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【第四章】 町での邂逅
第57話
しおりを挟む「お姉ちゃんとお兄ちゃんは、なんていう名前なの?」
「私の名前はロー……」
ミゲルに問われた質問にローズと答えようとすると、ナッシュに耳打ちをされた。
「お嬢様。本名は避けた方がよろしいかと」
ミゲルは攻略対象であり、ローズとも深く関わる予定の相手だから、きっとすぐに素性を教えることになる……とは思ったが、ここでナッシュの意見を無視してナッシュからの信頼を失う必要はない。
「えっと……マーガレットよ」
私はパッと思いついた名前を答えた。
確かこの名前は、ウェンディの部屋への侵入を見られたもののお金で黙らせた女子生徒の名前だ。
「私はルドガーと申します」
ちょっと待って!?
私が本物のマーガレットのことを思い出していると、ナッシュがよりにもよってな偽名を名乗った。
別の攻略対象の名前を名乗られるのは、ややこしいからやめてほしいのに。
「マーガレットお姉ちゃんに、ルドガーお兄ちゃんだね。うん、覚えた!」
私の困惑など知りもしないミゲルは、無邪気な顔で教えられた名前を繰り返した。
「……君の名前は?」
ミゲルのことは原作ゲームをプレイしているので知っているが、そんなことは言えないので私からも名前を尋ねる。
「ミゲルだよ!」
ミゲルが別の名前を名乗らなかったことに安堵した。
これ以上名前が錯綜したら、覚えるのが大変だ。
「ルドガーお兄ちゃんは、マーガレットお姉ちゃんの手下なんだね!」
「手下という表現は相応しくありませんが……そうですね。私はこの方にお仕えしています」
「じゃあマーガレットお姉ちゃんのほうが偉いんだね」
「はい、それはもう。私なんかよりもずっと偉く尊いお方です」
ナッシュとミゲルの会話を聞きながら町を歩いていると、ガラス張りのレストランで食事をする見知った顔を見つけた。
「あそこにいるの、ウェンディさんだわ」
「おや、そのようですね。きっと彼女も、気分転換に町を訪れたのでしょう」
ウェンディの前のテーブルには美味しそうな料理が複数並んでいるのに、席に座っているのはウェンディのみだった。
「ウェンディさんって、大食いだったのかしら」
「そうですね…………いえ、違うようです」
ナッシュの視線の先を追いかけると、ウェンディのもとへ向かうルドガーの姿が目に入った。
ウェンディの正面に座ったルドガーは、楽しそうにウェンディとの会話を始めたようだ。
「ウェンディさんはルドガーと一緒に町へ来ていたのね」
すると私たちのやりとりを黙って聞いていたミゲルが、不思議そうな顔で質問をした。
「ルドガーって、このお兄ちゃんの名前じゃないの?」
ほら、思った通り。
ナッシュがルドガーを名乗るから、さっそくややこしいことになったじゃない。
「レストランに別のルドガー様がいたのですよ。よくある名前ですからね」
「そうなんだ。名前が一緒だとややこしいよね」
本当にそう。
私もミゲルの意見に全面的に同意だ。
* * *
ミゲルに連れられて訪れたのは、小さいながらも品揃えのいい雑貨店だった。
商品棚にはたくさんの商品が並べられている。
「わあ、趣味の良いお店ね。贈り物に良さそうな商品がたくさんあるわ」
「でしょ! 羽根ペンもハンカチも、ここで売ってると思うよ」
羽ペンとハンカチをそれぞれ別の店で買っても良かったのだが、同じ店で売っている物ならテイストを揃えることが出来そうだ。
私は雑貨店の中を歩き回り、目的の品を探した。
「マーガレットお姉ちゃん。買い物が終わった後に行きたいところも考えておいてね。この町にある店なら、喫茶店でも市場でも劇場でも、何でも知ってるからね!」
ミゲルの申し出に、私は顔を綻ばせた。
この雑貨店は原作ゲームには出てこなかったが、作中で出てきた店へ行くのも楽しいかもしれない。
「ありがとう。買い物が早く終わりそうだから、もう少し町を散策するのもいいわね。買い物を済ませるまでに、次に行く場所を考えておくわね」
ミゲルにそう返事をしてから、私は再度商品棚を物色した。
ハンカチは、見た目が好みのものを選ぶことにした。
ジェーンの好みは分からないが、私は自分の感性が一般的だということを知っている。
キモ可愛いものよりも純粋に可愛いものが好きだし、独創的なものよりも大衆向けのものが好きだ。
「ジェーンの好みが個性的だった場合はアレだけど……少なくとも男の趣味は普通だったわ」
前にジェーンは、カッコイイ男として攻略対象たちの名前を挙げていた。
それを考えると、おかしな趣味嗜好は持っていない可能性が高い。
「ハンカチはこれにするとして……問題は羽根ペンね」
正直、私には羽根ペンの良し悪しはよく分からない。
商品棚には何本もの羽根ペンが並んでいるが……どれがいいのだろう。
「うふふ。こういうときの解決法を私は知ってるわ。そしてローズにはその力がある」
私は売られている羽根ペンの中で、一番高価な物を選んだ。
「店で一番高い物を買っておけば、間違いはないはずよ!」
堅実に生きていく決意はどこへやら、私は一番高い羽根ペンを会計した。
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