69 / 102
【第四章】 町での邂逅
第63話
しおりを挟むマーガレットの部屋を出た私は、本来の目的であったジェーンの部屋へ行くことにした。
部屋の扉を軽くノックする。
まだ帰ってきていなかったら、一度自室でシャワーを浴びようかと思ってから、ハッとした。
町を、しかも細い道や抜け道を使って走り回った私は、砂埃で汚れていた。
「一度シャワーを浴びてから来るべきだったわね。あとマーガレットさんの部屋はきっと汚れたわね」
部屋の汚れは、先程渡したお金で何とかしてもらおう。
私がそんなことを考えていると、ドアが開いた。
数日ぶりに見る、ジェーンだ。
「ローズ様! お会いしたかったです!」
「私もよ。おかえり、ジェーン」
ジェーンはすぐに私を部屋に入れてくれた。
砂埃だらけだから廊下で話を済ませようとしたが、ジェーンは後で掃除をすればいいと言って、ぐいぐいと私を部屋に押し込んだ。
「ローズ様、お変わりありませんか?」
「え、ええ」
まさかジェーンが資料を取りに行くために出掛けてから、ずっと寝てばかりのぐうたら生活をしていたとは言えなかった。
「ジェーンはいつ帰って来たの?」
「ほんの少し前です。学園に到着してすぐに、エドアルド王子殿下に報告に行こうとしたのですが、何やらバタバタとしていたので自室に戻って来ました」
「エドアルド王子殿下がバタバタしていた?」
「はい。町で『死よりの者』が出たらしく、その後処理に追われているとのことでした」
ああ。ものすごく心当たりのある理由だった。
町に『死よりの者』が出たこと自体が先程のことなのに、情報が早い。
「あっ、『死よりの者』と言われてもピンと来ないですよね。『死よりの者』というのは、物理攻撃や魔法攻撃が効かない特殊な魔物のことで、以前ローズ様が出会った個体もそれです」
『死よりの者』なら、よく知っている。
今日なんて握手もして会話も交わした。
「ローズ様は今日、どこかへ行かれていたのですか? お部屋を訪ねた際にはお留守でしたが」
「……うん、ちょっとね」
町での『死よりの者』騒動に私が関わっていると知ったら、ジェーンはどんな顔をするだろう。
そのうち噂になってしまうだろうから、他人の口を通して知るよりは、私の口から今日の出来事を伝えた方が良いとは思う。
しかし、それは今ではないような気がした。
元気なように見えるが、ジェーンは長旅で疲れているはずだから。
「そういえば私が夜にジェーンの部屋から女子寮に入った日、ウェンディさんが一人で部屋に転がされていたって言っていたらしいけれど、理由を知ってる?」
話を逸らそうと思い、適当な話題を口に出した。
この話題に関しては全く意味が分からない。
だってあの日は確かにジェーンの部屋にウェンディを運び込んだから。
目を覚ましたウェンディが、部屋にいるジェーンの存在に気付かなかったのだろうか。
「あー……はい。私の仕業です」
「なんで!? あそこはジェーンの部屋でしょ!?」
しかし私の予想は裏切られた。
ウェンディの勘違いではなく、ジェーンが何かをしたらしい。
「実は目を覚ましたウェンディさんに誘拐犯だと疑われたら困るので、丁重な扱いをした方が良いと思ったんです。そこでウェンディさんをベッドに運ぼうとしたのですが…………私には重すぎて運べませんでした」
これにはガクッと力が抜けた。
ジェーンはあの細身のウェンディを、床からベッドに移動させられなかったのか。
たった数秒持ち上げるだけなのに。
「あっははは! ジェーンってば非力すぎ」
「ガリ勉に力を求めないでください」
ジェーンは自身の腕を私に見せた。
白くて細い腕には、まったくもって筋肉がついていない。
「それで仕方なく床に転がしておいたのですが、その状態で私がベッドを使うのは目を覚ましたウェンディさんは良い気がしないと思いまして」
「あー……それはそうかも?」
「ですよね!?」
目を覚ましたら突然知らない部屋にいて、しかもぞんざいな扱いをされていたのでは、ムッとするかもしれない。
この場合は部屋の持ち主であるジェーンにというよりも、聖力を使わせた挙句、ジェーンの部屋に転がしておしまいにした私に対して怒りを感じるだろうが。
ジェーンと私の仲が良いことはウェンディも知っているはずだから、直前の肝試しの件と絡めて考えれば、ジェーンの部屋に自分を転がした犯人が私だとすぐに分かるはずだ。
「それに目覚めたウェンディさんに、彼女が私の部屋に運ばれるまでのことをいろいろ聞かれると思いまして……ですが私は何も知らないので答えられません。その態度がますますウェンディさんの気に障ってしまうのではないかと考え……」
「で、気に障らないように、何も聞かれないように、ウェンディを部屋に一人にしておいた、と」
「はい。すみません」
考えてみると、ジェーンの言う通りだ。
ウェンディが怒りを感じるのは私に対してだろうが、まずは何があったのかを目覚めて最初に目に入ったジェーンに尋ねるはずだ。
あの日の私は、そこまで頭が回っていなかった。
「謝らないで。深く考えずにウェンディさんを残して部屋に戻った私が悪かったわ」
「いいえ、ローズ様が謝るようなことでは」
ジェーンと私は、二人して頭を下げ合った。
「それで、ウェンディさんを部屋に一人にしている間、ジェーンはどこにいたの?」
「クローゼットの中です」
「クローゼットの中!?」
予想外すぎる場所を告げられて大声が出た。
ウェンディに何も聞かれないようにするために、ジェーンがそんなことをしているとは夢にも思っていなかった。
「そんな場所で寝たの!? 身体は痛くならなかった?」
「多少は痛くなりましたが、おかげで何事もなく済みました」
ジェーンは得意げにブイサインをしたが、何事もなくはないだろう。
変な体勢で寝たジェーンは、身体を痛めたのだから。
「ごめんなさいね。ジェーンがそんなことになるなんて気付かずにウェンディさんを押し付けてしまって」
「いいえ。ローズ様に頼られることは光栄ですので。どんどん私を頼ってください!」
私は手にジェーンへのプレゼントを持っていたことを思い出し、それを差し出した。
「これは、魔物の資料を家に取りに行ってもらったお礼よ。クローゼットの件は今度また別の形でお礼をさせてちょうだい」
「どちらもお礼なんていらないですよ。そういうつもりでやったわけじゃありませんから」
お礼のプレゼントを断ろうとするジェーンの手を持って、無理やりプレゼントを握らせた。
「受け取ってくれないと私が困るわ。これはジェーンのために買ってきたものだもの。ジェーンが要らないなら捨てることになるわ」
「捨てるなんてとんでもない! ローズ様の選んだ品物を捨てるなんて、あってはならないことです!」
途端にジェーンは、捨てられないようにするためかプレゼントを持つ手に力を込めた。
「それなら、もらってくれるわね?」
「はい。ありがとうございます!」
「それと。今度、町にある喫茶店で美味しいスイーツを好きなだけ食べましょう。私の奢りよ」
「ローズ様とお出掛け!? うわあ、楽しみです!」
クローゼットで寝て身体に負担をかけた分、美味しいスイーツで癒されてほしい。
プレゼントを開けてはしゃぐジェーンを見ながら、そう思った。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!
Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜!
【第2章スタート】【第1章完結約30万字】
王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。
主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。
それは、54歳主婦の記憶だった。
その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。
異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。
領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。
1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します!
2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ
恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。
<<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
長女は悪役、三女はヒロイン、次女の私はただのモブ
藤白
恋愛
前世は吉原美琴。普通の女子大生で日本人。
そんな私が転生したのは三人姉妹の侯爵家次女…なんと『Cage~あなたの腕の中で~』って言うヤンデレ系乙女ゲームの世界でした!
どうにかしてこの目で乙女ゲームを見届け…って、このゲーム確か悪役令嬢とヒロインは異母姉妹で…私のお姉様と妹では!?
えっ、ちょっと待った!それって、私が死んだ確執から姉妹仲が悪くなるんだよね…?
死にたくない!けど乙女ゲームは見たい!
どうしよう!
◯閑話はちょいちょい挟みます
◯書きながらストーリーを考えているのでおかしいところがあれば教えてください!
◯11/20 名前の表記を少し変更
◯11/24 [13] 罵りの言葉を少し変更
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
【完結済】悪役になりきれなかったので、そろそろ引退したいと思います。
木嶋うめ香
恋愛
私、突然思い出しました。
前世は日本という国に住む高校生だったのです。
現在の私、乙女ゲームの世界に転生し、お先真っ暗な人生しかないなんて。
いっそ、悪役として散ってみましょうか?
悲劇のヒロイン気分な主人公を目指して書いております。
以前他サイトに掲載していたものに加筆しました。
サクッと読んでいただける内容です。
マリア→マリアーナに変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる