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【第三章】 旧校舎で肝試し
◆side story ジェーン
しおりを挟むローズ様は覚えているでしょうか。
私たちが初めて出会った、あの日のことを。
あの日、私は屋上から飛び降りようとしているローズ様を止めました。
ですが、あれは善行などではなく……単純に自分の利益のために行なった行為だったのです。
あの頃の私は、頻繁にいじめっこたちに意地悪を言われていました。
気にしないようにしていましたが、あまりにも意地悪を言われ続けていると、たまに誰かに慰めてほしいと思うこともありました。
しかし姉が学園を卒業してしまったため、私には学園内に相談の出来る相手などいませんでした。
そのため私は悲しさの溜まった日には、一人で屋上に行くことにしていました。
屋上から下を眺めると、人間は虫のように小さくて、そんな虫の行なう意地悪などこの世界においては全くもって気にするようなことではないと思えたからです。
ですので、いつでも屋上から下を見下ろして元気を出せるように、屋上は常に解放されている場所であってほしかったのです。
そんなときに目撃したのが、屋上から飛び降りようとするローズ様の姿でした。
私は咄嗟に「飛び降り自殺が起こったら屋上が封鎖されてしまう」と思いました。
そのため、急いでローズ様の飛び降りを阻止したのです。
決してローズ様を助けたかったからではありません。
私はあくまでも自分の利益のためだけに、行動したのです。
しかしローズ様は、私が善意からローズ様のことを助けたと思ったようでした。
確かに、飛び降りようとしたローズ様を止めた、という状況だったので、そう見えます。
ですが本当は…………はあ。自分で自分が嫌になります。
それからのローズ様は、私にとても良くしてくださいました。
きっと私のことを、命の恩人と思っているのでしょう。
あの日の私には高尚な意図などなく、ローズ様に良くしてもらえるような善い人間ではないというのに。
しかし今となっては、ローズ様が本当のことを知って、私から離れていってしまうのがとても怖いのです。
それほどまでに、私の中でローズ様は大きな存在になっていました。
ローズ様と私は同い年ですが、いつのまにか私はローズ様と一緒にいると、姉と一緒にいるときのような安心と温かさを感じるようになっていたのです。
そのため私は、私に良くしてくれるローズ様に報いるために、ローズ様に見限られない人間になるために、精一杯ローズ様に尽くそうと決めました。
* * *
「ですが……これは、どうしたものでしょう」
私は床に転がされたウェンディさんを見ながら、途方に暮れていました。
この日、ローズ様に「夜に窓から寮に入りたいから、合図をしたら窓を開けてほしい」と頼まれていた私は、言いつけ通りに部屋で待機をしていました。
待機と言っても、いつもと同じように部屋で勉強をしていただけですが。
ローズ様のような高貴な方が夜に一人で出掛けるのは危険だと私が差し出がましいことをお伝えすると、ローズ様は「一人ではないから大丈夫」と仰っていましたが……まさかウェンディさんと一緒だったとは。
夜に出掛ける理由に関しては秘密とのことでしたので、私はてっきり男性と逢引きをするのだと思っていたのですが、どうやら違ったようです。
「いつの間に二人で夜遊びをするほど、ローズ様はウェンディさんと仲良くなったのでしょう?」
羨ましい!
私もローズ様と夜遊びがしたい!
「ハッ!? でも、私はローズ様のお部屋でお泊まり会をしたことがあるので、私の方がローズ様と夜を過ごした先輩ですからね!?」
私は眠ったままのウェンディさんに向かって、謎のマウントを取りました。
もちろん眠っているウェンディさんは何の反応もしませんでしたが。
「……と、勝ち誇っている場合ではありませんでした。この状況をどうにかしないと」
ローズ様は、ウェンディさんは適当に転がしておけばいいと言っていましたが、そういうわけにもいかないでしょう。
だってこれではまるで、私が誘拐したみたいですから。
「ウェンディさんは聖女様なわけですし、ウェンディさんに誘拐犯と思われるのは賢くありません。せめて床ではなくベッドに寝かせておけば、疑惑が少しは薄まるでしょうか」
そう考えた私は、さっそくウェンディさんを持ち上げようとしました。
…………が、一向に持ち上がる気配がありません。
「気合いが足りなかったのでしょうか。では、もう一回……!」
またしても持ち上がりません。
ウェンディさんは床の上で少し転がって終わりでした。
そういえば、寝入っている人間を運ぶのは、起きている人間を運ぶことよりも大変だと、何かの本で読んだ覚えがあります。
けれどまさか、細身のウェンディさんを持ち上げることすら出来ないなんて。
「悲しいかな……ガリ勉に、筋力が、あるわけは……ありませんでしたね……」
私は息も絶え絶えになりながら、何度目かの挑戦を終えました。
もちろん成果はありません。
「残念ですが、ウェンディさんには床で寝ていただくしかないようです」
私は息を整えながら、この後の展開を考えました。
目を覚ましたウェンディさんは、自分が知らない部屋の知らない床に転がされていることに気付き、混乱するはずです。
そして、きっと自分の置かれている状況を把握しようとするでしょう。
「状況把握のために……まずは部屋にいる人物に説明を求めますよね」
つまり、私に。
しかし状況を尋ねられても、私はここが寮の私の部屋であるということ以上は何も知りません。
なぜウェンディさんが寝ているのかも、なぜ私の部屋に運び込まれたのかも、何一つ分からないのです。
果たしてそんな説明で納得してくれるでしょうか。
仮に私がウェンディさんの立場だった場合……駄目ですね。絶対に納得できません。
逆にどんな説明なら納得できるでしょうか。
例えば…………あー、納得してもらえそうな答えはいくつか思いつきましたが、それらしい答えで取り繕うのは止めた方が良いかもしれません。
下手なことを言って矛盾が生まれると、より怪しまれてしまう畏れがあります。
さらに私だけではなく、ローズ様にも不利益を与えてしまうかもしれません。
「と言っても、黙秘を貫くのもかなり怪しいですし……」
そのとき、賢い私は閃きました。
「それなら、部屋にいなければいいのでは!?」
これは名案です。
部屋にいなければ説明を求められることもありません。
私はやはり天才なのかもしれません。
「ですが……私はどこにいればいいのでしょう」
困ったことになりました。
私には、部屋に泊めてくれそうな友人がいません。
唯一頼れそうなローズ様は、いつ倒れてもおかしくないくらいにぐったりした様子でしたから、すでに寝ている可能性が高いでしょう。
疲れて寝ているローズ様を起こすなど、あってはならないことです。
もし姉が在籍していたら迷わず姉のところへ行けるのですが、姉はすでに卒業してしまいました。
寮には管理人がいますし、授業棟の図書館には鍵がかかっているので、図書館で本を読んで夜を明かすことも出来ません。
「…………そうだ!」
賢い私はまた閃きました。
なにも本当に部屋を無人にする必要はないのです。
無人に見えれば、それでいいのです。
「明日は身体が痛いでしょうが、贅沢は言えませんからね」
私はクローゼットを開けると、入っていた服を端に寄せ、小さく丸まって寝ることの出来るスペースを空けました。
「私がここに隠れていれば、目を覚ましたウェンディさんは誰もいないこの部屋から出て、勝手に自室に帰ってくれますよね……?」
まだまだ気になることも考えるべきこともたくさんありますが、もう全部明日考えることにしましょう。
……と思った矢先に、私はある重大なことに気付いてしまいました。
「これって、私の部屋でのお泊まり第一号はウェンディさんということに!? 何をするにも一番はローズ様がいいのに! ……いえ、これはノーカンです。だって今夜の私は、この部屋にいないことになっている人間ですから!」
私は自分にそう言い聞かせながら、クローゼットの中で小さく小さくなるのでした。
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