上 下
81 / 102
【第五章】 隠された名前

第73話

しおりを挟む
 日本語で書かれた手紙の差出人が分からず、悶々とした日々を送っていた私に、またしても手紙が送られてしまった。
 今回も私の気付かぬうちに制服のポケットに手紙を滑り込ませる形で。

「ポケットに紙が入れられたなら気付きなさいよ、私!」

 『私』は生まれてから死ぬまでずっと平和な日本で暮らしていたため、平和ボケをしているのかもしれない。
 こんなに無防備では、一人で町を歩いた瞬間にスリの餌食だ。

「今度は何が書いてあるのよ。また悪戯だったら許さないんだから」

 私は折りたたまれた紙を丁寧に広げた。


『 親愛なるローズ・ナミュリー様

  先日は試すような真似をして申し訳ありませんでした。
  しかしその結果として、あなたが日本語を読めることを確認いたしました。
  つきましては、手紙が誰かに閲覧されても問題無いよう、日本語を暗号代わりに使用させて頂きます。

  実はあなたに会っていただきたい者がおります。
  その者は、きっとあなたが会いたいと思っている者でもあると思います。

  今夜九時、厩舎の奥のウサギ小屋まで、お一人でお越しください。
  なお、大変勝手なお願いですが、この件はご内密にお願いします。 』


 手紙を読んでから溜息を吐いた。あまりにも急なお誘いだ。

「今夜って、私が手紙に気付かなかったらどうするつもりだったのよ……えっ、この手紙が入れられたのは今日よね!?」

 たぶん、今日のはずだ。
 手紙が入れられていたら、制服を脱ぐ際に気付くだろうから。
 今日だって制服を脱いだ際に手紙の存在に気付いたのだから。

「まったく。貴族の令嬢を、夜にひとけの無い場所に呼び出すなんて。行くわけがないじゃない」

 行くわけがない…………普通なら。

「また差出人の名前が書かれていないけれど、分かったわ。十中八九、差出人はセオね」

 厩舎の奥にあるウサギ小屋の存在を知っている者は、ほとんどいない。
 さらに厩舎の鍵を自由に持ち出すことが出来る者も、ほとんどいない。
 しかしセオだけは、両方に当てはまっている。

 そして、原作ゲームでもセオを攻略していると、夜にウサギ小屋で逢瀬を重ねるイベントがある。

「原作の知識が全く役立たないと思っていたら、変なところで活きたわね」

 私は手紙を部屋着のポケットにしまうと、急いで夕食とシャワーを済ませ、ローブを羽織ってジェーンの部屋を目指した。
 一階にあるジェーンの部屋の窓から外に出るために、交渉をしなくては。


   *   *   *


 私の外出を止めようとするジェーンを説得している間に夜になってしまったが、なんとかなだめて外に出ることに成功した。
 心配しなくても私が『死よりの者』に襲われることはないし、これから会うのは攻略対象であるセオのため、危害を加えられる可能性は極めて低い。
 しかしどちらもジェーンに話すことの出来る内容ではないので「この学園には結界が張られている上に、万が一悪い生徒に襲われても私なら魔法で応戦できる」と言っておいた。
 その結果、ジェーンは非常に不安そうな顔をしていたものの、部屋の窓を開けてくれた。

 私は誰にも見つからないように、建物の影を歩きながら厩舎へと向かった。
 予想通り、厩舎の鍵は開いていた。

「これが罠だったら、飛んで火にいる夏の虫状態ね」

 そんな独り言を呟きながら、厩舎の奥のウサギ小屋を目指す。
 そうして辿り着いたウサギ小屋では、これまた予想通り、セオが待っていた。
 ……待っていたというか、ウサギを撫でながらデレデレとしていた。

「こんばんは。夜に令嬢をひとけの無い場所に呼び出すなんて、イケナイ用務員さんですね」

 私が来たことに気付いたセオは、芸術的なほどのお辞儀を見せてくれた。

「ローズ様。この度はご足労いただき誠にありがとうございます」

「それで、ここまでして隠したかった要件とは何ですか?」

 セオが私をここに呼び出したのは、ゲームをシナリオ通りに進めようとする強制力によるものかもしれない。
 けれど、日本語を暗号代わりにして手紙を書いたのは……あれ。これもゲームの強制力なのだろうか。
 ローズルートをプレイしていないからイマイチ分からない。
 果たしてゲームの強制力は存在するのだろうか。

「ローズ様は、何も言わず、自分についてくることは出来ますか?」

 そう言いながら、セオが地面に向かって手をかざすと、小さな魔法陣が出現した。
 魔法陣は、セオの魔力を受けて青色に光っている。
 あの模様は原作ゲームで何度か見た記憶がある。転移魔法陣だ。

「どこへ行くつもりですか?」

「転移先は学園の外の森の中です。この魔法陣は、自分が学園と王宮を往復する際に使用しているものです。外出許可を取っている余裕の無い緊急時のみとされていますがね」

「……申し訳ないけれど、さすがに何も言わずに学園の外について行くほどには、あなたとの関係性を築けてはいません。それにあなたは、強いわけでもないでしょう?」

 これがただの乙女ゲームなら、学園外での夜のデートが繰り広げられるのだろうが、そこまで楽観的にはなれない。
 結界の張ってある学園内なら、悪人と出会う可能性は低い。
 しかし転移する先は、結界の外だ。
 セオが私を罠にハメようとしていて、仲間を待機させているかもしれない。

 セオが罠を張っているわけではなかった場合でも、セオとは関係のない暴漢に襲われる可能性もある。
 その場合、戦闘が得意ではないセオは、全く戦力にならない。

「もし自分が悪いことをしようと考えているのなら、わざわざローズ様に、学園外に転移することは伝えませんよ」

「あなたが潔白なら、要件くらいは言ってください。私を学園外に連れて行って何がしたいんですか」

「……ここでは話すことの出来ない話をして、ここでは会うことの出来ない者に会ってほしいだけです」

「だからそれを教えてって言ってるんです」

 私の言葉を聞いたセオは、困ったような顔をした。

「ローズ様は聡明な方だと思っておりましたが、本当に分からないのですか? それとも、分からないフリをされているのですか?」







――――――――――――――――――――

お久しぶりの更新になってしまい申し訳ありません。
これより第五章の投稿を開始します。
しばらくは週2回、月曜日と木曜日の17:30の更新となります。
お暇でしたら読んでやってくださいな^^

※次回更新は、5月20日(月)予定です。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!

Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜! 【第2章スタート】【第1章完結約30万字】 王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。 主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。 それは、54歳主婦の記憶だった。 その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。 異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。 領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。             1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します! 2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ  恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。  <<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。

白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。 筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。 ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。 王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?

処理中です...