた。
≪ “扉”に会えるなんて光栄です。 ≫
「はじめまして。この度は屋敷までの運搬を引き受けてくれてありがとう」
私たちが到着するとすぐに、一体の『死よりの者』が嬉しそうに翼を伸ばしてきた。
差し出された翼を握って握手をする。
それを見たもう一体も手を伸ばしてきたため、こっちとも握手をする。
≪ “扉”、屋敷までの短い期間ですが、よろしくお願いします。 ≫
「こちらこそよろしくね」
三体の『死よりの者』のうち、一体はこの前会ったセオの家にいる『死よりの者』。
一体はペリカンを思わせる大きな口と翼を持った『死よりの者』。
もう一体は巨大な蜂の姿の『死よりの者』だった。
「ねえ。失礼かもしれないけど確認させて。あなたは人間を運ぶことが出来るのかしら」
私は蜂の姿の『死よりの者』に質問をした。
いくら大きいとはいえ、蜂が人間を運ぶことが出来るとは思えなかったのだ。
≪ 正直なところ、そちらの男性は重量的に運ぶことが出来ません。“扉”でしたら平気かと思います。 ≫
セオの体重がどのくらいかは知らないが、私の方がだいぶ軽いはずだ。
そしてミゲルはもっと軽い。
念のため、蜂の『死よりの者』にはミゲルを運んでもらうのが良いかもしれない。
「さっそくだけど、まずは屋敷へ連れて行く予定の子のアジトへ行ってくれるかしら。その子をピックアップしたら、そのまま屋敷へ向かいましょう」
≪ かしこまりました。では我らが目的地までお運びします。“扉”は、彼の背に乗ってください。 ≫
セオの家の『死よりの者』が指し示したのは、ペリカン型の『死よりの者』だ。
きっと蜂型の『死よりの者』には、体力を温存させておきたいのだろう。
「そのアジトへの先導は、ローズ様にお任せしていいのですよね?」
「もちろん。じゃあミゲルのアジトへ行くわよ!」
私たちは闇夜に紛れながら、夜空に飛び立った。
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