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【第四章】 町での邂逅

第59話

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 町でショッピングをするだけのつもりだったため、私はヒールの高い靴で出かけてしまった。
 つまり今、その靴で町を走っている。

「痛っ……」

 当然のことながら、靴擦れを起こした。しかも両足。
 最悪だ。

「悪いけど我慢して。もうちょっとだけ、このまま走るよ」

 しかしミゲルは止まることなく走り続けた。

 それでいい。
 道の真ん中で止まったら、すぐに『死よりの者』に追いつかれてしまう。
 身を隠すことの出来る場所までは、何があっても走り続けなければならない。



 そのまま走り続けていると、ミゲルは曲がりくねった小道を進み、壁に空いた穴を通り抜けて、どこかの家の中へと入って行った。
 もちろんミゲルに手を引かれている私も同じ道を通る。

 辿り着いた家は、誰も使っていない空き家のようだった。

「ここなら、すぐには見つからないはずだよ」

「そう願いたいわね」

 ミゲルは置きっぱなしにされている椅子に私を誘導すると、座らせて靴を脱がせた。
 靴の下は、靴擦れで何箇所も皮がむけていた。

「足、痛かったよね。走らせてごめんね」

「大丈夫。このくらい何ともないわ」

「……ローズ姉ちゃん、少しの間だけ目を瞑っててくれない?」

 ミゲルに頼まれ、言われた通りに目を瞑った。
 不安は無い。
 ミゲルが何をするつもりなのかは想像が出来たから。

「もういいよ」

 目を開けると、皮がむけてボロボロだった私の足が、綺麗な状態に戻っていた。
 何箇所もあった靴擦れは、すべてどこかへと消えてしまった。

「完全に傷が治ってるわ。ミゲルには治療魔法の才能があるのね」

「……なんで治療魔法だと思ったんだ? こっそり見てたのか?」

 その途端、ミゲルの声色が変わった。
 被っていた猫が脱げてしまっている。

「ふふ。見なくても分かるわよ。この空き家には薬草も何も無いもの。それにミゲルは荷物を持っていないじゃない」

 本当のところは原作ゲームをプレイしていたからミゲルが治療魔法を使えることを知っていたのだが、もっともらしい理由を伝えてみた。
 するとミゲルは自身の頭をガシガシと乱しながら、その場に胡坐をかいた。

「あーあ、油断したなあ。今のことは誰にも言うなよ」

「分かったわ。二人だけの秘密にしましょう」

 私は椅子に座りながら大きく深呼吸をした。
 靴擦れを治してもらえたこともありがたかったが、こうして座って休憩が出来たこともとてもありがたかった。
 走り続けて浅くなった息が、だんだんと落ち着いていく。

「それにしても、ミゲルって優しいのね」

「なんでだよ」

 息が落ち着いたところで、ミゲルに話しかけた。

「治療魔法が使えることを知られたくないのに、私のために使ってくれたんでしょ?」

「……怪我をしたままだと走れないからだよ。あの魔物、しつこいから」

「ここに連れて来てくれたことにも感謝しているわ。走り続けて限界が近かったから」

「……あんたを無事に引き渡せば金が手に入るからだよ」

 ミゲルは下手な理由を付けて、感謝を正面から受け取ろうとはしなかった。
 照れ屋な一面が出ているのだろう。
 知っている私からすると、下手な照れ隠しは余計に可愛いだけだ。

「それはそうと、ミゲル。いつの間にか被っていた猫が脱げているわよ」

「うわっ、本当だ……いや、まだ巻き返せるレベルか?」

 自覚が無かったらしいミゲルは、ハッとして自身の口を押さえたが、もう遅い。
 とはいえ、猫を被ったミゲルでも、被っていないミゲルでも、私はどちらでも構わない。

「口調なんてどっちでもいいわ。そんなもので機嫌を損ねるほど器が小さいわけじゃないもの、私」

 猫を被ったミゲルも、被っていないミゲルも、どちらもミゲルには違いない。
 場面によって自分を使い分けるなんて、よくあることだ。

「ローズ姉ちゃんって貴族っぽくないよな。見た目は完全に貴族なのに」

「そうかしら?」

「他の貴族たちみたいに偉そうにしてないだろ」

「まあ貴族にも色々いるとは思うけれど……」

 正直なところ、よく分からない。
 学園内で何人もの貴族出身の生徒たちを見たが、公爵令嬢のローズに対して偉そうな態度をとる生徒はいなかった。
 遠くから私を見ながらこそこそと内緒話をしている生徒は何人もいたが。
 学園内では外での地位は関係無いと言われても、なかなか公爵令嬢に偉そうな態度はとれないものだ。
 それを思うと、正面から私に突っかかってきたマーガレットは異端なのだろう。

 突っかかられた以外では特に関わりが無かったはずなのに、今日は二度もマーガレットのことを思い出してしまった。
 思い出しついでに、彼女にお土産を買って帰るのもいいかもしれない。



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