70 / 102
【第四章】 町での邂逅
第64話 真相の断片
しおりを挟むその日の夜、夢に出てきたローズは、いつもと違って笑顔の中に悲しみを滲ませていた。
「急な話だけど……あなたがあたしと会うのは、これが最後になるわ」
最後?
もう私の夢には出てこないということ?
「あたしの処刑日が決まったの。だからそれまでに魔力を最大まで溜めないと。特大魔法の三重掛けをするからね。いくら天才のあたしでも、魔力の減った状態でそれは無理。ってことで、魔力を温存しなくちゃだから、特大魔法以外の魔法を使うのはこれが最後だよ~ん」
ローズはふざけてみせたが、空元気のように感じてしまう。
自分でも気付いたのか、ローズは顔から笑いを消して大きな溜息を吐いた。
「はあ。あまりにも急な話だと思わない? 学園の外では、あたしの両親や魔術協会が冤罪を主張しているところだっていうのに、いきなり処刑だなんて。まるであたしの冤罪疑惑が大きくなる前に処刑しようとしているみたい」
言われてみると、確かに急な話だ。
原作ゲームではウェンディルートのみをプレイしていたから「悪女の断罪だ、やったー!」としか思っていなかったが。
ローズの件は、あまりにも内々に処理されている気がする。
「あたしが『死よりの者』に繋がる扉を開けたから、ある意味では冤罪ではないけれど……誓ってあたしは『死よりの者』を操ってはいないわ。事件は彼らが勝手に起こしたの。でも、そもそもあたしが扉を開けなければ彼らは出てこなかったわけで……この辺は難しいところよね」
ローズは自分にも責任があると思っているようだが、ローズは故意に扉を開けたわけではないはずだ。
だって原作ゲームでもローズは自身の感情を抑えようとしていた。
その結果「黒薔薇の令嬢」と呼ばれ周りから人がいなくなったが、それでも感情を抑えることを貫いていた。
今なら言える。
ローズは加害者ではなく被害者だ。
「でも、解せないのよね。扉のことは誰も知らないし、あたしは『死よりの者』を操ってもいない。それなのに、あたしは犯人扱いをされている。もしかすると、誰かに、犯人に仕立て上げられたのかもしれないわ。だってあまりにもあたしに不利な証拠ばっかり残っている……ねえ、やってもいないことの証拠が残ってるって、何!?」
ローズ側の意見だけで判断するのは早計かもしれないが、どうにもおかしい。
扉の件は他人が知ることの出来る話ではない上に、ローズは『死よりの者』を操った犯人ではないのだからローズが犯人だという証拠があるはずもない。
もしかしてローズは、罠に嵌められたのだろうか。
「考えたくないけれど、あたしがいなくなって一番得をするのって王子殿下なのよね。あたしが罪人なら、婚約破棄の賠償金を支払う必要は無いし、あたしと婚約破棄をすればウェンディと円満に婚約できる。ウェンディはいろんな男に惚れられていたから、早めに自分だけのものにしたかったということかしら」
ウェンディと婚約するためだけにローズを処刑する?
さすがにエドアルド王子はそこまでのクズではないと思うが……いや、エドアルド王子が私の推しだからそう思いたいだけだろうか。
実際の歴史でも、別の人と結婚したいから妻に無実の罪をなすりつけて処刑した王がいる。
無い話ではないのかもしれない。
「まあいいけれど。まんまと犯人に仕立て上げられたあたしも迂闊だったし。でも、だからこそ、一泡吹かせてやるわ……あなたがね!」
ローズはまっすぐ私のことを指差した。
…………え、私?
「あなたが過去を変えてくれれば、未来が変わるはずよ」
ローズに罪をなすりつけた犯人を見つけて復讐しろということだろうか。
私に、出来るだろうか。
しかし私の考えはすぐにローズの言葉によって打ち消された。
「あたしの復讐をしろ、なんて言わないわ。あなたはただ好きなように生きて。ローズ・ナミュリーとして、泣いて笑って好き勝手に生きて」
どういうこと?
ローズは復讐を望んで……ない?
「最初はあなたに意地悪を言っちゃったけれど、あたしはあなたのことを恨んでもいなければ、あなたに過度な頼みごとをするつもりもないの」
目の前のローズは、とても高校生には見えなかった。
達観したような目は、慈しみを含んだ微笑みは、私よりもずっと年上に見える。
「泣いて笑って自由に生きるローズ・ナミュリー。あなたにそうやって生きてもらうことが、かつてローズだった、あたしの願いよ」
なんて……なんて、ささやかな願いだろう。
ローズはこんなささやかな願いすら叶わない境遇にいたのだ。
「感情を殺して自分の世界に閉じこもっていたあたしみたいな生き方ではなく、あなたは自分の扉を開けて外の世界と繋がって」
自分の扉を……開ける。
「ふふっ、もちろん自分の扉を開けるというのは比喩よ。でも言いたいことは伝わるでしょう? 自分の世界に閉じこもって一人で生きようとしないで、という感じかしら」
ローズはいつものお茶目な笑い方ではなく、とても柔らかく朗らかに微笑んだ。
「自分の扉を開けることは、とても怖いことだわ。扉を開けた先にあるのは、良いことばかりではないもの。扉を開けなければ知らずに済んだのに、と後悔することもあるわ。扉の先にいる誰かと関わったせいで、辛い思いをすることもあるわ。良いことばかりではないのが現実よ」
自分の扉を開けることは、とても怖いことだ。
扉の外へ出て、外の世界と触れ合うのは怖い。
未知のものに触れるのは怖い。未知の人や価値観が私を虐げるかもしれない。
扉を開けて、自分の世界に外の人たちを招き入れるのも怖い。
自分をさらけ出すのは怖い。披露した自分を蔑まれて笑われるかもしれない。
『私』はそれが苦手だった。あまりにも臆病だった。
「それでも……勇気を出して自分の扉を開けることが出来たら、きっとあなたの世界は広がるわ」
結局『私』は、勇気を出せずに死ぬことを選んでしまった。
自分の扉を開けずに、扉を閉めたまま葬り去ることを選んでしまった。
「だから……ローズ・ナミュリーになった、あなた。どうか自分の扉を開けて。広い世界と繋がって。踏み出すことを怖がらないで……ううん、怖がってもいいわ。怖がりながらでも、前に進んで」
こんな『私』でも出来るだろうか。
怖がりながらでも、自分の扉を開けることが。
「あなたなら、きっとできるわ」
ローズは私の不安を包み込むような、満面の笑顔を見せた。
そして両手を広げて、私を送り出す。
「さあ、扉をあけて」
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
【完結済】悪役になりきれなかったので、そろそろ引退したいと思います。
木嶋うめ香
恋愛
私、突然思い出しました。
前世は日本という国に住む高校生だったのです。
現在の私、乙女ゲームの世界に転生し、お先真っ暗な人生しかないなんて。
いっそ、悪役として散ってみましょうか?
悲劇のヒロイン気分な主人公を目指して書いております。
以前他サイトに掲載していたものに加筆しました。
サクッと読んでいただける内容です。
マリア→マリアーナに変更しました。
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる