82 / 102
【第五章】 隠された名前
第74話
しおりを挟む
「どういう意味……」
「では、転移する前に少しお話をしましょう。ここではあまり深い話までは出来ませんが」
セオが地面にかざしていた手を下ろすと、魔法陣は光るのを止め、ただの土と見分けがつかなくなってしまった。
「自分は、セオと言います」
うん、知ってる。
けれどここは話を合わせておくべきだろう。
「セオさんですね。覚えました」
「……自分には、隠された名前があります」
セオから告げられたのは、突拍子もない台詞だった。
原作ゲームのウェンディルートでは、こんな話は無かったはずだ。
「セオさん、あなたまさか……どこかの王族の末裔とか!?」
そういう設定は乙女ゲームで見たことがある。
普通に生活している攻略対象が、実は別の国の王子様で、エンディングでは結ばれた主人公とともに出身国の城で暮らすことになる。
もしかしてセオにもそんな設定があったのだろうか!?
「いいえ、そんなすごい血筋ではありません。ただの平民です。ガッカリさせてすみません」
セオが申し訳なさそうに言った。
私はそんなに期待した目をしていたのだろうか。
「じゃあ隠された名前とはどういうことですか? あなたには普段名乗らないミドルネームがあるんですか?」
「自分の父の名前はセオドア、祖父の名前はセオドールです。事情があって隠された名前は名乗ることが出来ないため、こうしてファーストネームに入れ込むようにしているのです」
そして目の前にいるのがセオ。
つまり「セオ」という名前が隠された名前らしい。
……全然隠れてなくない?
セオドアとセオドールはまだしも、セオなんか、まんま「セオ」だし。
「ローズ様は聡明であると同時に、勘の鋭い方だと思っていましたが……自分の思い過ごしだったのでしょうか」
わけが分からず首を傾げる私を、セオが困惑した目で見つめている。
そんな目で見つめられると私も困る。
「ちょっと待ってください。今、考えます」
そうは言っても、何を考えればいいのかまるで分からない。
セオは私なら分かって当然と言いたそうだが、セオの隠された名前(隠れてないけど)がセオだと、私は何に気付くことが出来るの!?
セオ、セオ、セオ……。
そういえばこの名前、最近どこかで見かけた気がする。
どこだったっけ。
……………………。
「あーーーっ! 瀬尾梅子!」
やっと思い至った私が大きな声を出すと、慌てたセオが私の口を押さえてきた。
瀬尾梅子。
私はこの名前を、最近目にした。
ジェーンの持って来た、『死よりの者』について書かれた本の著者名だ。
「セオさん! あなたの家系には日本人の血が混ざってるんですか!?」
「ローズ様、声を押さえてください」
口を押さえていたセオの手を押し退けて大声を出すと、またしてもセオの両手が伸びてきた。
再びセオに口を押さえられながら、もう大声は出さないとばかりに、何度も頷いた。
「……血はもうかなり薄いですが。曾祖母が日本人だったのです」
「全然気付きませんでした。でも、日本人の血が混ざっているのって、そんなに隠さないといけないことなんですか?」
「曾祖母はすでに亡くなっていますが、曾祖母は日本での惨劇を目撃した上に、一人だけ日本から脱出していますからね。このことが知られたら、自分の家族はこれまで通りの平穏な生活は送れなくなるでしょう」
きっとその通りだ。
いくらセオたちが生まれる前の出来事だと説明しても、曾祖母が子孫に何かを伝えたと勘繰られて、日本での出来事を根掘り葉掘り聞かれるに違いない。
しかも曾祖母が一人だけ日本から脱出したとあっては、日本滅亡は曾祖母が犯人だという陰謀論を唱える人が出てきてもおかしくない。
「……そうですね。好奇心に満ちた野次馬に私生活をめちゃくちゃにされそうです。でも、じゃあどうして子孫にセオという名前を付けているんですか? 名前きっかけで日本人だとバレるかもしれないですよね?」
その可能性は限りなく低いだろうが。
普通の人は、「セオ」と「瀬尾」を結びつけはしない。
「それに、そうですよ。ジェーンの持っていたあの本も、残しておいたら危ないですよね?」
「あの本は、曾祖母が、悲劇を繰り返さないためにと残したものです。悲劇を体験していない自分たちが、勝手に処分していいものではありません。子孫の名前に関しては、彼が曾祖母を日本から連れ出してくれたおかげで曾祖母の子孫は生まれたのだと、そのことを忘れないようにするためでしょう」
「彼?」
「すみません。この場でこれ以上の話は出来ません」
セオが何者なのかは分かった。
同時にどうしてセオが自分の正体について私が気付いていると思っていたのかも。
セオの名前を知っていて、日本語の読める私が、あの本の著者名を見たからだ。
「……口止めをしたいから、私を呼び出したんですか?」
「いいえ。手紙にも書いた通り、会ってほしい者がいるのです」
「私に? 今の話と私は関係が無いような気がするのですが」
「関係はあります。あなたは曾祖母と同じですから」
「同じ、ですか?」
まさか、ローズの中に入っている私が日本人であると気付かれたのだろうか!?
しかし私の予想は大きく外れた。
セオの曾祖母と同じというのは「日本人」という意味ではなく。
「曾祖母も“扉”でした」
――――――――――――――――――――
※次回更新は、5月23日(木)予定です。
「では、転移する前に少しお話をしましょう。ここではあまり深い話までは出来ませんが」
セオが地面にかざしていた手を下ろすと、魔法陣は光るのを止め、ただの土と見分けがつかなくなってしまった。
「自分は、セオと言います」
うん、知ってる。
けれどここは話を合わせておくべきだろう。
「セオさんですね。覚えました」
「……自分には、隠された名前があります」
セオから告げられたのは、突拍子もない台詞だった。
原作ゲームのウェンディルートでは、こんな話は無かったはずだ。
「セオさん、あなたまさか……どこかの王族の末裔とか!?」
そういう設定は乙女ゲームで見たことがある。
普通に生活している攻略対象が、実は別の国の王子様で、エンディングでは結ばれた主人公とともに出身国の城で暮らすことになる。
もしかしてセオにもそんな設定があったのだろうか!?
「いいえ、そんなすごい血筋ではありません。ただの平民です。ガッカリさせてすみません」
セオが申し訳なさそうに言った。
私はそんなに期待した目をしていたのだろうか。
「じゃあ隠された名前とはどういうことですか? あなたには普段名乗らないミドルネームがあるんですか?」
「自分の父の名前はセオドア、祖父の名前はセオドールです。事情があって隠された名前は名乗ることが出来ないため、こうしてファーストネームに入れ込むようにしているのです」
そして目の前にいるのがセオ。
つまり「セオ」という名前が隠された名前らしい。
……全然隠れてなくない?
セオドアとセオドールはまだしも、セオなんか、まんま「セオ」だし。
「ローズ様は聡明であると同時に、勘の鋭い方だと思っていましたが……自分の思い過ごしだったのでしょうか」
わけが分からず首を傾げる私を、セオが困惑した目で見つめている。
そんな目で見つめられると私も困る。
「ちょっと待ってください。今、考えます」
そうは言っても、何を考えればいいのかまるで分からない。
セオは私なら分かって当然と言いたそうだが、セオの隠された名前(隠れてないけど)がセオだと、私は何に気付くことが出来るの!?
セオ、セオ、セオ……。
そういえばこの名前、最近どこかで見かけた気がする。
どこだったっけ。
……………………。
「あーーーっ! 瀬尾梅子!」
やっと思い至った私が大きな声を出すと、慌てたセオが私の口を押さえてきた。
瀬尾梅子。
私はこの名前を、最近目にした。
ジェーンの持って来た、『死よりの者』について書かれた本の著者名だ。
「セオさん! あなたの家系には日本人の血が混ざってるんですか!?」
「ローズ様、声を押さえてください」
口を押さえていたセオの手を押し退けて大声を出すと、またしてもセオの両手が伸びてきた。
再びセオに口を押さえられながら、もう大声は出さないとばかりに、何度も頷いた。
「……血はもうかなり薄いですが。曾祖母が日本人だったのです」
「全然気付きませんでした。でも、日本人の血が混ざっているのって、そんなに隠さないといけないことなんですか?」
「曾祖母はすでに亡くなっていますが、曾祖母は日本での惨劇を目撃した上に、一人だけ日本から脱出していますからね。このことが知られたら、自分の家族はこれまで通りの平穏な生活は送れなくなるでしょう」
きっとその通りだ。
いくらセオたちが生まれる前の出来事だと説明しても、曾祖母が子孫に何かを伝えたと勘繰られて、日本での出来事を根掘り葉掘り聞かれるに違いない。
しかも曾祖母が一人だけ日本から脱出したとあっては、日本滅亡は曾祖母が犯人だという陰謀論を唱える人が出てきてもおかしくない。
「……そうですね。好奇心に満ちた野次馬に私生活をめちゃくちゃにされそうです。でも、じゃあどうして子孫にセオという名前を付けているんですか? 名前きっかけで日本人だとバレるかもしれないですよね?」
その可能性は限りなく低いだろうが。
普通の人は、「セオ」と「瀬尾」を結びつけはしない。
「それに、そうですよ。ジェーンの持っていたあの本も、残しておいたら危ないですよね?」
「あの本は、曾祖母が、悲劇を繰り返さないためにと残したものです。悲劇を体験していない自分たちが、勝手に処分していいものではありません。子孫の名前に関しては、彼が曾祖母を日本から連れ出してくれたおかげで曾祖母の子孫は生まれたのだと、そのことを忘れないようにするためでしょう」
「彼?」
「すみません。この場でこれ以上の話は出来ません」
セオが何者なのかは分かった。
同時にどうしてセオが自分の正体について私が気付いていると思っていたのかも。
セオの名前を知っていて、日本語の読める私が、あの本の著者名を見たからだ。
「……口止めをしたいから、私を呼び出したんですか?」
「いいえ。手紙にも書いた通り、会ってほしい者がいるのです」
「私に? 今の話と私は関係が無いような気がするのですが」
「関係はあります。あなたは曾祖母と同じですから」
「同じ、ですか?」
まさか、ローズの中に入っている私が日本人であると気付かれたのだろうか!?
しかし私の予想は大きく外れた。
セオの曾祖母と同じというのは「日本人」という意味ではなく。
「曾祖母も“扉”でした」
――――――――――――――――――――
※次回更新は、5月23日(木)予定です。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!
Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜!
【第2章スタート】【第1章完結約30万字】
王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。
主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。
それは、54歳主婦の記憶だった。
その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。
異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。
領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。
1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します!
2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ
恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。
<<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>
悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。
シナリオ通りなら、死ぬ運命。
だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい!
騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します!
というわけで、私、悪役やりません!
来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。
あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……!
気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。
悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜
晴行
恋愛
乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。
見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。
これは主人公であるアリシアの物語。
わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。
窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。
「つまらないわ」
わたしはいつも不機嫌。
どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。
あーあ、もうやめた。
なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。
このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。
仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。
__それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。
頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。
の、はずだったのだけれど。
アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。
ストーリーがなかなか始まらない。
これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。
カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?
それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?
わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?
毎日つくれ? ふざけるな。
……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?
光の王太子殿下は愛したい
葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。
わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。
だが、彼女はあるときを境に変わる。
アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。
どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。
目移りなどしないのに。
果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!?
ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。
☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。
白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。
筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。
ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。
王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる